騒乱
瑠璃は入り口で待ち構える。気分は上々で、尻尾が生えていたとしたら、引きちぎれるそうになるほど荒々しく振っているところだろう。
なんて言って出迎えよう。いつもはどのように出迎えたのかすっかり忘れてしまった。なんせ一ヶ月振りだ。以前なら頻繁に会えていたのに、ボスが高校に上がったのを境に疎遠になりつつある。
だから、また以前のようにもっと来てもらえるように愛想よく振る舞おう。
シャッターが上まで開ききるとのを見計らい、歓迎の挨拶をする。
「ボス! よく来てくださ……り……」
瑠璃の招聘は紫電一閃、竜頭蛇尾に終わった。
入ってきたのは愛してやまないボスではなかった。
倉庫を視察に来た業者でも、警察でもなかった。それよりも疎ましい招かざる"客"だった。
「おう、出迎えなんて殊勝だねぇ、瑠璃ちゃ~ん」
「あ、はは……どうもっす、胡桃さん……」
胡桃と呼ばれた少女は瑠璃よりも背丈の高く、体がやや筋肉質な女性だった。短い黒髪にドクロのヘアピンをしている。
男と見間違う太さに、それでいて女のように毛のない胡桃の腕が瑠璃の首に巻き付いた。本人は抱きついているだけのつもりだが呼吸がしづらいのでやんわりと外そうとするもそれは首輪のように締め付ける。
サンダルを履いた足の首をほぐしながら、
「いや〜歩き疲れたわ〜、ちょっと休憩〜」
そう言って今度はのしかかってくる。
倒れそうになる瑠璃は支えようと腰と足の力で踏ん張る。その様子を見て胡桃はけらけらと笑った。
じゃれつく胡桃に続いて、三人の女性が入ってくる。
一人目は犬見。長身だが胴も腕も細く猫背気味で首から下げたネックレスが常に揺れている。
二人目は雉沢。縦は小学生のように小さいが横は中学生のように広い。両腕に金ピカのブレスレットを巻いているが勿論本物ではない。
三人目は猿若。背丈は普通。目立ったアクセリーはなく、強いて言うなら眼鏡だけだった。それも普通に度の入っている、普通に地味な眼鏡だった。服装も至って普通だったが、彼女だけは化粧をしており、それも顔面は白塗りで、口紅は手が滑ったのか頬まで赤くなっていた。
「胡桃さん、そろそろ離してほしいっす……重いっす……」
膝が震え始め、限界を示していた。
「いや〜呑み過ぎちゃったかな〜なんてね〜」
胡桃の冗談は本当に冗談のようで口臭からは酒臭さが微塵も感じられない。しかし他に違う鼻の穴を広げる強烈な臭い、タバコ臭さは口からも髪からも漂っていた。
「良い筋トレになるだろ? キビキビ歩きなさいよ」
説明もいらないが胡桃はただ寄りかかっているのではなく純然な悪意を持って力を掛けていた。例え倒れようとも瑠璃を下敷きにし、さらには転倒をいちゃもん付けるつもりだ。
彼女は紛れも無い悪人だった。幼なじみにして大親友の小見山ですら顔を反らし、嵐が過ぎ去るのを待っていた。傍若無人で傲慢無礼な彼女に文句を言う人物はここにはいない。
「胡桃さんという方、今すぐ瑠璃さんを解放してください」
いや、一人だけ、勇ましい者がいた。
顔を反らしていた小見山は声のしたほうを向いて声の主の名前を呟く。
「マルコちゃん……」
マルコは小さいながらも一歩前に出た。
倉庫内にいる全員の視線を一手に受ける。その眼差しは心配、軽侮の二種だった。
皆が呆気に取られている中、一人が耐え切れず大笑いをする者がいた。
胡桃だった。頭が後ろに行くほど大きく反って哄笑する。腕は変わらず瑠璃の首を掴んでいた。
「いやぁ、いいねぇ……マルコちゃんといったか……坊主……いやお嬢ちゃんか。えーと、あれだ……解放しないとどうなるんだ?」
お約束に則り、胡桃は悪役のセリフを吐く。
それに対してマルコは大真面目にこう返した。
「痛い目に遭うことになりますよ」




