一小節に満たないセレナーデ
その日の夜、透は一言も話さなかった。帰っても暗い表情のまま、制服から部屋着に着替え、いつもは騒ぐ夕食ですら静かだった。
「それじゃあ透さん、おやすみなさい」
ケイトの指示通りにマルコはなるべく透をそっとしておいた。先日の約束通り、側を離れなかったが一切の会話はなかった。
傘状の蛍光灯から垂れるヒモを引っ張り、明かりを消した。透がケチって橙色に光る豆電球を交換していないため、部屋は真っ暗になった。今日は新月のため、部屋を照らすのは星明かりのみ。四方八方を闇に囲まれ、マルコは少し不安になった。
羊の数でも数えようかと思った矢先、何者かが布団に潜り込んでくる。迎撃しようと思ったが香りと温度で不審者の正体がわかった。
「えへへ、来ちゃった」
透だった。
「寝れないマルコのためにお姉さんが一肌脱いであげよう」
「いいですよ、一人で寝れますよ」
「つれないこと言うなよぉ」
透はマルコと体を密着させる。抱きついて身動きを取れなくした。
「ととっとっとと透さん! こういうのはあんまりよろしくないかと」
「静かに。ケイトさんに聞こえちゃうよ」
口を手で塞がれる。指の先からもしっとりとした良い香りがする。
「二人だけで内緒話したいんだけど、いいかな」
マルコは無言で頷いた。透は気休めのハンカチを腕時計に被せた。
「まず最初に謝らせて。今日は付き合ってあげられなくて本当にごめんね。ほんの少し昔を思い出しちゃってね」
そっとしておけ、とケイトに言われたが、マルコはそれに納得が出来なかった。
マルコは透に一歩歩み寄った。
「……僕が力になれることはありますか」
「うん、そうだね……それじゃあちょっと愚痴聞いてもらおうかな」
透は深呼吸を繰り返す。そして吐露する。
「超能力助成金って知ってるよね? 診断証明書を持っていけば未成年でも保護者なしで貰えるお金。中学の時に私はそのお金を目的にお母さんに相談なしで登録した。自分のお小遣いのためじゃない。お母さんのために登録したんだ。うちのお母さんは病弱なのに弱った体を騙し騙しで働いてくれて、ずっと私を一人で育ててくれたんだ。だからその負担減らそうと思ってちょっと早いけど自立しようと思ったの」
「立派ですね」
「……立派かな、自立なんて普通のことだからあんまり誇れるもんじゃないでしょ。まあそれはともかく、私はもうあなたの手助けは要りませんって言いたかったんだ。学校は授業料全額負担で寮があるところに住みます。自立します、さようならってね。お母さんの負担が減るんだからそうした。今の学校には推薦枠で入ったんだ。スポーツじゃなくて超能力者枠で」
所謂特待生だった。自治体によって超能力者の勧誘に意欲的な学校に補助金を支給し超能力者の育成を促進する制度がある。そのためイノベーションと決まり文句を豪語しては超能力者を確保するため躍起になり優遇制度を取る学校も存在する。
「そんでそのうち学校で定期テストが行われるけど私がいなくなるもんだからクラスメイトに登録したことがばれちゃったの。それが噂になって学校中に広まったの。その頃はまだ超能力が珍しかったんだ。そりゃあもうゴールデンタイムのドラマに主役として出演した子役みたいに持て囃されたよ、何の能力かも知らないでね。皆に教えて教えてって言われるけど言えなかった。ただの透視だったからさ、恥ずかしくて隠してたの。それなのに勝手に盛り上がるんだ、サイコキネシスだのテレパシーだのテレポーションだの。言い出すにも言い出せなくなった」
このような色眼鏡で見られる原因はカレン・リードにあった。彼女のイメージが強烈で誰もが超能力者は彼女のような熟練した実力者だと勘違いするようになっていた。こればかりはファンである透も逆恨みをした。
「ごめんなさい。僕も初日に同じことを言いました」
「それはいいの。問題はその先。超能力者だからといって何でもかんでも結びつける奴がいっぱい出てきた。十人分の荷物を代わりに持てだの、家に忘れ物をしたから取ってこいだの、テストに出る問題を教えてだの……。それだけじゃない、教室内で起きるトラブルを全部関係のない私のせいにするんだ。物が消えれば私のせい、物が壊れれば私のせい、給食がまずいのは私のせい、恋人にふられれば私のせい。勿論冗談なのはわかってて流していた。透視能力だと公言していればこんなことにはならなかった。そうなったのは私のせいなんだ」
マルコはケイトの言葉を思い出す。超能力を貧乏くじと考える人もいる。きっと……否、彼女こそがそうなのだろう。
「超能力で仕返ししてやろうと思ってもさ、何もできないんだよ。念動力とか瞬間移動ができれば喧嘩に有利だけど、何も出来なかった」
透視能力という立派な超能力だが、彼女にとって何の支えにもならなかった。貧乏くじの中のさらに貧乏くじというコンプレックスになり、さらに彼女を傷つけるだけだった。
「そういうことが何度も何度も卒業まで繰り返された。辛くてお母さんに相談したかったけど、勝手に登録をして以来ぎくしゃくしちゃって話しづらかった。心配かけたくなかったしね」
マルコを抱く力が強くなった。
「正直に言うね、私は私の超能力が大嫌いなの。消えてしまえって思ってる。なんの役にも立たない能力なんていらない。持ち主を不幸にしかしない貧乏神なんだよ」
「そんなことはありません。何かメリットがあるはずです。医療とかに役立つはずです」
「医師でもなけれな体の透視なんてできてもしょうがないよ。それに今の時代は上位互換のレントゲンがあって写真も撮れる」
「他にも考えればいろいろと……」
必死に頭を回転さえてもすぐには浮かんでこなかった。
「ありがとう。気持ちだけでも嬉しいよ」
透はぽんぽんとマルコの頭を撫でる。
「高校生になって、地元と離れて人間関係をリセットできた時は嬉しかった。超能力者だってことは中学同様テストの時に別教室に移されたからすぐにバレたけどね。春までは平穏だったけど、とある日とある人物に目をつけられちゃったんだよね……」
「……馬詰さんですか」
「ご明察。どうしてどこに行ってもああいう構ってちゃんならぬ構いたがりがいるんだろうね。ファーストコンタクトはあんまりはっきり覚えてないけど子分か下僕か奴隷になれって突然言われてね、まあ無視したよ。次の日には鞄から弁当がなくなってて代わりに呼び出しの手紙が入ってたの。手紙の通り校舎裏に行ってみれば、待ち受けていたのは馬詰とその友達のはぐれ柔道部その一とその二がいたのよ」
「大丈夫だったんですか」
「結果から言うと全然スマートじゃないけど何とか追い返せた。その時だったね、思考の透視を自覚したのは。柔道部が掴みかかろうとした時にどう動くか読めたから何とか躱して、落ちていた良い感じの木の棒で応戦。死に物狂いで抵抗した。最初に馬詰が逃げて、その一、その二が逃げていった。次の日にはなぜか超能力で追い払ったことになって噂が広まってた。たぶん丸腰一人に三人でかかったのに木の棒に負かされたとは言えなかったんだと思う。しばらくはおとなしくなった。そうそう、あとそれから、その一件から肩章をつけるようになったんだ。超能力で追い払った噂に便乗したの。学校の七不思議を知ったのはずっと後」
透は平穏を取り戻したが、新たな悩みを抱えるようになってしまった。
「物体の透視だけでも手一杯なのに思考の透視までできるようになって本当に参った。二つの超能力を持つようになったけど別段喜びはなかった。私にとって貧乏神が二人になっただけなんだ。今もね、いつか消えてくれると信じて思考の透視はなるべく使わないように封印してる」
他人と目を合わせようとしないのは思考の透視のオンとオフができないからだ。目を合わせれば透の意志とは無関係に思考の透視が始まってしまう。他にも原因は不明だが都会に出かけた時にマルコの考えが急に読めなくなったり、そもそも全く読めない人物もいる。気付いた頃には習得し慣れている物体の透視と違い、謎の要素が多すぎて多用する気にはなれなかった。
「これからも一生貧乏神たちと生きていくんだろうなとかそんなことを考えてるところにマルコが来てくれたんだよ。私の超能力を見抜いただけじゃなくその能力を気味悪がらずに買ってくれて頼ってくれた」
透にとってマルコは救世主と言っても過言ではなかった。自分の存在を肯定してくれる唯一の人物だ。
「僕は透さんを嫌ったりしません。透さんはその…………」
小声でさらに早口で呟かれ、透は聞き逃してしまう。
「その、何?」
透は聞き返す。マルコは勇を鼓して、次ははっきりと言い直す。
「……すごく、綺麗な人ですから」
予想だにしない答えに透は思わず照れ、思わず笑いをこぼす。
「マルコも綺麗だよ、瞳とか。すっごい綺麗」
「どっちの色がですか」
「どっちもだよ。どっちも綺麗。オッドアイは生まれつきなの?」
「片方は姉からの貰い物です」
深入りしてしまったと判断し、透は瞬時に謝る。
「あ、ごめん、言いたくないこと聞いちゃった?」
「いえ、そんなことありません。透さんになら問題はありません。信頼してます」
信頼。その言葉は遠く離れ縁のない言葉だと透は思っていた。物を透視し、思考をも透視する超能力者である自分にかけられる日が来ようとは思わなかった。
マルコを抱く力が少し強くなる。
「……マルコ、日本に来てくれて本当にありがとうね。すっごく助かってる。お返しに絶対にお姉ちゃんに会わせてあげるから」
「はい、頼りにしています」
「この生命に替えても」
「そこまでの覚悟!?」
「あはは、冗談冗談。……だいぶ遅くなったね。それじゃ、明日のために寝ようか、おやすみ」
そのまま眠りに入る透。一秒で眠った。
「はい、おやすみなさい。透さん……あ、あの、その前に離してくれませんか」
静かに寝息を立てている。自分の寝床に戻らないまま、そのまま本当に眠ってしまった。
「あ、あの……透さん……」
初日で透のベッドに横になった時の落ち着くようでそわそわする香り。それに加え、彼女の体の温度と感触が加わり、眠気が飛んでしまった。女性と寝床を一緒にすることは初めてではない。姉と眠った時は落ち着くのにどうして透ではこうも落ち着かないのか。
振り払おうにも彼女の気持ちよさそうな寝顔を壊したくなかった。
「そうだ、こういう時は羊を数えよう。それなら必ず眠れる」
そしてマルコは羊の数を数え始めた。彼の羊数えは次の日の朝、透が目覚めるまで続いた。




