希望
現校舎を周った後はいよいよ本番の旧校舎へ向かう。点滅する照明が、古びた外装がホラーとしてはなかなか趣きのある雰囲気を醸し出していて背中がゾクゾクする。照明に集る蛾が視線に入り、違う意味でゾクゾクする。
再び入り口がないか校舎の周りを歩いているととある壁にぽっかりと穴が空いている。よく見ると穴ではなく、元窓だったあの場所だった。あれから一週間が経つのに新しい窓が届いていない。旧校舎ということで修理が後回しになっているのかもしれない。
「花子さん、いらっしゃいますかー」
返事がないのを確認し、挫いた足首を庇いながらお邪魔する。ガラケーのカメラの照明で周囲を見渡す。囲いが外され、便器だけが残っているというシュールな光景に少し驚く。
光を飲み込んでしまうほどの暗闇の中、明かりを反射する異物が床に落ちていた。割れた鏡の破片の掃き残しかと思いながら近付いてみるもその予想は外れで正体は腕時計だった。腕時計は故障もなく、正確に時間を刻んでいた。
拾ってよく見ると見覚えのある意匠をしている。まさかと思い、透視をして確信した。
「これ、マルコのだ……」
落としたまま気付かなかったのだろうか。いや、そんなわけがない。風呂と就寝の時以外肌身離さず持っていた。
「ケイトさん、聞こえてる? マルコがどこにいるか知らない?」
腕時計は花子さん同様、返事をしなかった。魂の抜け殻のようだった。
故障かと思い、透視を再度試みるも時計のネジは規則正しく動き、他の電子部品に目立った損傷はなかった。
初めての異常事態に透は焦り始めた。ケイトが返事しないことではなく、マルコがこの腕時計を落としていることに不安を覚えた。耳の奥の鼓動がやけにうるさく聞こえる。脳裏によぎるのは今朝の脅迫文だった。あれは馬詰の悪戯で無関係のはずなのに、どうしても否定できなかった。
マルコの身に何かが起きているとそう直感する。肝試しは即刻中断し、マルコの捜索を始めた。手始めに旧校舎を探す。
一階は盗まれても困らなそうな教材を放置している物置だが一つを除いてどの部屋も鍵が閉まって侵入が叶わなかった。そのため、廊下からひとつひとつ立ち止まって隅々まで透視する。本来なら透視能力の精密作業で相当の集中力を必要とする作業を透は歩きながらも容易に成し遂げた。
一階が肩透かしで終わると今度は二階へ上がる。二階へ上がると透はまっすぐに過去にマルコに運ばれた教室へと向かった。その部屋は二つの入口があり、そのどちらも鍵が外されていて誰でも出入りができる。二階の廊下は老朽化により一歩毎にうぐいす張りのように鳴る。今にも突き抜けそうな床を大股で早足でお構いなしに歩く。
一階に落ちることなく教室に無事に辿り着いた。空っぽだった部屋に見かけない物が落ちていた。サンタクロースが持ち運ぶような大きい、子供一人が入りそうな袋だった。中に何が入っているのかを予感する。すぐに側に駆け寄り、解こうと試みる。口をヒモできつく縛られていた。解けそうにないので馬詰から無断で拝借したナイフを取り出し、ヒモを断ち切り、袋の中を取り出した。
中から人形が、
「マルコ……!」
否、中から人形のように美しい造形をした少年が出てきた。しっかりと息をしている。
「こんなところで寝てるんじゃない! 風邪引くだろうが!」
お目覚めのキスをしてあげたいところだが往復ビンタで乱暴に起こす。
「いたたたた……と、透さん? あれ、ここは」
眠らされて記憶が定かではないマルコはぼけっとした顔をしていた。
「マルコ……!」
戸惑うマルコを力いっぱい抱きしめる。
良かった、無事に生きていた。失踪発覚から一瞬で発見に至ったが婚約者が一ヶ月も遭難してからの奇跡の生還をしたかのように感激していた。
「と、透さん、胸が……苦しいです……」
車のエアクッションで窒息するように、マルコは透の顎の下のクッションで酸欠状態になっていた。
「うるさい! こっちは死んだかと思って心配したんだぞ!」
「……こ、ころされる……」
この後マルコは何とか透から脱出し、自分の身に何が起きたかを透と別れた時まで遡って話をした。
二人はその場で状況の整理に入る。
「まず最初、馬詰を事故死と見せかけて殺そうとした犯人は念動力者で合ってると思う。馬詰のあの様子だと本当に現場にいたんだと思う」
「念動力以外の情報はないんでしょうか」
「……あるにはあるけど、ちょっと微妙かな」
よぼよぼの爺さんが目撃したというグレーの車。犯人が乗っていたかどうかも疑わしい。透は知人にグレーの車が乗っていることを思い出し、それだけ大衆に乗られていると考えた。
「……まあいいか。次に脅迫文について。これは馬詰の仕業なのかもしれない。あいつは私の靴箱に細工して超能力を見極めようとしていた。サイコメントリーと仮定しての行動かもしれない」
「馬詰さんではなく、事故の犯人かもしくは誘拐犯の可能性はないでしょうか」
「動機はカレンを捜索させたくないとしても、脅迫文を送った私を抜いてマルコを先に狙うのがわからない……待てよ、今日マルコはカレンの捜索したの。それならターゲットが移っても納得がいく」
「いいえ、してません。それどころか、途中、さぼっちゃいましたし」
「あぁエイリアンに夢中になっちゃったんだっけ」
「その呼び方、いくら注意しても直すつもりはないんですね……」
「あぁ、やっぱりわからない……」
透はマルコの言うことを無視して頭を抱える。
「あ、ケイトさんが言ってました。透さんの超能力を念動力と信じ込んでる人か、もしくは正確に透視能力だと知っている人物がやったんじゃないかって。それならバレても怖くないって言ってました」
「信じ込んでる方はともかく、私の能力が透視だと知っている人か……」
そういえば学校内に能力を唯一知る人物がいた。しかし能力を知ったのは脅迫文が送られる前だった。だからやはり白のはず、と邪な考えを振り払う。
「そ、そうだ、ケイトさん! ケイトさんを知りませんか」
「ケイトさんというか、腕時計だな。落ちてたの私が拾っておいたよ」
ポケットから腕時計を取り出す。落し物が戻ってきてマルコの表情は明るくなった。よっぽど、この腕時計とそれを伝いに交信してくるケイトが大切なのだろう。
「ありがとうございます!」
「それにしても薄情な奴だな、マルコの緊急事態なのに何も話さないなんて」
マルコの指先が腕時計に触れる、その瞬間だった。
『こらああああバカマルコおおおおおおおお』
腕時計は電池が入ったように、魂を宿したように、突然大音量で叫んだ。
マルコは驚いて落としそうになったが何とか手の中に留めた。
『だからあれほど止めなさいって言ったのに! もう少しで死ぬところだったじゃない!』
「ご、ごめんなさい」
『ごめんなさいで済まないわ! どれだけ心配したと思ってるの!』
「……ごめんなさい」
謝ってばかりのマルコを見兼ねて透がフォローに入る。
「まあまあ、母さん、マルコがこうやって無事だったんだし」
『透! あなたにもずっと側にいなさいって言ったでしょう! なんで守らないの!』
「それについては……本当にすみません。明日からは本当に」
『いいえ、明日はないわ。姉の捜索なんて馬鹿な真似はやめて、明日にはアメリカに帰ります』
「え、待って、それは……いや……何でもない」
透はケイトの決断を止めようと思ったがすぐに諦めた。自分はあくまで第三者であり、深入りすることはもっての外だ。それにマルコの安全のためにも帰国が最善だと考えた。
「ま、待ってください! まだ時間は残っています!」
しかし当の本人は納得しなかった。
「もう少しでお姉ちゃんを見つけられるんです! だからあと少しだけ」
『そ~~。あと少しで見つけられそうなの? 一週間使って何の手がかりも掴めなかったのにあと少しなのね?』
「それは……そうですけど」
『途中、車に心が傾いてたじゃない。本当は探す気なんてないんでしょう』
ケイトの辛辣な言葉にマルコは徐々に涙目になっていた。
透はふと違和感に気付く。その違和感はガスのように不可視だったが確かに存在していた。試してみる価値はあるかもしれない。
「確かに一瞬はそうでしたけど……姉を探しているのは本気ですから……」
『車に浮気した弟に会ってカレンは喜ぶかしら』
「……そ、それは」
ケイトの言葉はマルコの中にあった膨らみ始めている疑惑に直撃した。
姉は自分と会いたがっていないのかもしれない。
その疑惑を知っている透は割って入る。第三者であろうと桑弧蓬矢を否定されたのが許せなかった。
「おい、ケイトさん。その言葉はないだろう。マルコがどんな気持ちで姉を探しているのか、あんたはわかっているのか」
『黙りなさい、部外者。これは私とマルコの問題よ。これからについて話し合ってるの』
「話し合い? これのどこが話し合いだ!」
『黙りなさいって言ってるのよ! バカ透!』
「黙るのはあんたのほうだ! バカケイト!」
透はマルコから時計をひったくる。
「バカバカこのバーカ!」
『……』
黙ったのはケイトのほうだった。違和感は確信へと変貌する。
「あぁ……やっぱりな……」
腕時計を振り回してもチョップをしてもケイトは返事をしなかった。
「さぞ驚いているだろう、ケイトさん。私はあんたの正体、見破っちまったぞ」
突然黙りこんでしまったケイトにマルコは驚きを隠せずにいた。
「透さん、一体何が起きたんですか」
「マルコ、喜べ」
マルコの問いに透は答えなかった。だけども、
「お前の姉は生きている」
ずっと待ち望んでいた答えを持ってきてくれた。




