忌避
瞬間的に元気を取り戻した瞬だったが振り出しに戻り意気消沈していた。
最も怪しい黒い人物がタイミングを見計らったかのようにちょうど良く現れたが、危害を加える様子はなかったので解放した。解放はしたが疑念は未だに晴れていない。協力を申し出てくれたが万が一にも一緒に行動し後ろから刺されかねないので拒否をした。念押しに拒絶した。過剰な予防線かもしれないが不器用な瞬にとってそれが考えられる限りの得策だった。信用しように信用できるはずがない。疑惑の目で凝視されているのにお節介を焼こうとする人間がどこにいる。それなのに、それが普通なのに、あいつは怨みもせず敵意も見せずにアドバイスを送ってきた。嬉しくもあるがやはりかなり怪しい。距離をとったことは正解だったと思える。
呼吸困難気味なのに頭に負荷を与えすぎて目眩がしてくる。一刻も争う事態だが、水分補給に入る。自動販売機でミネラルウォーターを購入し一口飲んだ。乾いた舌、喉、体中に染みる。この世とは思えないほど美味で罪深い。幸は飲まず食わずでいるかもしれないのに、と罪悪感を覚えて一口だけ飲んで終わりにした。残りは彼女が見つかった時に渡そうと決めた。
アドバイス通りに実行したつもりはなかったが少しだけ落ち着き思考が正常に戻ってきた。しかし今まで力みっぱなしだったのか、肩の凝りは抜けなかった。動かしづらいが走りに問題はない。
冷静になってもう一度考えなおす。幸はどこにいるか、それだけを考えることにした。誰が何のために、かは今はひとまず省く。まずは最優先事項を決め、その達成に専念する。
櫻濱は広い。そして深い。高層ビルが密集し様々な人種が行き交い住み着いている。元は港町であり開国後は貿易の玄関口となった土地なだけに首都とはまた違うエキゾチックさがあり、邦人だけでなく外国人も多く住んでいる街だ。住民だけでなく観光客も多く訪れている。その土地のおかげで幸という生涯大切にしたい人とも出会えた。それよりも昔には忘れられない別れもあった。
「いけないいけない!」
またも重く締めた蓋から吹きこぼれるイメージを取り除こうとペットボトルで頭を叩く。
その衝撃のおかげか、まだ足を運んでいない場所を思い出し、自然と言葉に紡いでしまう。
「櫻濱オーシャンタワー……」
櫻濱オーシャンタワーとは灯台の役割も併せ持つ展望台だ。外面は灰色一色のタワーだが夜になるとライトアップされカラフルになるも物寂しさや古臭さが抜けずに時代に置いてかれ寂れ始めたシンボルでもあった。
そこは幸との約束の場所だった。いつか行こうと約束していたはずだったのにすっかり失念していた。いや実際には真っ先に思い浮かんでいたが無意識に遠ざけていたのかもしれない。今日もここに行く予定はなかった。あえて入れていなかった。そこは幸以外の女性とも約束の場所でもあったからだ。
忌避し続けた場所に足を運ぶのは正直しのばれない。そこにいるかすらもわからないが他に思い当たる場所がないのだから行くしかない。これでもダメなら、警察へ通報しよう。
現在地から櫻濱オーシャンタワーは徒歩で行けるほど近い。僅かに休憩し元気を取り戻したが足取りは重かった。




