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See you again  作者: 田村ケンタッキー
瞬間移動能力者 永谷瞬の虚勢

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教育課程外授業

 夏の太陽は眩しい。湿度が高く、景色は揺らめくというのに光量はそのままだった。仕方なく風通しが悪くなるも教室の窓にはカーテンが閉じられている。窓は全開なので風が吹くたびに横顔を撫でてくるので窓際の生徒たちは煩わしく手で払う。それを教室内の空気のようにじとっとしした目をした壁際の生徒たちが恨めしげに眺める。

 夏は四季の中でも突出して暑く、その夏の今日は突出して暑かった。

 汗が滴る首を囲っているえんじ色のリボンは夏でも着用を義務付けられているために外したくても外せない。代わりに同じ色をしたスカートを摘んで風を起こすが清涼感は下半身だけで背中、首元は汗ばんだままだった。


 放課のチャイムが鳴る。それでも新担任の喜讀精子きとくせいこの話は終わらない。


「えー皆さんは数字を数える際は正の字を書いて五個ずつ数えることでしょうが、江戸時代の商人は玉という文字で数を数えていました。それでいて正しい書き順ではなく、一、二、三、王、玉と書いていき……」


 喜讀は一人称を某としてしまうほどの歴史オタク、女性なので歴女という人だった。元々は戦国武将がきっかけで始まった趣味だったがそのうち他にも興味を持ち始めるようになった。そのため取り分けこだわりや好きな時代はなく、幕末以前なら何でもイケる、顔の前に流れていれば何でも口の中に吸い込む鯉のような雑食性があった。

 研究熱心な教師というのは貴重で珍重だが、その蓄積された知識を時間を考えずに披露するから問題だった。

 廊下ではすでに他のクラスの者たちが歩き始めていた。用のある外の生徒が開いている戸から顔を覗かせるも喜讀が熱く語っているものだから授業中だと勘違いし、慌てて首を引っ込めて素早く立ち去った。

 外からの救援が閉ざされた、とわかり、我々は担任の長話に付き合わう宿命なのだろうかと深く落胆する。


「そういえば皆さんは知ってますか? 我が日本の国号は1300年以上続く世界最古の国なんですよ」


 喜讀は誇らしげに語るも、この知識はメディアで幅広く紹介されているためクラス全員には周知であり、むしろ語るのは羞恥だった。

 皆が肩を落として絶望する中、一人が挙手する。


「先生」


 そう言って挙げた手は教室一白く、教室一小さい。その手はマルコ・マカリスターの物だった。


「はい、マルコさん」


 クラスメイトの視線が机からマルコに集中する。クラスメイト達は期待する。

 マルコは誰から見ても真面目な性格だ。掃除はさぼらないし、嘘を嫌う、女の子にしては珍しい子だ。きっと授業を大幅に遅延させ、さらに学業から離れた知識自慢に我慢の限界が来たのかもしれない。

 仲間たちの期待を一身に背負い、マルコは物怖じせずに言う。


「日本の国号にいささか疑問があります。時代のところどころで政体が変わっているのにも関わらず続いているというのは少し強引ではないでしょうか。法令で定められていませんし近代の明治維新からは大日本帝國、その後も憲法改正で日本國とこのように揺れが起きています」


 違う! そうじゃない!

 マルコと喜讀以外の全員が顔を伏せる。

 クラスの誰もが喜讀の違う意味での課外授業を聞き流している中、マルコだけは熱心に彼女の話を頷きながら聞き入っていた。元々真面目な性格ゆえに教師それも担任の話を決して聞き流さないし、日本の歴史や文化の雑学は日系ハーフの彼にとっては興味深い話だった。そして何より古典の授業から離れていると気付いていなかった。

 燃料追加でもう一時間は延長になるのでは、と心配になるが、展開は思わぬところで好転する。


「え、えーと、それはですね……」


 貯水率300%のダムからの放水のように止まることがなかった饒舌ぶりが途切れ途切れになる。得意げな顔も今では陰りがわずかに見える。

 なぜ、彼女がこうなったのか。それは彼女が……ニワカだったからだ。

 ニワカだからうっかり専門、担当からはみ出し、裏付けや確証や自信のない知識もこぼしてしまった。そこをマルコに突かれてしまった。

 

「先生はどうお考えですか?」


 マルコは別に意地悪で質問をしているわけではない。その証拠に無垢な表情で期待に満ちた瞳を喜讀に向けていた。

 彼の目はまっすぐと喜讀を捉えている。

 喜讀は観念し、大きく深呼吸をする。

 彼の期待を一身に背負い、喜讀は言う。


「……おっと、もうホームルームが終わっている時間ですね。特に連絡事項はありませんので皆さん気をつけて帰って下さい」

「先生、質問のお答えは」


 彼女が知っている知識は国号が長い、それだけでしかなかった。それには反論、反証が存在していると露知らず自信満々に語っていた。

 喜讀は質問に答えられなかった。自分で言っておいてなんだが、そもそも国号が何なのかよくわかっていなかった。そして教師という肩書がある以上、生徒に対し知らないとは言えなかった。

 だから喜讀は、


「然らば!」


 忍者のような俊足で教壇から立ち去った。否、逃げ去った。

 支配者の姿が逃げ去った。その姿を見たクラスメイトたちは喜びのあまりに椅子から立ち上がる。そしてマルコの活躍を激励する。


「ありがとう、マルコちゃん! あなたのおかげでバイトに間に合いそう!」「大会前だから部活に集中しなくちゃいけなかったの、ありがとうね!」「今度からはゴッドハンドって呼ぶね」


 などなど、思い思い言葉を投げかけてはマルコの勇気ある挙手をしたゴッドハンドを掴んでシェイクしていく。

 握手会が終わると教室はまたしんとなる。教室には何が起きたのかわからず呆然としているマルコと古典の授業の前半から昼寝をしている透だけが残った。

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