超能力者認定
次の日の放課後。
「里見さん。この後は暇? 良かったら遊びに行かない?」
「ごめん、今日は本当に用事があるから」
「りょーかーい」
透は早速行動に移す。真っ直ぐ家に帰らずに病院に寄った。有雁が入院している場所とは別の病院だ。家から最寄りであり市内でも最も大きな病院だが一度も来た記憶がない。どこに敷地内の入り口があり、どこに病院の入り口があるか、まったくわからなかった。
そんな病院に来た目的はただ一つ。彼女は有雁の言いつけに背き、超能力者登録を受けようとしていたからだ。
彼女の向かった病院には超能力研究開発者の資格の取得者が常勤している。死亡認定できるのは医者だけのように認定されるためにはどんなに超能力が強力でも一定期間以上の勤務経験がある資格取得者による診断が必須と定めた法律がある。
看護婦に連れられ、とある一室にたどり着く。部屋の中は学校の保健室のように簡素だった。SF映画で出てくるような大層な設備はなく、現実味を帯びさせるCTスキャンすらない。事前情報を知らない透は少し拍子抜けしたと同時に安心する。無駄に検査を重ねて検診料をかさ増しされないか、心配していた。初診料が無料だと聞いていたので財布には往復するだけの金額しか入っていない。
部屋には透の担当になる女医がだらしなく背もたれに寄りかかり、芸能人等の表沙汰に出来ない写真を収録したゴシップ誌を読んでいた。ほうれい線に小じわがあり四十路のように見えた。それと微かにタバコの匂いを漂わせている。
目が合うとすぐさま背筋を伸ばし、週刊誌を机の下に蹴って隠した。体裁を整えなかったのだろうがもう遅い。
「あははは……」
情けない笑顔を浮かべる女医。
「……」
思いがけのない出来事に透はしばらく扉の前で固まる。
その後ろで看護婦が呆れ顔でため息を付いた。
こうして信頼関係が築けないまま、カウンセリングは始まる。
「里見透さん、初めまして。えーと貴方は……自己申告だと透視能力ですか」
「はい、そうです」
「それじゃあね……机の上にペンケースがありますね。見えますか? って誰にでも見えますよねーあははー」
自分で言ったジョークに対し、自分で笑う。空気を改善しようとしたのだろうが、空振りに終わる。
「えーとね、ペンケースの中にペンが何本入っていますか」
「ボールペンが一本、鉛筆が一本」
「おぉ、さすが」
「それとタバコが六本、マッチが五本です」
「もういいですよ」
密輸品のようにペンケースの底にタバコが巧妙に隠されていた。
「最後のは皆に内緒ね? 立場上目くじら立てられやすいから」
女医は敬語をやめて、世間話を始める。堅苦しい空気が苦手のようだった。
「ここまでしないと吸えないんですか、タバコって」
「周囲の目もあるし、いろんな意味で息苦しいわね」
「タバコ辞めたら息苦しくなくなりますよ」
「だれうま~。でもね、できたら苦労しないのよ。というか、うるさすぎないと思わない? 場所、時間、数を控えめに吸ってても止めろー健康がーうるさいのよ」
世間話がいつの間にか愚痴話に変わる。
「いつの間にか私がカウンセラーになってる!?」
「こちとら高い税金もせっせと払ってるのよ? それに吸ったことのない人が、タバコの魅力も知らずに、なんであそこまで正義面できるのかしら? 貴方にもわからない? 超能力者だからあーしろこーしろ何様だって」
透は女医の言葉に同意しかねるも、
「……超能力とタバコは違いますので」
禁煙はその気になれば止められるが、超能力は違う。いつまで経っても消えないし、消せない。それに喫煙は自分で決められるが、超能力の発生は自分の意志では決められない。タバコと超能力は全く別のものだと考えられるのに、どうしてか親近感に似た同情を捨てられなかった。
「愚痴に付き合わせちゃってごめんなさいね。ほら、私はこのようにだらしのない医者だから、いろいろと物忘れ多くてね、ちょくちょく診断書をなくしたりもするのよ」
透は女医の言いたいことをすぐに見抜いた。
つまり、要は、『考え直すなら今だ』ということだ。
超能力者登録をすればすなわち喫煙者になるということ。日に日に厳しくなっていく環境、規則に順応していったとしても周囲の目は変わらず理解を得られず厳しいまま。例え自分が規則を守っていようと正しくあろうと他の顔も知らない喫煙者が規則を破れば自分にも偏見を向けられる。まさに正直者が馬鹿を見る世界だ。そんなリスクを負って得られるのは一時の快楽に過ぎないかもしれない。
今まで差別とは無害で安穏とした暮らしがなくなるかもしれない。
それでも、
それでも、
それでも透は、一時の快楽を選ぶ。
「診断書は絶対に無くさないで下さいね」
「……ふぅん、そこまでして何がしたいの」
「親孝行です」
「そう、中学生なのにしっかりしてるわね。親御さん喜んでくれるといいわね」
親孝行と言いつつ、親は同伴していない。不自然に思われただろうが嘘はついていないので透は堂々としていた。
「ここで働いているとね、相談とか多いのよ。特に親の方からね。『うちの子、病気じゃないでしょうか』って。まあ私も子供いるから心配する気持ちはわからないでもないけどその言葉は親として言っちゃいけない言葉よね。子供が傷つくわ」
「でも医者に診てもらってますし、あながち病気でも間違いないんじゃ」
「とんでもない。医者としての私はそう思ってないわ。仕事内容で言えば、血液型を調べてると同じで、その人の個性が何か見つけているだけ」
女医の言葉は神様の言葉のように、とても尊く、貴く、美しく、そして胡散臭く聞こえてしまう。選挙中の演説を行う政治家のような彼女の言葉はひねくれている透には現実離れした夢物語るように聞こえた。
でも、ありがたく受け取る。これから家以外では身を隠すことの出来ない日常に支えになる言葉だったからだ。
「他に質問はありませんか」
「……え、検査って終わりですか?」
透はまた拍子抜けする。ペンケース一つだけ透視して見せただけであっという間に終わってしまった。
「そうです、もう実証は済みましたから。他には?」
「いえ……ありません。ありがとうございました」
決まり文句が交わり、透は部屋を出る。
「頑張ってね」
女医はにこやかに手を振る。
透は出てすぐ、その場で回れ右をして、病室内を透視する。
女医は週刊誌を読んでるかと思いきや、出た時と同じくにこやかに手を振っていた。




