幼なじみにして大親友
「到着っす、ここが集会場所っす」
バス停から歩いて5分。工業団地の一角にある寂れた倉庫に辿り着いた。大きさは平均的な体育館並、バスケットコート2面分の広さだった。外側は灰色一色で趣向性を排除し、効率性、機能美を追求したデザインはマルコも嫌いではない。入り口は上げ下ろしのシャッターしかない。窓の類も一切なかった。
「あの、これって不法侵入なのでは……」
健全的な集団かと思ったが、案外、不良やならず者の集まりなのかもしれない。
「先入ってますっすねー」
「あ、やっぱり人の話聞いてくれないんですね……」
外に取り残され、一人になった。
休日で辺りの人気は少ない。賑やかな人がいなくなり、空気が一気に不気味に変化した。
突如後ろでカラスが鳴いた。マルコのイチモツが縮れこむも、
「不良がなんですか、僕はもっと怖いものと戦ったんだ……」
勇気を振り絞って中に入っていった。
倉庫の中は空っぽだった。置き去りにされた資材の一つもなく、きれいさっぱり、何もなかった。そこに十数人の女性たちが角に集まっていた。瑠璃たちが入ったことに気づくとそのうちの一人が歩み寄ってくる。
マルコもその方に歩いて進むが隣にいた瑠璃は走り出した。
「こみやん、久しぶりーっす!2日ぶりーっす!」
「暑いからいつもみたいに抱きつかないでねー? って聞いてないかー」
二人は正面から抱き合う。正確にはこみやんが避けずに瑠璃を抱きとめたと言って良い。瑠璃は力いっぱい抱きしめるがこみやんは暑いのか、熱くならずに引き剥がそうとしていた。
「こみやんや、あぁこみやんや、こみやんや」
「もう十分でしょ、離してよ」
犬のようにじゃれつく瑠璃にまんざらでもなさそうなこみやん。
「すーはー、すーはー、くんかくんか」
「匂い嗅ぐのは止めろ」
犬のように匂いを嗅いでくる瑠璃に拒否反応を示すこみやん。
「あ、あの……こちらの方は?」
瑠璃に追いついたマルコは漫才に区切りがついたところで話しかける。
「うちの幼なじみにして大親友のこみやんっす!」
「……」
「……」
説明が終了したようだった。
「もう、それだけじゃダメでしょ。はじめまして、マルコちゃん。小見山香美と言います。瑠璃ちゃんは幼なじみにして大親友って言ってるけど私的には手のかかる妹だと思ってるし、みんなもそう思ってるから」
「あれ、ぼ……私の名前知ってるんですか」
「あ、ごめんね。ついさっき、君のことを瑠璃ちゃんから聞いてたの。日本語上手だね」
荒々しさの目立つ瑠璃とは違い、小見山香美は大人しく柔和な女性だった。ショートポニーテールのせいか、少しお姉さんっぽく見えた。
その後、小見山以外の女性も自己紹介をし、一段落したところで、
「そういえば瑠璃ちゃん、あのこと聞いてる?」
「あのことって何すか?」
「その様子だと知らないようだね。今日はね、何とボスが来るみたいだよ」
「それはホントっすか!? どこソース?!」
「ボス直々に着信があったの、ついさっき」
「ボスー! なんでうちじゃなくてこみやんに電話するんすかー!」
「だって瑠璃ちゃん、ボスが話すたびに大きい相槌打つじゃん? あれがうざかったんじゃないかな」
「え、そんなに大きな声出してるっすか?」
「うん、私もそう思うし、みんなもそう思ってるよ」
瑠璃以外の女性が全員頷く。
「みんな、ひどいっす……あんまりだと思わないっすか、マルコちゃん……」
「え、僕ですか!?」
いきなり話を振られ、否定も肯定もできず、
「……」
そっと目を逸らした。
瑠璃は肩を落とすもすぐに立ち直り、
「決めたっす。うちは今日からお淑やかな大和撫子を目指すっす!」
拳を固く握ってガッツポーズをし、表情は真剣そのもの。しかし過去の彼女の言動を知ってるマルコは、明日には忘れるんだろうなと予想をしていた。
「マルコちゃん、大和撫子と聞いて何を浮かべたっすか!?」
「また僕ですか!? え、えと……それではその言葉遣いを治されたらどうですか?」
「この言葉遣いはうちのアイデンティティーっす!」
「早くも挫折だね……まったく、瑠璃ちゃんったら」
小見山は呆れるも、
「まずはその自由電子みたいにフラフラしてる性格を直したら? ちょっとそこで体育座りしてて」
「うー……体育座りって長話聞かされるイメージが強くて辛いっす」
「それじゃあ正座にしようか?」
「体育座り大好きっす!」
瑠璃は即座にその場で体育座りした。
「目標は1分ね」
「あの、それじゃ、簡単すぎでは」
「まあ見てて」
体育座りして10秒。特に異変はない。
「ここまでは良い」
体育座りして20秒。
膝を抱えていた腕が解かれる。
「まあ、ここまでは良いとしましょう」
体育座りして30秒。
ついに膝を崩し、まっすぐ伸ばしてしまう。
「……まあ今日はこれでも良しとしましょう」
「判定甘々ですね」
40秒が経過した。
ついに背中が地面に着いた。そのままゴロゴロ寝始める。
「はい、アウト。記録45秒」
「ほんとに1分保たなかった……」
そのまま昼寝を始めそうなほどリラックスしてる瑠璃に小見山は訊ねる。
「瑠璃ちゃん、なんで体育座りしたか覚えてる……?」
「……はっ」
「急いで体育座りしててもダメだから……あとちょっとヨダレ垂れてるよ」
「もう一回……もう一回うちにチャンスを……!」
「しょうがないなぁ、まず無理だと思うけど付き合ってあげる」
「無理だとわかってても付き合ってくれる友情、素敵っす!」
「私としては期待に応えてくれる友情が欲しいな……」
「任せてくださいっす、不肖保浦瑠璃、必ずや……!」
今度の意思表明はさっきと違う。瞳の中ではビッグバンを起こし、銀河が生まれていた。今の彼女からは宇宙のような無限の可能性を感じられる。
「それじゃ、行くよ」
小見山のかけ声に、
「はいっす!」
瑠璃は呼応する。
ガラガラ、と唯一の入り口であるシャッターが開いた。
「ボスっすか!? ボス、会いたかったすよー!」
彼女の決意は宇宙空間に満ちた水素のように軽かった。
ご主人の帰りを誰よりも早く迎える飼い犬のように入り口に駆けていった。
この節操のなさに、さすがに幼なじみにして大親友の小見山も温厚そうではあるが怒るのではないのだろうか。
恐る恐る小見山の顔を確かめるために見上げると、
「まったく瑠璃ちゃんはいつもこうなんだから……」
「いつもなんですか……」




