姉の遺産・2
マルコが目を覚ますと個室のベッドに運ばれていた。個室には側にいたはずの姉の姿はない。身体のあちこちに包帯が巻かれていた。自身が爆発に巻き込まれたこともわからず気を失ったため、状況がすぐには飲み込めなかった。
担当医が車の爆発に巻き込まれたと説明した。退院には時間がかかるとも説明した。マルコはそんなことよりも自分の体のことよりも姉のことを教えて欲しかった。なぜ自分の側に姉がいないのか、その説明は結局その日のうちにされなかった。子供ながら嫌な予感がした。大外れして欲しい予感がした。爆発に巻き込まれたものの何とか無傷だった姉は急な用事で研究所に戻ってしまったのだろうか、だから自分の側にいないのか。死にかけの弟を放っておく冷血女だがむしろそのほうが良い。自分の予想よりよっぽどそちらのほうが良い。
何日か経って、ついに担当医から姉の名前が出てきた。片耳が潰れても聞き間違えなどない、間違えようがない、唇も確かにカレン・リードと動いた。片目が包帯で巻かれていたが自分にはわかる。担当医の発言も鮮烈に聞こえる。
「カレン・リード様はお亡くなりになりました」
当ててはいけない予感が当たった。自分が目を覚ました頃にはすでに埋葬も終わっていたようだった。マルコはあまりのショックに気を失ってしまった。
その後も生きる気が失せたのに甲斐甲斐しく看病は続く。食事が喉が通らなければ点滴を刺され、窓から飛び降りようにもベッドに押さえつけられる。生きていてもしょうがないのに生かされ続ける。姉はどうであったが今ではわからないが、少なくとも自分の人生は姉あっての人生だった。
死ぬことを諦めて何年もしくは何ヶ月、もしくは何週間が経った。病院生活は時間が経ってるのか経っていないのかわからなくなっていた。数えようにも昨日と今日で違いがまるでない。外の風景を眺めようにも窓がない部屋に移されてしまい、一年経ってるかも分からない。延々と病室の夢を見ているのかもしれないと感じた。夢と現実も曖昧になっている。徐々に解かれていく包帯のみが時の経過を証明してくれる唯一の存在だった。
最後に包帯を解かれたのは片目だった。担当医の目の説明だけやたら長かった。マルコの意識は朦朧としており、もうほとんどまともに聞いていなかった。
包帯を解かれた後に理由もわからず鏡を見せられる。あまり食事を取らないから顎がシャープ化している。永久歯に生え変わっていた犬歯が抜けている。髭は生えてない。鼻は特に変わりない。全体的に特に変化はないと思っていた。そして最後に自分と目が合った。ここだけは自分の顔ではない違和感に気付いた。
鏡の自分は左目が翠、もう片方の右目が茶色だった。その茶色の瞳には兄弟同士で使う言葉ではないが面影があった。この茶色の瞳は間違いなく、姉のものだった。
再び担当医の話を聞くことになった。今度はひとつも聞きこぼしてはいけない。姉の最期を聞かなくてはいけない。今度は姉の話が真っ先に回ってきた。病院に運ばれた時点でどちらも重体だった。カレンは意識がかろうじて回復したが、助かる見込みはなく、一方のマルコは意識がなかったが助かる見込みがあった。それを聞いたカレンは自分の意志で弟の手術に足りない臓器があれば真っ先に自分の体から使うようにと指示したとのことだった。移植器官は虹彩と蝸牛と鼓膜、内蔵諸々を授かった。僅かであるが彼女の一部が今も生きている。自分の一部となり生き続けている。きっと姉は見越していたのかもしれない。自分が少しでも生きてて側にいてあげたら弟は死を選ぶようなことはしないと。自殺はつまり姉を殺す行為に等しい。姉は生きろと言っている。生きる理由をなくしても生きろと言っている。
雨のように降り注ぐ姉の愛情と非情さに残された弟はただ涙した。




