衝突の消失
終点は集会場所から離れた住宅街の一角のコンビニだった。雨はいよいよ本降りになり、雨具の調達や休憩、マルコの怪我の治療を目的に立ち寄った。
マルコは店の前の木製のベンチに座っていた。彼の中の正義感は今も絶えずもどかしいがいかんせん貧乏揺すりすらままならない具合に下半身が疲労している。このコンビニの前にバイク屋があるが今は心躍らなかった。
あまりにも動かないからか、足に一匹の猫が絡みついてくる。その猫は茶白黒の三毛猫で、かなり割腹の良い猫だった。体育着を畳まずに押し込んだ巾着袋のように丸く、柔らかく、やや臭う。首輪が隠れている様子もないので恐らく野良のようだった。コンビニ前の客に甘えて食べ物を恵んでもらおうとしているのかもしれない。気品さはないが間の抜けた愛嬌がある。何となく野良なのに肥満の理由がわかった。
マルコは追い払う気が湧くはずもなく、何か食べられるものがないかポケットを漁る。するとちょうど彼のスマートフォンが振動したので電源ボタンを押し画面を明るくする。
通知はSNS経由の瑠璃からの着信だった。すぐさまアプリを開き、内容を確認した。
『マルコちゃん無事ですか?』
無事を聞きたいのはこちらのほうだ。
マルコはすぐに返信をした。
『こちらは無事です。瑠璃さんのほうこそ無事でしたか』
『こちらも無事です。あのあとボスが来て皆帰ることになりました』
瑠璃との会話に度々出てくるボス。一体どんな人物なのだろうか、とマルコは考える。あの簡単には言うことを聞かなさそうな胡桃たちもボスが来たことによってあっさり帰宅してしまったのだろうか。それだけの影響力や存在感があるのにあまり足を運ばなくなっているらしい。
謎が多い人物だ。瑠璃から情報を聞くことにした。
『ボスって一体どんな人なんですか?』
『ボスですか?ボスはすごくかっこいい人ですよ』
『あぁボスかっこよかったなぁボス。相変わらずかっこよかったなぁ』
『騒然となる皆もボスの姿を見たら安心して』
返信を待たずに彼女のメッセージが押して寄せてくる。この様子なら本当に無事なのだろうが、他に聞きたい情報が流れてきそうになかった。
ひとまず彼女たちの無事がわかり、マルコは脱力し、ベンチの背もたれに身を任せる。
しかし彼女たちの脅威は本当に消えたわけではない。また胡桃たちが来るかもしれない。
ボスの魅力を何度も送信する流れを断ち切りながらもメッセージを送る。
『次はいつ行けますか?』
積乱雲下の雨のように流れていたメッセージが急に途絶えた。少しの間の後に、
『また華枕まで会いに行きますのでその時にお話します』
それっきりメッセージが届かなくなった。
ネットの会話でもマイペースだな、と感じながらもマルコも返信する。
『今度は校門ではなくアパートで会いましょう』
今度こそマルコは全力で脱力する。危機が去ればヒーローにも休息が必要だ。
雨は止み始めていた。餌をねだり続けていた野良猫は餌をケチる人間に見限ってか、軒下から離れる。ふくよかな体格のせいで歩きに俊敏さはなく、象のように一歩一歩に重みがあった。
「マルコー、おやつにしよー」
ちょうど買い物を終えた透が自動ドアから出てくる。両手はビニール袋で塞がっている。雨具のビニール傘は腕に掛けていた。
「えーとプリンの入ってる方はどっちだったかな」
両手のビニール袋を開かずに中を見比べる。袋の中を透視しているようだ。超能力を使用している時は漫画やアニメのような派手なエフェクトは起きない。ましてや瞳が光を帯びもしない。透視能力は超能力の中でも日常に溶け込んでいる。
「げぇ、おばちゃん、スプーン入れ忘れてる。ちょっと戻ってくるね」
透は店の中に戻る。マルコの視点も猫に戻った。
猫は道路を渡ろうとしていた。理解しているのか、偶然か、横断歩道を使っている。
「賢い猫ですね……」
その横断歩道には歩行者用信号機がセットに付いていた。青が点滅し始めている。
嫌な予感が過ぎる。マルコの心臓の脈が一つ大きく鳴る。
大地が揺れる。地震ではない。巨大なトラックが近づいていた。排気音がどんどん大きく、近づいでくる。
猫はマイペースに歩道を渡っていた。自らの危機を何も察知していない。
「やっぱり賢くない!」
まんま見た目通りの猫だった。
気づけばマルコは走り始めていた。体力は走られる程度には回復していた。
トラックはマルコの姿に気づき急ブレーキを掛けるが、路面は濡れており勢いを殺せないままに一人と一匹に急接近する。
マルコが猫に辿り着いた。急いで抱きかかえようとするも、
「お、重い……」
持ちあげられなかった。猫の体重もあるが、マルコの体力は全回復してなかった。
「マルコ、逃げろ!!!」
透が叫んでビニール袋と傘を放り投げて駆け出していた。
彼女はそう言うが、マルコに逃げるという選択はなかった。
彼はよりにもよって最悪の選択をする。
「何が何でもこの猫は守る……!」
何を思ったか、マルコは猫に覆いかぶさった。目を瞑り、数秒後の衝撃に備える。
透は全力で加速する。彼女はまだ諦めてはいない。最悪ラグビーのようにマルコを蹴飛ばしてでも助けるつもりだった。しかし人間の足がトラックに勝てるはずもなく、地面とタイヤが摩擦する凶音が目の前を通り過ぎて行った。
彼女の目の前からマルコも猫も消えていた。
「あ……あ……」
その場で崩れ落ちる。しかし目は恐る恐るトラックのほうに向けた。その先にある道路に無残に横たわっているだろうマルコの死体を探す。
「あ……れ……?」
しかし彼は見当たらない。垣根を越えてしまったのだろうか、それともトラックの下に隠れてしまったのか。透視を駆使しくまなく探すも彼は見当たらない。それどころか血痕すら見当たらない。あれだけの速度でぶつかったなら人体のいろいろとアレが撒き散ってもいいはずなのに。
いや……そもそもぶつかったのだろうか。思い出してみると衝突音は聞こえなかった。
トラックから運転手が降りてくる。透を見つけると慌てた様子で駆け寄ってくる。
「おい、君……! 今ここに人がいたよな……!」
「いたよ……あんたが轢いたんだろ!」
「まままま待ってくれ! 俺も轢いたと思ったよ! 二人と一匹を!」
「……二人と一匹?」
「最初猫がいて、次に子供が入ってきて、最後に黒い人影が出てきてパッと全員消えてしまったんだよ! 怪談話じゃないぞ、ほんとだよ!?」
運転手の慌てっぷりを見て、透は相対的に落ち着きを取り戻し始めた。さらに冷静に周辺を見渡す。
マルコを最後見た地点を、それでも恐る恐るに目を向ける。
「……あれ……?」
そこにはマルコも猫も黒い人影もいない。しかし何故か一人分のシャツとジーンズが落ちていた。




