交渉人・保浦瑠璃
「いやー悪いっすねー! こんな時間にお部屋にあがらせていただいて!」
靦然として恥じず、訪問者は座布団の上にあぐらをかいている。
「粗茶でございます」
透は作法に則り、客人にお茶を出す。
「これはこれはすみませんっす、お茶まで出していただいて」
ただし出したのは乾燥した麦茶のパックだった。コップすらなく、テーブルの上にぽんと置かれた。
「あ〜いい香りっすね〜ウチは凝ってるほうなんでわかるんすよこれは間違いなく良い茶葉が使われてってこれ麦茶のパックじゃないっすかー!」
渾身のノリツッコミ。
「……」
透の反応は白けていた。特にノリはせず、自分の分の麦茶を飲むだけだ。
「ま、まあ、無理に押しかけて入れさせてもらった身ですからね、これしきなんともないっす」
「そうだ、最後には入れなきゃ大声で泣き狂ってやるなんて言う奴にパックが貰えるだけ感謝しろ」
時刻はすでに二十三時。入口の前で粘られたため、やむなしに上げることになった。
マルコは透の部屋にはいない。彼は彼の部屋にいる。透の隣の部屋が彼の部屋だ。最初会った時は同室だったが、今は別室にしている。
「なんで私の家知ってるんだ。まさかネットに書いてあったとか?」
「いえいえ、先生に頼んだら快く教えてもらったっす」
「……はあ。またか……」
前は警察、今度は自分の通う学校。どうも公務員なのに学生及び超能力者の個人情報を軽視する問題人物がいるようだった。
漏らした人物は誰だろうか。教頭だろうか? いやあの規則を破れば切腹ぐらいしそうな峻厳な教師がそんな簡単に漏らすはずがない。
「またか、とは何か事件でもあったんすか、華枕の魔女さん」
「目を光らせるな、武勇伝を期待するな、顔を近づけるな。それに私は華枕の魔女じゃない」
「じゃあ、何なんすか?」
「……私がここに住んでるって誰から聞いたか教えてくれたら教えなくもない」
「名前は聞いてないっすけど、一人称が奇妙な人だったす。確か……」
「……それがし?」
学校で一人称がおかしいのはあの人ぐらいしかいない。
「そう、それっす! それでは華枕の魔女さん、正体をどうぞっす!」
「今のは教えてもらう前にわかったからノーカウント」
よりもよって担任教師か。
どちらかというならズボラな人間だとはわかってはいたが、こうも簡単に信頼を裏切られ、怨嗟の念を送りたくなる。
「あー、ずるっす!! 卑怯っす!! 鬼畜っす!!!」
深夜だというのにこの女は騒ぎ立てる。
その顔面を透はアイアン・クローする。
「近・所・迷・惑」
「あだだだ……この人……超能力なしでも強いっす……」
「早く話を進めろ」
「その前に……手を離して……ほしいっす……」
一旦、気を取り直す。
「まずウチの自己紹介させていただくっす。ウチは中学三年生の保浦瑠璃っす。厚義市の中学校に通ってるっす」
「厚義市……どこだっけ」
「この県の真ん中ぐらいのところにある街っす。自慢ではありませんが華枕市より都会っすよ?」
さらっと地元自慢を混ぜる瑠璃。
「県の真ん中……メロンパンの上? 下?」
「左っす」
「……………………?」
この県の出身者ではない透はいまいち位置を掴めずに首を傾げる。
「厚義市の位置はひとまず置いておくっす。そこはあまり重要じゃないっす」
瑠璃は地元の知名度の低さに泣きながらも健気に話を進める。
「ウチはそこのとある団体に所属してるっす。その団体の名前はスケアリー・モンスターっす!」
「すけべ・もんすたーず?」
「スケアリー・モンスターっす」
「すけありー・もんすたーず?」
「スケアリー・モンスターっす」
「あ、モンスターね。団体名なのに複数形じゃないのかよ」
「かっこいいすよね、クールっすよね? 聞いただけでゾクゾクしないっすか?」
「いや全然「そうっすよね! エクセレントっすよね! 考えたのウチなんすよ!」
透はかろうじてモンスターはわかるが、スケアリーの意味がさっぱりだった。中学三年生に聞くのは恥ずかしいので後でマルコ【10歳】に聞くことにした。
「で、その団体は何の団体なの? ボランティア団体?」
「まあまあそれはおいおい話しますっす。こちらも順番がありますのでっす」
「はいはい、なるべく手短に」
「了解っす。話は簡単っす。華枕の魔女さん、あなたにそこのメンバーの話になってほしいっす」
「……」
「……」
「以上?」
「はい、以上っす!」
天真爛漫な笑顔をする保浦瑠璃。靦然として恥じないのは会った時から何も変わらない。
透は眼鏡を外し、眉間を揉む。今日は超能力を使っていないのに頭痛がする。
「それでお答えは?」
期待する瑠璃の質問に、
「お断りします」
透は100万ドルの笑顔で返した。
「初めて良い笑顔を見せてもらったのに答えはNOっすか!? なんでですか!」
「当たり前だろ! 今の説明で入る馬鹿はいないし、そんな怪しい団体に入る阿呆もいない!」
「怪しくないっす! ウチの幼なじみのこみやんは近所のおばあちゃんの間では大変いい子と評判っす」
「知るかー! 誰だ、こみやんってー!」
「ウチの幼なじみの小見山っす!」
「知るかー!」
叫び合ってると部屋の壁からゴンゴンと音が鳴った。
「ひぃっ!? ラップ現象っすか!?」
「違うわ……隣人からシャラップっていう警告だろ」
「すみませんっす、また騒ぎ過ぎたっす……」
「私も騒ぎ過ぎた……」
透は台所に行き、麦茶をおかわりする。ついでにコップをもう一個出して注いだ。
「ほらよ、それを飲んだらさっさと帰れ」
瑠璃の前に麦茶が出される。
瑠璃は持とうとしたが直前で止める。
「……飲まなきゃ一生この部屋にいてもいいっすか?」
「お前の顔にぶっかけましょうか?」
「冗談っすよ。そんな怖い顔しないくださいっす」
そう言って瑠璃は麦茶を飲む。飲み終えてコップを置くと残りは半分もなかった。
透はコップ一杯の麦茶を一気で飲み干した。ヤカンで一度沸騰させた水で淹れているからカルキ臭さがなくて飲みやすい。麦茶を淹れる時それぐらいしか工夫していないのにこの麦茶の味は格別だった。
今日は暑い。盆地のため、空気は蒸している。特に透の部屋は未だにクーラーを解禁しておらず、網戸を開けただけのサウナだった。
瑠璃は二杯目に手を付けない。入った当初はあぐらをかいていたが、今は正座をし、両手を膝の上に置いている。
透はやむなしに切り出した。
「そろそろ、終わりにしようか……」
透は瑠璃と目を合わせて話す。眼鏡はテーブルに置いたままだった。
「先に結論を言います。私は入らない。スケアリー・モンスターがどんな団体かサッパリだし、ここまで熱烈に勧誘される理由がサッパリだけど私は入るつもりはない。そこがどんな素晴らしい団体だろうと私は入らない」
「往復の問題なら心配ないっす。交通費は出すっす」
「スケアリー・モンスターって会社なの?」
「会社じゃないっす、ですけど工面はするっす」
「会社だろうとなかろうと。第一……第一だよ? 私は華枕の魔女じゃない。そこからすでに間違っている。人違いなわけ。私に噂のような力はない。肩章だってただの飾り。それでも入れっての?」
隠し通すつもりだったがやむなし。
透は事情をほんの一部だけ話した。
本当なら年下の子の努力を無駄にしたくない。入るだけなら有りだが、残念ながら自分は華枕の魔女ではない。瑠璃が求めているのは絶大な力を持つ超能力者だ。自分のような何の変哲も……なくはないが限りなく非力な超能力者だ。
落胆するならすればいい。逆ギレ同然に憎んでくれたって構わない。
そう高をくくっていたから透は驚く。
保浦瑠璃の言葉にたじろぐ。
「それでも入って欲しいっす!」
保浦瑠璃の真っ直ぐな瞳にたじろぐ。
「……なんでそこまで私が必要なんだ? 私を何に利用したいんだ?」
「それは……」
今度は保浦瑠璃がたじろぐ。
「それは何だ?」
「それは……言えないっす」
そう言いながら顔を伏せる。続きを白状する様子はなかった。
これ以上白状してくれそうにないので透は諦める。諦めて布団を敷くことにした。
「……もういいよ、今日は寝よう」
「……それじゃあウチは帰ります。後日またお話に」
「もう暗いでしょ。泊まっていけば?」
「まだギリギリ電車があるっす! 心配ご無用っす!」
「そう……ならいいけど……いや良くない。また来たって答えは同じだから」
「答えが変わるまで同じことを続けるまでっす」
びしっと敬礼をして瑠璃は台所から玄関へ。
「おじゃましましたっすー! 麦茶ご馳走様でしたっすー!」
「だから大声やめろって!」
怒鳴ったが、届く前にいなくなってしまったようだった。
「ったく……」
透は悪態をつきながら布団を元に戻した。それからテーブルの上にある2つの空のコップを流し台に持って行て洗う。
一仕事を終えると携帯電話を掴み、とある番号に電話する。
「……あ、もしもし。私。ごめん、寝てた? うん……ちょっとお願いしたいことがあって」




