その相談は凪のように波風立たず
コンビニから寮へ歩いて移動する。
マルコはカレンにバイクの話を切り出す。
「お姉ちゃん、さっきのバイクの話だけど……乗っても良い?」
『良いわよ』
「葉石さんは安全運転心がけるって言うし、信頼できる人だと思うんだ」
『だから良いって』
「ヘルメットは必ず被るし、変に身を乗り出したりしないからお願い! 乗るの許して」
『だから良いって言ってるでしょ!』
「そこを何とか……!」
『なんで聞こえないのよ! 私がそんなに否定すると信じて疑わないの!?』
「マルコ、よく聞け。カレンさんはバイクに乗っていいと言ってるぞ」
「え。本当!? そんなあっさり良いの!?」
『なぁに? あなたもケイトおばさんのことを保守的というか頑固者というか極度の分からず屋だと思ってるの?』
「お姉ちゃんはおばさんではなく、お姉ちゃんです」
『よくわかってるわね、さすが我が弟』
波風立たず、楽勝でバイクの搭乗の許可が下りる。
誰も不満も不平も不幸もなく、話が終わるかと思ったが、
「えー? バイク危なくないかな?」
透が余計な心配というか横槍を入れる。
「そんなことありません! ちゃんとヘルメット被るので大丈夫です!」
「そんなこと言ってもね〜、カレンさ〜ん」
『良いのよ、マルコ。乗りたいなら乗ればいいわ』
「……怪しい、何を企んでる? マルコに甘いカレンはカレンじゃない! 正体を現せ!」
『どう正体を偽ればいいのよ……。元から私はマルコには優しいわよ。まあ乗る条件は付けたいと思ってたところよ』
「きっと、ここで無理難題な条件付けて実質的に乗れないようにするんだぜ。人が悪いよな」
『あんた、まだ頭を刺したことを根に持ってるわね……。別に無理難題じゃないわ。ただ、あまり目をつむらないようにねって言いたかっただけよ』
「え、それはつまり……」
「カレンさん、もしかしてあなたも……」
『……◯ァットボーイ良いわよね、うふふ』
「あんたも興味あったんかい!」
弟の身の安全より自分の欲望が優先か、と言葉にしなかったが透は呆れる。
透はどうしてもバイクは危険という認識を払拭できないでいた。ヘルメットを被るだけで下は私服でも良いなんて野蛮極まりない。自転車とほとんど同じ格好でシートベルトもエアバッグもなしで車と並んで車と並ぶ速度で走るなど考えるだけで寒気がする。
バイクはバカが乗る乗り物という言葉がある。自虐のつもりでの発言だろうが非バイク乗りである透もその言葉には大いに同意している。
だからカレンがバイクに興味を持っていることは少し複雑な気持ちになる。
『最初は車の免許を取るか、バイクの免許を取るかで悩んだわ。それで最初取ろうと思ったのがバイクだったわ。一発試験があったからね』
「へー、一発試験なんてあるんだ。アメリカはすごいな」
『日本にもあるわよ』
「……恐縮です」
透は言ったとおり、恐縮する。
ふとマルコが疑問に思う。
「あれ? 二輪の免許取ってたんですか? 僕、初めて聞きました」
『ふふふ……』
「なんで教えてくれなかったんですか? もしかして僕が羨ましがらないようにしたんですか?」
『ふふふ……』
カレンは愛する弟の前でただ微笑むだけ。
頭の上で疑問符を浮かべるマルコの肩にそっと手を置く透。
「そっとしておいてやれ……教えなかったんじゃない……取れなかったんだ」
『そっとしておきなさいよ! 言ってる側からバラさないでよ! 弟の前で!』
「ごめんなさい、お姉ちゃん! 僕は悪気があったわけじゃ!」
『謝らないで! お姉ちゃんが不甲斐ないだけだから!』
「で、どっちで落ちたんですか? 実技ですか? それとも、ひょっとして筆記ですか〜?」
『にやにやしてんじゃないわよ! 実技よ、実技! アメリカは車両を自分で用意しなくちゃいけないのよ! そこまではリアに無理して用意してくれたから良かったけど! でも開始1分でエンストしちゃって試験終了よ! 私はその時にはすでに有名人だったからちょっとした噂になっちゃったのよ!』
「それも僕は初耳です……」
『そりゃそうよ、リアに頼んで試験の日にアリバイ工作をしたのよ。SNSに偽の日記を書いてもらったわ……』
こうして噂は都市伝説、都市伝説からデマへと転遷し、女王の尊厳と姉の体面は保てたのだ。
『免許取るって事前に言わないでサプライズにして正解だったわ……』
そういえば車の時もサプライズだったな、とマルコは思い出す。さらにあの時もそういえば出だしからエンストしてたとも思い出した。
「なんで講習を受けなかったんですか? それなら試験用のバイクも用意せずに済んだのに」
『スケジュールの問題よ。その時からすでに忙しかったし、それになるべくマルコと一緒にいたかったし』
「お姉ちゃん……」
カレンの隠そうとしない家族への愛情にマルコは照れる。
『だからね、マルコ、バイクを思う存分に楽しみなさい』
「うん。わかりました」
『思う存分に楽しむためには絶対に瞬きしないこと。特に右目はね』
「う、うん……わかりました……」
無理難題でも愛する姉のために、マルコは了承する。
「透さんも乗せてもらったらどうですか? 意外と面白いかもしれないですよ」
「まさか。絶対にありえないね」
『バイクを愚弄するの? バイクは良いわよ、開放感あって……ワイルドで……自由で……』
「一分しかバイク乗れてない人が何か言ってる」
『もうそれについてはそっとしておきなさいよ!』
「はいはい……。別にバイクを愚弄してないから。ありえないのは私がバイクに乗る方。どんなに言ったってそこは変えないから」
『そんな強情さあってよくも人のことを保守的というか頑固者というか極度の分からず屋と言えるもんだわ』
「一字一句間違いなく覚えてるし……」
『会話に参加できない分、聞くのに集中しちゃうのよ。だから会話はある程度覚えられるのよ、自分への悪口は特にね』
「うへぇ、質悪ぅ」
『念動力でイタズラし出さないだけ感謝してほしいわ。私はいつだってあなたのスカートを捲れるのよ』
その驚き発言に食いついたのはマルコだった。
「それ絶対にやめてくださいね! 真っ先に疑われるの僕ですから!」
『だったら視界にスカートを入れなければいいじゃない? でも、マルコにそれができるかしらね?』
「なな、ななな、なんてことを言うんですか!」
いくらリボンにスカートが似合えどマルコも一人の男だ。どうしても視線が異性の象徴たる部分に移ってしまうのはアゲハチョウが百日草に止まるように自然な行為だった。ちなみに百日草には「幸福」や「注意を怠るな」などと言った花言葉がある。
「ん? いつも、スカートに視界が入ってるの? それってつまりマルコは……」
「違いますよ!? 常に太腿を注視とかそんなじゃ」
「……猫背気味なの? 気をつけろよ、若いうちに悪い姿勢が身についちゃうと大人になってから直すの大変だぞ」
「……」
『……』
突然の二人の沈黙に透は戸惑う。
「あれ、私、何か変なこと言った」
『あっ、寮が見えてきたわよ』
「無視!? マルコは私を無視しないよね?」
「透さん、僕はあなたのそんなところも尊敬しています」
「あ……ありがとう。でもね、そういう言葉はね、泣きそうになりながら言わないでね?」
透は近づいてくる寮を眺めながら今日のことを振り返る。簡単な感想だが、いろんなことがあったと考える。カレンに頭を刺され、校門の前で変態に絡まれ、中華料理店では冷やし中華が食べられず、コンビニでは見ず知らずのバイカー保育士の電話番号をもらった。
いろいろとありすぎて目眩がする。寮に帰ったらすぐに歯磨きとシャワーを済ませて布団で寝たかった。
布団の感触を思い浮かべて恋しくなる。頭の中で分刻みのスケジュールを計画する。
寮の目の前まで来た。脳内スケジュールがスタートする。
しかしその脳内スケジュールは開始数秒で音を立てて崩れ落ちる。
「な……!」
「わぁ」
『うわぁ……』
三人は同じ光景を見て、違う反応を示した。
三人が見た光景とは。
「すぅ……すぅ……」
透の部屋の入口前で体育座りしながら寝ている不審者もとい変態もとい浮浪者が寝息を立てていた。脇には空になった2リットルのペットボトルがあった。




