亀裂
何事もなく、学校が終わる。面倒事も厄介事もない。
バッグに筆記用具を詰めていると、一人の同級生が話しかけてきた。
「里見さん。この後は暇? 良かったら遊びに行かない?」
どこに何しに行くか詳細を明かさずに暇かどうかだけを聞く割と卑怯な誘い方。暇と明かした上で誘いを断ると罪悪感を植え付けられてしまうので大変断りづらくなる。
しかし、その危険な誘いを透はやんわりと断る。
「ごめん、この後用事があるからまた今度で」
「りょーかーい」
同級生は深追いをせずにすぐに諦め、次の目標を定めると別の集団に話しかけていった。ただの人数合わせであり、透でなくても誰でもよかったようだ。
それを見て全くの寂しさはなく、むしろ断ってしまった罪悪感が消えたことを喜ばしく思いながら教室を後にする。
面倒事、厄介事、そして約束事もなく、透は一人で帰路に着く。
用事があるというのは本当だ。家に帰れば家事がある。同級生から遊びに誘われ、深追いされることもあるが「帰りの遅い母親の代わりに家事をしなくてはいけない」と返せば差し障りなく断れた。教師に対して使えば評価(学業の成績には影響のない程度)も勝手に良くなるのだから一石二鳥。
これが里見透の日常であり十五年続けてきた人生だ。人付き合いが薄く、クラスからは変わり者と称されても自覚があるので否定せずに頷けるし、これが性に合っているとさえ前向きに考えている。そしてこんな日常が一生続けば良いとも考えていた。家に帰り、適当に家事をし、後は有雁が帰ってくるまでグダグダする。そして怠惰を叱られながら、たまに勉強したりする。
そんな日常がこれからも続いていくと思っていた。
しかしこの日、彼女の華麗な日々に、地割れのように大きいヒビが入る。
そのヒビを認識したのは一件の留守番電話だった。
透はすぐに自宅の電話の異変に気付かなかった。テレビをつけながら掃除機をかけ、今朝洗えなかった皿を洗い、一通りの家事が済んだので自室で漫画でも読もうと身体を伸ばしながら廊下を歩いていたら、ようやく電話が点滅していることに気付いた。
イタズラ電話、もしくはいくら断ってもしつこい通販の電話かと思いながら、留守番電話を再生する。電話主は最初に社名を名乗る。聞き覚えのある、というより間違いなく有雁が働いている会社だった。丁寧な挨拶を終えてようやく本題に入る。適当に聞き流していた透は一度本題すらも聞き逃してしまう。否、聞きたくない事実を受け入れたくなかった。事実を認めたくなく、0%に近い確率で聞き間違いの可能性もあるのでもう一度再生する。しかし現実は変わらなかった。
里見有雁が倒れて救急車に運ばれた。その現実からは目を逸らせなかった。




