衝突
とある大型電気量販店。老若男女問わず様々な人種も入り混じる雑踏する空間。その中でも極めて目立つ組み合わせがいる。片方は初夏だというのに長袖パーカーを着用し、フードを目深く被る少年にこちらも薄手の長袖を着ていてツーポイントの眼鏡をかけている少女だった。少女の右肩にはピンクとシルバーを織り交ぜたリボンが付いている。背丈は少女のほうが高く、少年の背は彼女の首の下ほどだった。
不思議な魅力に包まれ、さぞ先進的で芸術的で未来的な会話をしているかと思いきや、
「マルコ……どのスマホをどう契約すれば安く済むの……」
「すみません、日本の通信事業については検索してもさっぱりなんです」
えらく後進気味の日常的な会話をしていた。
「あぁ、わからん……そもそもどうして新しく買うよりMNPとやらをしたほうが安く済むんだ。現存のお客に長く居てもらうように機種変したほうがお得にするのが普通じゃない……」
里見透は嘆く。自分の無知を棚に置き、値段設定の煩雑さに文句を言う。
「スマートフォンを諦めるって選択はないんですか……」
マルコ・リードは電子機器の操作はある程度こなせるが、契約のほうには疎かった。検索したものの専門用語が多く、大量の情報が錯綜し、日本社会に慣れていない彼にとって難解だった。
「だって……煌がSNSお勧めしてくるんだもん。そっちのほうが料金抑えられるし家族ともSNSで会話してるらしいし……」
『そんなに離れている女が良いんですか……すぐ側に僕というものがありながら!』
「ん? 今の喋ったのってマルコ?」
マルコは顔を赤くして全否定する。
「違います、僕じゃありませんよ!」
「ん? 今誰かに話しかけられたような……あぁ、さては」
透の目線はマルコの顔より下に行く。
「もうお姉ちゃん!」
マルコは自分の巻いている腕時計に向かって叫ぶ。
直後に腕時計は喋り出す。
『だって電子機器しか見えなくて退屈なんだもん……これだったら詐欺まがいのテレビショッピングを延々と見ている方がエキセントリックでまだ見ごたえがあるわ』
カレン・リードは姉の尊厳を台無しにしながらも駄々をこねる。この中で一番年上の彼女だが駄々をこねるのも仕方ないと言える。彼女に許された視覚、聴覚は極めて限定的で、会話するぐらいしか暇が潰せないのに人の目があるということでそれすらも制限される。
「だからって僕の声真似しなくてもいいじゃないですか、それも恥ずかしい台詞で」
『本音を代弁してあげたんだからいいじゃない』
「お姉ちゃんは念動力者であってテレパシーではありません。勝手に決め付けないで下さい。また勝手なことするようなら腕時計外しますよ」
『それは困るわね……大人しくしてるわ』
数少ない娯楽を封じられるのは御免なので姉は弟の言うことを素直に聞くことにした。
「まあカレンさんが暇してるようだし、ちょっとスマホいじってたら? ネットとかは繋がってなくてもゲームはできるんでしょう?」
「そうですね、そうします」
マルコは飾られたスマートフォンに手を伸ばす。すると手が滑り、スマートフォンが床に落ちていく。
「……よっと」
しかしスマートフォンは重力に逆らい、地面スレスレで止まる。そしてヨーヨーのようにマルコの手に戻った。
「はぁ……危ない危ない……」
その日常に紛れる超常現象の一瞬を目の良い隣人は見逃さなかった。
「マルコ〜」
そう言いながら透はマルコのフードからはみ出た髪を一本を摘み、抜けない程度に引っ張る。
「痛いですよぉ、透さん」
「無闇に超能力を使わないの。バレたらどうするの」
「すみません、反射的に」
彼は念動力者だ。今では全世界で超能力が発現しているため珍しくない能力だがマルコに関しては別だった。通常(超能力に通常という言葉を用いるのに違和感があるが)の超能力は女性にしか発言しないのに対し、マルコは男でありながら念動力を有している。その理由が未だ謎だが、彼にはさらに深い謎を持っている。
「以後、気をつけるように。次やったらペナルティな」
「そ、それは……どんなペナルティですか」
恐る恐る尋ねてみると、
「帰りの電車では必ず私の膝に座ること、つまり膝抱っこね」
「嫌です! 絶対に嫌です!」
マルコは顔を赤くして拒否する。
「お、おう、そんなに嫌がるの……ちょっとショック……」
透は少し弱る。肩を落とす姿を見て、マルコはすぐにフォローする。
「そ、その、すごく嫌じゃないんですよ? でも電車の中じゃ恥ずかしいじゃないですか」
「そうなの? 本当にそう? 嘘じゃない?」
「眼鏡外して見て下さい、僕の目を」
透は言われた通りに眼鏡を外し、マルコの目を見る。
透もマルコと同じ超能力者だ。しかしマルコと違う能力だ。
「……うん、わかった」
「わかってくれましたか?」
マルコがほっとするのも束の間、
「膝抱っこより熱い抱擁と接吻が良いんだねぇ!」
「全然わかってない!」
未来予知の能力を持っていないが何となくマルコは次の展開が読めたため、あっさりと自分より身長の大きい透を避けられた。
透は勢いを殺せず、転んで、とある腕を組んだ二人組にぶつかった。
「ちょっといた〜い」
ぶつかって転んだ片方が叫び、
「大丈夫?」
ぶつかっていない片方が心配する。
「あぁ、すみません。不注意でした」
透が顔を上げるとぶつかっていない方がまず目に入る。綺麗な長い黒髪を後ろで縛っていた。全体的にボーイッシュとは違った中性的で、身長は女性にしては高く、男性にしては低い。
「もう、ひどいんだよ、この天パ。幸にタックルしてきたんだよぉ?」
もう一人のぶつかったほうは一人称が名前のいかにもというぶりっ子だった。髪にはふわりとしたカールがかかり、セーラー服を着ていた。後の特徴はよく見ていない、天パと言われてムッとしたからだ。
しかし大人の透だ、顔に青筋を立てることなく、笑顔を崩さなかった。
「今度から気をつけてくれよ」
「えぇ、それだけぇ? 幸は怪我するところだったんだぉ」
「もし怪我してたら容赦してなかったさ」
「きゃ〜! かっこいい〜!」
叫びながら腕に抱きつく。まとわりついたまま、二人は地下へ向かうエスカレーターに乗る。片側を開けずに乗る。
何だあいつら、と透の感情は怒りから呆れに変わって行った。とりあえず許されたようだし、加害者なのだからそれを有難がるしか無い。
脂っこいチャーシューメンを深夜に食べたような胸焼けを残しながらも透はマルコの元へ戻る。
「透さん、怪我はないですか」
「あぁ、ありがとう。はしゃぎすぎて迷惑かけちゃったね」
「すみません、僕が避けずにちゃんと受け止めていれば……」
「マルコが気にすることじゃないよ、でもその気持は嬉しいかな」
フード越しで頭を撫でる。本当は髪の毛を直に撫でたほうが気持ちいいが、目立つ訳にはいかないので我慢する。
「そろそろ行こうか、転んだところで契約するのなんか気が引けちゃうし」
立ち去ろうとするとマルコがある物を見つける。
「あれって透さんの物ですか?」
先ほど転んだところに真っ黒の長財布が落ちていた。
透がそれを拾う。ブランドに詳しくないが高そうな財布だった。中に持ち主の手がかりがないかと開いてみると丸くて小さな宝石のような物が挟まっていて床に落ちる。
「うわ、やべ! どこ行った! マルコ探すの手伝って!」
高級品の可能性があるので急いで探す。
「もうなんで開くんですか、透さんの超能力があれば」
「しー! それは言わないの!」
落し物は幸い、すぐに見つかった。
「あぶねー……財布拾ったのに弁償とか勘弁だぞ」
「でもそれ、たぶん宝石じゃないですよ。ガラス製です」
「わかるの?」
「はい、宝石にしては中が透明すぎるので」
「ふーん……」
宝石と思ったが単なるガラス製の飾りだった。そして財布の部品ではなさそうだった。
「また落とすと悪いからポケットに入れておこ」
「免許証とか入っていましたか?」
「おっとそうだった、そうだった」
中にはこれといって情報はなかった。小銭は入っておらず、千円札が二枚入っていた。
「……まあ、落し物として預けるのが届けるのがベストか」
今いる一階にサービスカウンターがあるので透達はそこへ向かった。




