嫌われ者のきつねさん
診断が終わると採血に向かうように指示された。
(あれ、超能力診断に血液検査に入ってたっけ……?)
しかし病院がそう指示するのだから必要なのだろうと流れに身を任せて採血した。
採血が終わった後は待合室で名前を呼ばれるのを待つ。制服姿が珍しいのか、行き交う人々の何人かが視線を向けてくる。気を紛らわしたく、図書コーナーに行き、漫画を探す。しかし置いてあるのはエッセイ、写真集、週刊誌とどうも食指が動かなかった。諦めて引き返そうとするが、隣に背の低い、子供用の本棚を見つける。こちらになら漫画があるかと探すも絵本しか置いてなかった。
「需要がわかってないなぁ……」
ぼやきながら立ち去ろうとするが、見覚えのある背表紙が視界の端でちらつき、首を全力で向ける。
「お、懐かしいな……」
自宅のどこかにもしまっている絵本を手に取る。生まれる前に発刊された本だったが、この本は新品のようだった。何度も読みなおし内容を完璧に暗記していたがもう一度読むことにした。
題名は『嫌われ者のきつねさん』と言う。当初は一巻で終わる予定だったが好評によりシリーズ化にされている。舞台はいろんな動物が暮らしている森で、周りから意地悪と噂の孤独なきつねが自分の評判を省みずに他の動物のために善行するお話だった。短編ではあるがアニメで映画化もしている。
自らねだって買ったのか、それとも有雁が好んで買え与えたのか、はたまた誰かのお下がりなのか、透にはわからない。しかし記憶の中で最も古くに読んだ本であり、思い出深かった。
一巻を読み終わり、二巻目に入ろうとしたところで受付から自分の名前が聞こえる。続きは家で読むことにする。全巻揃っているので読み通すことも決めた。
受付に行き、本人確認が済むと封筒と書類を広げられる。受付の女性が法律や今後の予定や指示など長々と説明する。聞き逃しそうになるも集中して耳を傾ける。
最後の領収書を渡される。
0円と思いきや、
「あれ……三千円……?」
笑顔を浮かべる受付が詐欺師に見えた。
「ここまでで何かご不明な点はございませんか」
「あの、検査は0円のはずじゃあ」
「その三千円は採血の費用です」
「……超能力診断に採血は必要でしたっけ」
「採血は病院の独自の方針です。しかし必要な処置ですので何卒ご理解ください」
「そうですか……必要ですか……」
不明な点があるが聞いたところで不明のままなのだろう。上手いことはぐらかされそうな予感がする。
受付は問答無用で封筒に書類を収納し始める。容赦のない、人の血を感じさせない動き。
(帰りはバスに乗らずに徒歩にしよう。採血後は激しい運動は禁じられてるけど歩きならまあセーフかな……)
後は自宅に送付される書類に判子とサインをするだけだ。納得いかない点があったものの、透はすでに満足感、達成感、幸福感を得始めていた。自分は正しく真っ当な善行をしていると確信していた。
そんな幸せな彼女に爆弾は不意に落とされる。
「そうでした、書類に不備がありましたのでこちらで修正させていだきました」
受付の女性が一度しまった書類を取り出した。それは戸籍に関する書類だった。
「お母様のお名前を間違えて記載されていましたのでこちらで修正させていただきました。ご確認お願いします」
「あぁ、漢字間違いですか?」
原因をすぐに思い浮かべた。雁という字はあまり使わない。携帯電話を持っていないので確認しようがなく記憶を頼りに書くしかなかった。
「別のご家族の名前を書かれたんでしょうね。透様はちょうどこちらの病院で生まれた記録が残っていたおかげで記載ミスに気が付けました」
「別の家族……?」
透が首をかしげると受付も首をかしげる。
「えーとですね……うちのデータベースによりますとお姉さまの名前を書くところに妹の名前を書いていたんですね……」
「……待ってください……お姉さん? 妹?」
「あれ、何か私間違ったこと言ってますか?」
「ちょっとそのデータベースとやら見せていただけませんか?」
「本来は見せてはいけない決まりですがご家族ですので特別ですよ?」
受付はタブレットの液晶を向ける。
そこには透の母親の欄に飛迦というまるで馴染みのない名前が記されていた。
「そしてこの方の妹が有雁様ですね。ここまでは大丈夫でしょうか?」
「……」
「お客様……?」
受付の言葉はもう届かなかった。
(こんなの、間違いに決まっている……そんなことがあってたまるか……)
自分の母親は有雁だ。唯一無二の母親に違いなく、他に居るわけがない。
こんなの、間違いだ。間違いに決まっている。
透は隠されていた、知りえなかった真実を否定する。




