異変は歩く早さでやってくる
次の日、学校ではまた新たな異変が起きていた。
透は登校するとまず下駄箱の中を透視を行う。馬詰に何か悪戯がしかけられてないか確認するため、習慣化している。
「……ん?」
下駄箱の中には封筒が入っていた。さらに封筒を透視し、刃物類が混入していないことを確認する。便箋ではなくコピー用紙のようだ。封筒の中の手紙は折り畳まれていたが透視でそのまま読むことが出来た。
「透さん、どうかされたんですか」
マルコに話しかけられ咄嗟に手紙を鞄に突っ込む。
「なんでもない」
教室に向かう途中、物部と遭遇した。またもノロケ話をされるか身構えたがその様子はなく、真剣な眼差しをしていた。
「里見透さん。警察の方がいらっしゃってるので今すぐ先生についてきてください」
異変はもう一つ起きていた。部活の朝練で早めに登校していた馬詰が交通事故で病院に運ばれたらしい。ただの交通事故ならまだしも異様な点があり、透がその交通事故の容疑者として疑われていた。
鞄をマルコに託して透は応接室に任意同行もとい連行された。
教室の椅子とは比べ物にならない、比べてはならないほど、ふかふかの高級ソファに座る。目の前にプロレスラーのような体格をした警察官が二人座っている。透の隣には気を利かせたつもりか担任の物部万理が同席していた。普段は面倒事を押し付けられて迷惑しているがこの時ばかりは頼もしく思えた。
取り調べが始まる。
「馬詰さんが『里見透に殺されかけた』と叫び続けていますが、これに心当たりはありますか?」
「全くありません」
「なるほど。彼女が『念動力で殺されかけた』とも仰っていますが関係ないんですね」
「全くありません」
「なるほど。なるほど。まあそうでしょうね。あなたの超能力は透視能力ですもんね。そう、登録されていますからね。殺傷能力が全くありませんからねぇ、んふふ」
透が透視能力だという事情を知らない第三者である物部万理がいるのに個人情報保護法を無視で取り調べは進められていた。家族構成や中学校にいた頃の過去、経歴がどんどん漏れていく。調査に来ている警察官は超能力者の人権を軽視している。それにぬめぬめとしたナメクジのような笑みを浮かべていて見ているだけで不快になる。なるべく視界に入れないようにし、下着の透視などする気も起きない。
意味があるかもわからない取り調べが続き、透は嫌な気分になる。自分が日々どれだけ能力を隠すのに努力しているのか、それを知らずにこの目の前の人間は全てを台無しにする。沸々と込み上がる怒りを理性で冷ましていく。隣りにいたのがある程度の信頼を置ける物部万里で良かったと自分に言い聞かせる。
「彼女があなたの能力を念動力と勘違いされているようですけども本当の本当に違うんですね?」
「だから何度も言いますけど私は現場にいなかったし、全く関係ないんです。どうしてあいつが念動力と勘違いしてるかも知ったことじゃないんです」
「でも否定されなかったんですよね? 正直に話していれば事件に巻き込まれなかったかもしれないのに……」
またも事情も知らないで好き放題に言う。
「もしかして透視能力以外に能力があったりとかしませんか。いやはやそんなわけないですよね、あっはっは」
気に障る笑い方だった。一刻も早く、解放されたかった。
「それじゃあ……透視能力を実証すればいいんですね」
「そうしていただけると時間が短縮できて助かります。何分忙しいのでね。この場でやっていただくと手間が省けて助かるのですが」
「……この場でですか」
隣に物部万理がいる。とうとう嘘も誤魔化しも効かなくなる。軽率な発言をしてしまったと後悔する。もしかしたら今までの質疑応答は自発的にこの一言を言わせるための布石だったのかもしれない。もし本当にそうなら性格の悪いやり手だ。
「はい、できるならそのようにお願いします。何か不都合があれば場所を変えますけども。警察署でも良いですよ」
このおっさんと何時間も一緒にいたくないし、警察署に同行すれば噂が噂を呼び、収集がつかなくなる気がした。
「透さん、それは先生からもお願いするわ」
物部も便乗し、催促してきた。
「ごめんなさい、教師なら生徒の言うことを信じてあげたいけど、でもやっぱり自信がなくてね。透さんが透視能力だとわかったら全力でサポートするから」
物部万里は真摯な目で訴えかけてくる。嘘か本当か見抜こうと思い、多少の罪悪感を感じながらも彼女に対して思考の透視を行うも彼女の思考がうまく伝わってこなかった。ケイトの時と同じようにここぞという場面で使えない能力だ。
「どうしたの? 具合悪くなった?」
「いえ……そんなことはありません」
「そう? でも具合悪いようだったら早退してもいいのよ? 無理しないでね?」
嘘をついてる目には見えなかった。本当に気遣っているように見えた。そんな目を見てしまい、透はため息を零す。
「……先生、誰にも言わない約束ですよ」
若干やけになり、この場での透視を決めた。今の発言のどこが面白いのか、警察官がさらにニタニタ笑う。
「……おじさん、財布の中に子供の写真入れてるでしょ。それも四枚。四枚とも違う子供が写っている。子沢山なんですね」
何らダメージもないだろうが、せめてものお返しにニタニタ笑う警察官の家族構成を漏らしてやった。
「なるほど。なるほど。なるほど。事実確認は取れました。ご協力ありがとうございます」
驚いた表情もせずに警察官が淡々とした態度でお辞儀をし、立ち上がる。それが取り調べの終わりの合図だった。
「これで無罪放免なんですね」
「はい、一応はそうですね」
透が安堵のため息をつくも束の間、
「まあ捜査の結果で裁判所に来てもらうことになるかもしれません。被告席に立つなんてこともなきにしもあらずですよ」
笑えないジョークを飛ばす上、嫌な笑顔を浮かべる。
「それと財布の中の写真は甥と姪の写真です。私はまだ未婚なんですよ、あっはっはっはっ」
つくづく不愉快な男だった。
先週の校門前での奇行と今朝の呼び出し騒動に加え、ついに透はマルコを超えた時の人になってしまった。もはや校内で彼女の名前を知らない者はいない。
しかしそこには問題が存在した。有名人は有名人でも悪い有名人になってしまっていた。廊下を歩いていると生徒も教師も揃って壁際に寄って道を譲る。手を触れずに物を動かす念動力者になった気分になるが愉快ではなかった。自伝に載ってなかったが強力な念動力者のカレン・リードもこんな体験があったのだろうか、とふと思う。
交通事故に見せかけた殺人容疑者という噂が学校中に広まり、透に近づく者も話しかける者もいなくなった。透にとって究極までに孤立したこの状況は何より理想だったはずなのにどこか釈然としなかった。今は幸福の絶頂であるはずなのにどこか身体が重かった。
顔色が悪いのを察し、マルコが話しかける。
「透さん、大丈夫ですか。具合悪いようですよ」
取り調べから戻ると教室の前でマルコが出迎えてくれた。
「あぁごめん、大丈夫」
「顔色悪いですよ、今日も早退したほうがいいと思います」
「いいや、そんな訳にはいかない。マルコとの約束がある。今日こそ捜索しなくちゃ」
「まだ時間はありますから大丈夫です」
「日曜に飛行機で帰るんだから後もう五日間しかないんだよ」
「まだ五日間もあります。問題ありません」
本当は時間がないのに、焦っているのに、それを隠してマルコは笑う。その健気な笑顔に負けてしまう。騙されてるとわかってても男に騙されるのは女の性なのか。
「ごめん……本当にごめん……明日は絶対に、手伝うから」
鞄を持つと瀕死のゾンビのような足付きで透は下駄箱へ向かった。
二時間目の始まりを知らせるチャイムが鳴る。二日連続早退することに罪悪感を覚えながらも下駄箱へ辿り着いた。
「さてと……」
透はゾンビの真似を止めて背筋を伸ばす。顔色が悪いのは確かだが、首よりは下は元気なままだった。
鞄から今朝の下駄箱のラブレターを取り出す。封筒に糊付けはされていたが、量をケチったのか、すでに剥がれていたので破かずに手紙を読むことが出来た。
中の手紙にはこう書かれていた。
これ以上私を探すな。さもなくば馬詰の次はお前だ。カレン・リード
朝に透視した時と一つも変わりはなかった。生で見て改めて寒気がし、足が震える。しかしこれは恐怖ではなく武者震えかもしれない。
悪戯かも知れないが今や殺人犯と疑われる自分に対し、ここまで根性のある真似をする女子高生がいるとは思えない。もしかしてひょっとしてカレン御本人様からかもしれない。
最初に馬詰の事故の一報を聞いた時は何もないところで転んで事故を起こしてしまい、本当のことが言えずにまたなすりつけたとばかり考えていた。しかしこのタイミングで犯行声明が届いた。カレン・リードなら脅し目的で交通事故すれすれの未遂ぐらいやってのけそうな気がする。惜しくも自分は物体に残っている残留思念を読み取り手紙の送り主を特定する精神分析の能力を持っておらず、その知り合いもいない。相も変わらない己の無力さを嘆きながらも一歩前進したことを喜びながら調査を進めることにした。そのためにも情報収集をしなくては。
透は早退にも関わらず元気に下校していった。




