不穏な空気
月曜になり、透とマルコはいつも通りに登校する。いつも通りに靴を履き替え、教室に向かい、席に座る。そしていつも通りに透は二度寝の体勢に入ろうとしたが、一時中断。今日は何かがおかしい。いつもより教室が静かで、眠るにうってつけだったが違和感を感じた。背中に視線を感じ、振り返ってみると幾人かが顔を背けた。
「……ねぇ、マルコ。私の背中に貼り紙とかある?」
「いえ、ありませんけど」
「そうか、それならいいんだが」
独自に視線の理由を考えていると元凶の方から歩いてやって来た。
「やぁ、里見透。おはようさん」
燻製にされたはずの馬詰が上機嫌にいつもはしない朝の挨拶をしてきた。勘で、こいつが違和感の原因だとわかる。
朝っぱらからとんかつ定食を食べたような胸焼けを感じながら透は対応する。
「これはこれは馬詰さん。ご機嫌麗しゅう……今日は随分とご機嫌なようで。何か良いことがありまして」
「いやー、ずっと喉の奥にひっかかってた魚の骨が取れてさ」
「……へぇ、この私に具体的に教えていただけませんこと」
「クラスメイトの超能力が何なのか暴いてやったのさ」
心臓が飛び跳ねた。まさか昨日の一件で透視能力者だということを見抜いたのか。それともマルコが念動力だということだろうか。やはり昨日の行為は軽率すぎたか。
クラスメイトたちの視線が馬詰に集まる。マルコも横目で事態を見守っている。
「この俺がいつまでも気付かないと思ったのか、甘いな!」
馬詰は透を指を指して大見得を切る。
「里見透! お前が念動力者だということはとっくに見抜いているんだよ!」
透はこの時思った。
……あぁ、馬鹿で良かった。
「紙袋を俺に当てたのお前だろ? そうだろ?」
馬鹿は放っておき、この視線の理由を今一度考えようとしたが馬鹿のほうから話してくれた。
「お前が念動力者だということは学校の裏サイトで広めてやったからな、どこにも逃げ場はないぞ」
自信満々で嘘の情報を流している。呆れるのを通り越して尊敬してしまう。否定しても良かったが、この嘘は力を暴走させてしまうことのある未熟な念動力者のマルコにとっては好都合かもしれない。クラスメイトの目を欺くにはうってつけだった。
「……あっそ」
肯定も否定もしなくても噂は勝手に広まり、そのうち消えていくだろう。
「とぼけても無駄だぞ、証拠はいくらでもあるんだ」
馬詰の狙いはとにかく透の不利益を及ぼすことだけだった。彼女が執着する理由に大義も遺恨もない、ただ純然たる悪意が彼女の心を蝕んでいた。
馬詰が立ち去ると土尾が教室の中に入ってくる。チャイム直前のたった今、登校したようだった。透と土尾ははっきりと目が合う。土尾のほうが先に目を逸らす。
(証拠はいくらでもある、か……)
馬詰の言葉が気になった。土尾が証言、あるいは助言したのだろうか、里見透は念動力者だろうと。
透は土尾と少なからず親交があり、そして好いてる部分もあった。それは個人的な事情で彼女には思考の透視が通用せず、気疲れなく接せられる数少ない隣人だった。だから決して盾となり守ろうとしたわけではないがナイフを躱そうとする行動が鈍ってしまった。別に借りを作ったつもりはないが、もし馬詰に助言、証言したのだとしたら、それはちょっとした裏切り行為なのではないかとほんの少し思った。
朝のホームルームのチャイムが鳴る。教室の空気と裏腹に間の抜けた音をしていた。




