見送りは賑やかに
透は食パンで作られたフレンチトーストをフォークで二枚抜きで刺して口に運ぶ。
「うまい……うますぎる……」
「あなたはいいわね、朝からゆっくりできて」
「忙しいお母さんの代わりに堪能してるんじゃん」
「それじゃあお母さんが怠けたらあなたが代わりに働いてくれるの」
「……検討しておきます」
まだ寝巻き姿の透とは逆に母親である有雁はすでにスーツ姿に着替えていた。白のブラウスに黒のスラックス。通勤時間帯になればオフィス街に大量発生する、ありふれた仕事着。所持する小物は揃えているわけでなく、無難という理由で黒色ばかり選んでしまう。あの色この色と試す気はあるが勇気と冒険心に乏しい。
その中で彼女の持つ黒で最も美しいのは、麗しく伸びた髪だった。
壁に立てかけた姿見の前で黒色の髪留めで束ねている。その仕草は異性だけでなく、同性も身内をも魅了する。
「はあ、麗しい黒髪……ご飯が進む」
透の髪ははねっ毛の茶色だ。これはこれで綺麗なのだが透は俄然自分にはない魅力がある黒髪ロングを推す。
「ご飯じゃなくてパンでしょう。まったく変な子ね」
「きっつー」
髪を束ね終えると最後に小粒の真珠が一つ付いたアクセサリーを首に巻く。
「それじゃあお母さんは仕事に行ってくるわね」
「はいはい」
娘はテレビの天気予報を見たままで手だけを振って見送る。
次の一切れを存分に楽しめるように牛乳で口直しをしようとコップを持った時に、玄関の方から有雁の悲鳴と崩れ落ちる音が聞こえた。
異変に気づき、すぐさま玄関まで飛んで行く。
「お母さん、大丈夫!?」
「あぁ、あぁ、ごめんなさい。大丈夫よ。ちょっと躓いただけ」
躓いたにしては被害は大きい。靴箱の上に置いてあった造花や置物が床に散らばっていた。
「すぐに片付けるわね」
「何言ってるの。私が片付けておくから、お母さんは仕事行ってきなよ」
「いえ、お母さんが散らかしたんだからお母さんが……」
「いつも散らかってる私の部屋を片付けてもらってるんだから私がやるよ」
「透……」
「娘は親が知らないうちに成長するんだよ?」
「……自覚があるならもうちょっと自分でやる気を出してですね」
「お説教は帰ったら聞きます! 遅刻しちゃうよ!」
「本当にそう思ってる? 帰ってきたら説教は忘れていて欲しい。そう思ってるんでしょう?」
「仕事やめたいの? 早く行って!」
「そう言われるとなにがなんでも行かなくちゃあね……じゃあ後は任せるから……いってきます」
有雁は申し訳なさそうな顔を浮かべるので、
「いってらっしゃい、お母さん」
透は満面の笑みで見送った。




