姉の遺産・3
退院した後は真っ先に自宅に向かった。季節は冬で、街はクリスマスシーズンだった。朝早いというのに、いくつかの家族が家の前に豪華なイルミネーションを飾ろうと一丸となって協力している。マルコにはその光景が見える度に眩しくて目を背けた。
自宅に到着すると全ての部屋を見て回る。出発の時に心配していたが幸い家の中を荒らされた様子はなかった。姉が我が身を心配し、セキュリティに契約していた甲斐があった。
冷蔵庫を開けて中身を確認する。生物は腐っていたが缶詰はまだまだ大丈夫だった。生物を中から排除すると元々広かったのにさらに広くなった。この冷蔵庫も姉が大は小を兼ねると言って衝動的にファミリー向けを買ってきてしまった思い出がある。
次に掃除を始めた。掃除は家の留守を任されていた弟が自主的に始めた仕事だった。カレンはハウスクリーニングを雇おうとしたが、弟の大反対でそれはしなかった。家全体の掃除が終わった時にはすっかり遅くなっていた。昼食も取らずに掃除に夢中になってしまっていた。夕食は缶詰を調理せずにそのまま食べる。料理はできなくはないが疲れていたため、その気は沸かなかった。
シャワーをせずに寝ようと思ったが姉との約束を思い出し、シャワーを浴びて歯磨きをしてからベッドに倒れ込む。病院より気持ちが良く落ち着けた。落ち着いているはずなのに、疲れているはずなのに、なかなか眠ることができない。無意識に足が姉の部屋に向かう。今よりもっと幼い時はしょっちゅう姉のベッドに眠りに行った。姉の体温と香りを感じながら、彼女の歌う子守唄を聞きながら眠ることが大好きだった。しかし来ては見たものの、姉はいない。出発前にシーツ等は全部洗濯してしまった上、掃除する前まで埃を被っていた。
また涙が出てきていた。姉は断片を残していってくれてたが、肝心の姉自身がいない。
「カレン……カレン……」
持ち主が消えた、抜け毛一本落ちていない清潔なベッドに横たわる。そういえば日本の風習に見たいものの上で眠るとその夢が見られると聞いたことがある。それが本当ならこのまま姉の寝具で眠れば姉の夢を見ることができるのだろうか。姉の夢見たさに自然と眠りの世界に落ちることが出来た。見た夢は狙い通りに姉の出てくる夢になった。叶わなかった姉と二人で日本を楽しく回る夢だった。日本を周っているはずなのにちょくちょくゴールデンゲートブリッジや自由の女神が出てくる。夢の中の二人は出発前に約束したゲームもしていた。マルコがお姉ちゃんと呼ぶとカレンが振り返り、幸せそうに甘えていた。
次の日、マルコは起きると休む間もなく家中をクリスマス仕様に変える作業に入った。季節感を大事にする習慣は母から受け継いだ。屋根裏部屋から自分の身長と同じほどのクリスマスツリーを取り出す。力が付いたのか、去年より軽く感じられた。このクリスマスツリーはカレンが買った物でこれも机やベッド同様形見と変わらなかった。高価な壺を運ぶように注意しながら運び階段にたどり着くも段差に気を取られ、つい手を滑らせてしまった。危ない、と思ったその瞬間、クリスマスツリーは不時着ではなく、クレーンに吊られているようにふわふわとゆっくりと着地した。
直感でわかった、今の超常現象は姉がいつも見せていた念動力だった。
姉が生きていると思い歓喜した。季節の模様替えを一時中断し、家中を探しまわったが姉は見つからなかった。姉以外の女性も見つからなかった。いるのは自分だけだった。もしやと思い、食器棚だからスプーンを取り出しテーブルに置いて触らずに持ち上げるように念じた。自分の立てた仮説は十中八九はずれると思ったが、その仮説は自らの手で実証することになった。
スプーンを持ち上げるつもりがまたもクリスマスツリーを持ち上げてしまった。焦ってしまいコントロールを失いすぐ下ろすつもりが壁に激突してしまった。結果は悲惨だが自分にも姉と同様に超能力に目覚めていたことが証明された。しかしそんなことはありえない、超能力が発生するはずのない男なのだから。しかし現実に起きたことを否定はできない。
きっとこれも姉の形見の一つなのだろう、と無理やりな理論だが、無茶苦茶な姉を結びつかせるとどんな超常現象でも納得できてしまう悪癖が彼にはあった。
模様替えを済ませた後、念動力でいろいろと試してみた。超能力が覚醒、自覚したばかりにしては割りとコントロールの効くほうだった。ネットで検索した情報によると同年代の女子の平均より幾分か優れているた。もしかしたら男性のほうが成長が早いのかもしれない。
弱点も判明した。持ちたいと思った物を確実に持てないところだった。しかし一度触り主導権を握ったままなら集中すればその後のコントロールは上出来でオンとオフの切り替えが容易にできた。今の自分と同い年の姉ならすでに二つの物体を同時に完全にコントロールができていた。姉にはやはり感服するし超能力を得て改めて越えられない壁を感じた。
再び夜になった。明日はクリスマスだ。サンタに手紙を書こうとカレンの机の上にレターセットを広げてペンを握った。手紙を今頃送ったところで遅いだろうし不法侵入を本職としている空き巣すら破れなかったセキュリティを年に一度だけ働くサンタが破れるとは思えなかったが、欲しい物を手に入れるには夢の住人の彼らを頼るしかなかった。サンタに乞うプレゼントは姉だった。死者の世界と繋がりがあるかはわからないが試せるだけのことはしたかった。しかし手紙を書ききる前に睡魔が襲いかかる。負けじと抗うもあっさりと負ける。その夜は机が枕代わりになった。
そして、クリスマスになった。
クリスマスに奇跡は付き物だ。
目が覚めると片付けなかったレターセットが一通の手紙に変わっていた。宛先はマルコ、送り主は書いてなかったが手紙の文字は間違いなく、姉の筆跡だった。見間違えなどありえない。いつどこから出てきたのか訳もわからないまま、糊付けされてない封筒を開き、中の手紙を取り出して読む。その手紙の内容は後見人の存在とその交信手段が書かれているだけで姉のことは一切書かれていなかった。手紙の最後に謎の数字が書かれていた。姉との最後の会話を思い出し金庫の番号だとすぐにわかった。すぐさまクローゼットを開き、コートとスーツをかき分けた先に金庫があった。急ぎながら、それでいて間違えないよう番号を合わせて行く。手紙の番号は正しく鍵が開いた。手紙の主はやはり姉に間違いない。
金庫の中から成人男性向けの腕時計が出てきた。手に取った瞬間、腕時計が喋り出す。今朝は驚きの連続だった。
『初めまして、カレン・リードの弟さん。私の名前はケイト。これからよろしく』
クリスマスプレゼントは手紙と腕時計。そして家族代わりのケイトという謎の女性だった。




