有雁の一番
バス、電車、バスと乗り継いで透は有雁が運ばれた病院に着く。案内されてひとつの病室の前にまでやってきた。入り口脇には名札があり、自分の名前の次に親しい名前があると確かめてから入室する。
病室に入るとようやく見知った母親に出会え、一瞬は安堵するも、すぐに気を引き締め直す。
有雁は出かけた時と違う格好をしていた。仕事服を脱ぎ、真珠のペンダントを外し、髪も下ろしていた。家で見る時と違う、全くの別印象。おしとやかで大和撫子のような自慢の母親が病人であると嫌なほど知らしめる。
症状は極めて軽度だった。会社に到着してすぐに倒れたが、意識はあり、念のために救急車で運ばれた。
患者は笑顔で接する。
「心配かけてごめんね。ちょっと目眩して倒れただけだから。命に別状はないみたいだし元気元気」
弱々しい笑顔で見え透いた強がりを言う。
「……こんな時まで謝らなくていいよ、身体大丈夫なの」
「えぇ、大丈夫。大丈夫なんだけど……三日ほど入院することになってね」
「うん、電話で聞いてる」
「大丈夫? 家空けちゃうけど」
「……こんな時ぐらい、自分の身体を最優先に考えてよ。馬鹿じゃないの」
無礼な物言いだったが、
「私の一番はいつも透だから」
有雁は一種の愛情表現だと取って、かよわい笑顔をまた浮かべた。出来るなら潰れそうな気持ちをぶつけて、今もにも母親に甘えたいが、そうも行かない。
「……必要なもの置いてくから、ゆっくり休んでね」
透はその場にいられなくる。これ以上いると健康そのものなのにすがってしまいそうだからだ。
「他に私に何かできることある? お母さん」
何かしなくてはいけない。そう使命感に駆られるも、
「ううん、何もないわ。お留守番お願いね」
有雁は何も頼らなかった。病人にすら頼られなくて、不甲斐なさが際立った。




