イッツノーゲーム前編
プリクラの初体験を終えた二人は満足して暖簾の外に出ると、
「……げ」
透はまたしも折悪しくて呻く。
「げ〜、また天パだ。ストーカー?」
「そんなわけあるか」
またまた黒髪とサイレン女と再会を果たす。あちらの二人組もプリクラを撮っていたようだった。
「ねぇ、さっきから鬱陶しいんだけど?」
「あー、はいはい、ごめんなさい」
適当にあしらい透はマルコの手を引いて距離を取る。
「もう帰るんですか?」
「バカ言え。なんで私達が譲るようなことをしなくちゃいけないんだ。気晴らしのために来てるんだから気にせず遊ぶ」
「透さんがそうするならそうしますけど……ストレス溜まってませんか?」
「溜まってないよ。お、あそこにパンチングマシーンがある。あれで遊ぼう」
「本当に溜まってないんですか?」
パンチングマシーンはどこにでも置いてある普通の筐体だった。奥から四角のディスプレイに円柱のミット。グローブが一つ、吊っている。
透は肩を重点的に置いた準備運動をしてからグローブを右手に巻く。
そしてパンチングマシーンを目の前にし、後ろに二歩下がる。
「殴らないんですか」
「助走付けたほうが記録伸びそうじゃん?」
「せこい……」
呆れる傍観者をよそに透は右手を振りかぶって床を蹴って前に飛び出る。
両足を地に着け、足から尻、腰、肩、腕と螺旋して連携、連結した力がミット型の的の真ん中を打ち抜いた。
確かな感触を覚えて、透は思わずにやっと笑う。
野性味があるが素人目から見てもわかる筋の良さに、マルコは呆然とする。
パンチングマシーンが計測を終えて、的の奥のディスプレイで結果を発表する。
ギリギリ、ベスト10にランクインした。
「こんなもんか」
本心ではもっと行くと思っていたが謙遜する透。
「すごいですよ、透さん! ランクインです!」
「えー、そうー? いやぁ、それほどでも」
「それほどでもないんじゃなーい?」
突如、後ろから声がする。振り返るとまたもあの二人組がいた。
その声は透達に投げかけた言葉ではなく、相方にかけていた。しかし店内の誰にも聞こえるような声量だった。
「ねえ、そうだよね? 昔ボクシングやってたんでしょ?」
「そうだけど……言ったっけ?」
「えー、言ってたじゃーん。ねぇねぇ、やっみてよー。お金は私が出すから」
「やってたのはだいぶ昔の話だぞ」
「いいからいいから」
話を聞かずに強引に腕を引っ張って誘導する。
「別にいいけどさ」
黒髪は早々に諦めて従う。
「ほら、どいてどいてー。パチンコじゃないんだから終わったらとっとと避けなさいよー田舎者どもー」
言動にイラッと来るもマルコとカレンの前なので透は睨み返すだけにする。
「怪我しないように気をつけてね」
「してとかしないとか勝手に言うなよな」
黒髪は愚痴をこぼしながらグローブを巻いてゲームを始める。
透とは違い、準備運動も助走もなかった。黒髪は経験と規則に則り、教科書のようなパンチを繰り出した。
結果は、透よりひとつ上の9位にランクインした。
「きゃー、さっすがー!」
ブレーキ音のような高い、鬨の声を上げる。
「こんなもんか」
グローブを外している黒髪に幸は抱きつく。公の場だというのに夏だというのにベタベタしている。
透がくっつき合う二人を見て暑苦しさを感じていると幸と目が合ってしまう。幸は舌を出して勝ち誇る。
「次行こう次ー」
勝った二人は次のゲームに移る。
幸達が次に始めたのは音楽ゲームだった。太鼓が二つ鎮座している。
難易度はふつうで選んだはずだったが幸は流れてくる音符を追いかけきれずにやけくそに叩いている。
「あーんもうー早いー!」
その傍らで黒髪は無言で集中して何個か逃しながらもスコアを伸ばした。結果は合格点。ゲージは右に達し、点滅している。
「すっごーい、ほとんどパーフェクトだ〜」
漫画ではよくあるが実際には見たことがない、嬉しさのあまり、ぴょんぴょんと飛ぶ行為をする幸の後ろから、
「はい、ノルマ達してない下手くそはどいてどいてー」
透は体当たりギリギリで押しのけて、筐体に百円玉を入れた。
「透さん、あまりお金使わないほうが……」
マルコの忠告を無視し、透は隠しコマンドを入力し、ふつうよりも、むずかしいよりも難易度の高い”虎”を選択した。
「プリクラは初めてだけどなぁ……こっちは初めてじゃないんだよぉ……」
袖が短いのに腕まくりをし、ゲームに挑む。音符が魑魅魍魎のように不規則に連続して流れてくる。透はそれを痙攣してるかのような細かく素早い手さばきで一個も残さずに逃さずに叩いて行く。本来のモデルにした楽器の演奏とかけ離れた絶対にありえない錚錚たる演奏を目の前に、マルコはこうこぼす。
「これ、和太鼓というよりもスネアドラムだ……」
そう言っているうちに曲が終わる。見事に完走した。さらに完走どころではない。
「パーフェクト……!?」
「んっふふー、どんなもんよー。それじゃあ次行こうか、次。マルコ選んでいいよ」
「えと、それじゃあ、あっちのレーシングゲームに行きませんか」
マルコは自身の興味よりも後ろの二人組の距離を取ることを優先し、とにかくなるべく離れた場所に誘導する。
レーシングゲームの筐体は二つ左右に並んでいる。マルコは右、透は左に座った。
マルコはちらりと後ろを確認する。粘着する二人組(主に片方)の姿がないことを確認し、ほっとする。
(心配しすぎでした……まさかゲームにムキになる人はいませんよね……)
しかしほっとするのも束の間、聞き覚えのある少女の声が画面の向こうからする。
「ねぇねぇ、これ、やろうー」
その聞き覚えのある声がそのゲームを題名を読み上げる。そのゲームは今まさに透と遊ぼうとしているゲームだった。
(まさか、向こうにも同じ筐体が……もしかしてつながってたりするのかな……)
マルコの心配は的中し、新たに二人の乱入者が参戦する。
このゲーム機にはカメラ機能が備わってあり、参加者の顔を撮影してゲーム内に映しだされる。その写っている顔はもうなんか顔馴染みでしばらく忘れなさそうになっている二人組の顔だった。
「ふふふ、どうやら懲りずにまた負けに来たようだな……返り討ちにしてくれる」
透が不敵な笑みを浮かべる一方で、
「ゲームでムキにならないでくださいよぉ」
マルコは泣きそうになっていた。
ゲームの特徴として使用するキャラはマスコットのようなデフォルトされたキャラ達でファンタジーの世界が舞台だった。純粋なレーシングではなく、コースには障害物があったりアイテムが落ちてたりする。初心者でも経験者に勝てるような要素が配慮されている。
キャラ選択、コース選択が終わり、いよいよレース画面に突入する。
カウントダウンが始まった頃に透はふと呟く。
「……アクセルとブレーキ、どっちだっけ」
「ど忘れしないでください!」
説明を飛ばしてしまい操作がわからず、透は一瞬出遅れる。ついでにマルコも出遅れた。
序盤は幸組が優勢だった。順位は一位から黒髪、幸、マルコ、透の順だった。
その順位はラスト一周までほとんど変わらなかった。ラスト一周に突入するとBGMが急にテンポアップする。マルコは焦りながらも冷静に透を勝たせることを考える。透を勝たせたいのは別に好意から来るものではなく、これ以上、状況や空気が退廃、悪化、泥沼化するのを避けたかったからだ。
ふと出かける前までの日常を思い出す。今では遠くの昔のように思える。ちょっと遠くに逍遥するだけのどかな一日を過ごす予定だったのに、ここまで頭と胃を悪くする苦心する一日になってしまったのか不思議で仕方がない。正直な話、全て放り投げて、今すぐ帰りたい。家に帰ってしばらくなにもしないでぼうっとしていたい。だがそれはできなかった。
「ぐおおおお負けてたまるかあああああ」
ゲームだというのに圧倒的不利だというのにムキに本気になって勝とうとする人がいる。その人のことを放ってはおけなかった。
「透さん! まだ諦めないでくださいね!」
「当たり前だ!」
まだラスト一周が始まったばかりだ。1位と4位の差はそこまで遠くない。マルコは陰ながらこの状況を維持していた。このゲームの醍醐味はアイテムを駆使すれば奇跡のような逆転劇が起こせることだ。
四人の先にはアイテムゾーン、そしてその先にはヘアピンカーブがある。そこには壁がない崖になっておりコースアウトどころかドロップアウトするという意地悪なレイアウトをしている。よっぽどの経験者ではない限り、ここではブレーキを踏み、スピードを落とす。それは一位である黒髪も同じだった。
一位がアイテムゾーンにさしかかり、本当の勝負が始まる。
マルコは大事に取っておいた数秒だけ無敵になるアイテムを発動する。無敵になると衝突した相手を問答無用で転倒させる効果がある。さらにどの妨害アイテムも通用しなくなる。さらに無敵になるだけでなく、最高速がほんの少しだけ早くなる。
「マルコ、行きます!」
まず先に目の前にいた三位の幸に衝突し、転倒させる。そして一位を猛追するも、ヘアピンカーブに突入してしまう。最高速が早くなるということは即ちコントロールを失うも同然。ブレーキを踏まなければ崖に頭から真っ逆さまに落ちる。
「もうちょっと早ければ間に合ったのにな」
黒髪は余裕に冷静で焦らずブレーキを踏んでカーブに備える。しかし、それこそがマルコの狙いだった。
マルコはブレーキではなく、さらにアクセルを踏んだ。
「いっけえええええええ!」
ドリフト気味にカーブする黒髪のキャラに真っ直ぐ衝突する。
「ば、馬鹿な! そのまま落ちるつもりか! 負けても良いのか!」
「はい、そうです……僕は負けます……」
予想通り、突貫したマルコのキャラは崖から落ちる。転倒と比べれば回復に時間がかかる。もう一位の道は閉ざされた。
しかし、それでも。
「それでも……自分よりも勝って欲しい人がいるんです! 行って下さい、透さん! 僕の代わりに一位の栄光を勝ち取って下さい!」
一人の男が惚れた女のために決死の覚悟で切り拓いた栄光への架け橋。
彼の汲々たる苦心、献身は、
「ぎゃあーーーー何でアイテムゾーンに爆弾があるんだーーーーー!」
「透さーーーーーーーーん!!!!」
呆気無く散った。
透はアイテムゾーンに紛れていたアイテムそっくりな罠アイテムにまんまと引っかかっていた。
「くっ、まだです、まだ甲羅が残っています……!」
マルコはコースに復帰する。いざアクセルペダルを進もうとすると、
「どっかーん☆」
三位で後ろにいた幸から甲羅で狙い撃ちにされて足止めを食らう。
その隙に黒髪は復帰し、さらに加速アイテムを使って一位の座を不動にし、チェッカーフラッグを受けたのだった。




