おせっかい焼きの魔女(仮)
曝け出した二の腕が赤らんだ海から運ばれる清涼な潮風に当たるもまるで気温差を感じない。
海辺の公園ではランニングに興じる住民をいればペースを考えずに走り喘息特有の隙間風のような呼吸音を鳴らせている麗しい髪を持つ女性がいた。
永谷瞬だった。あれから彼女は櫻濱スタジアム駅の周辺を延々と走り続けていた。
走り続けていたとしてもそれは回し車の上だ。奔走とはまるで違う。手がかりがないために高速で観光めぐりしたに過ぎない。
写真には幸と少しばかりの背景がある。新たな連絡もあれからだいぶ時間が経つというのに一通も来やしない。こちらから何度送っても返事は来なかった。
要求がないとなるとますます誘拐犯の狙いがわからず不気味で不自然で不可解だ。
要求がないならないで愉快犯の可能性が浮上してくる。私怨を抱かれている自覚がある。しかしそれすらもねじ伏せてきた。ねじ伏せてこれた。
だからか本人に真正面から立ち向かっても勝てないからとこのように卑劣な真似に出たのかもしれない。この前の倉庫での襲撃が記憶に新しい。
もしそうであるなら今もどこかで監視し体力を消耗させ衰弱した瞬間を見計らって襲いかかってくるかもしれない。
そんな考えが頭に過ぎった時に偶然にも顔見知りが声をかけてきた。
「おぉい、瞬ー! 探したよー!」
ウィッチヘアーとは程遠いが天パ気味の髪をした少女が手を振って親しげに近づいてくる。しかし瞬は愛想笑いすら浮かべず、むしろ軽蔑の目で出迎える。
そんな態度を露わにするのは当然だ、何しろ最も怪しく疑わしい人物が何食わぬ顔で自分から現れてきたのだから。飛んで火に入る夏の虫、むしろ好都合だ。
事情を知らない里見透はのほほんと、
「話したいことがあってさ、ずっと探してたんだよぉ」
「そうか。話ならあたしもたくさんしたいんだ」
のほほんとしているうちに腕を強く捕まれて路地裏へと連れ込まれた。
「こんな暗いところじゃなくて話はできるんじゃ……」
メガネを掛けたままの透はまだ知らない、瞬が想像以上に切羽詰っている状況を。
「いや、ここでいい。ここでなら力づくで話を聞ける」
突如に拳をストレートに突き出す。すぐそこに壁があるのに身を捨てるかのように全力で繰り出した。
突然の出来事に透は固まり、拳は彼女の耳元を掠めた。
「……幸をどこにやった?」
血がにじみ出た拳を引っ込め、ドスの利いた声を投げかける。
ようやく異変を感じ取った透は、
「……何があったの」
再び繰り出されたストレートに透は悲鳴を上げて固まる。
「とぼけるな! お前がやらなきゃ誰がやる!」
首を振って否定する。両手を上げて敵意がないと示す。
「後ろを向け! 壁に両手をつけろ! どうせまた発煙筒を隠し持ってるんだろう!」
ズボンのポケットの中を調べるために尻と太股を撫でる。中から財布と携帯電話が出てきた。
「発煙筒はないのか……意外だな」
「商談するサラリーマンが拳銃なんて持ってくるかってちょっと! どこ触ってんの!」
胸も揉む。そこにも暗器は隠されていない。ブラジャーと日本人にしてはやや恵まれている脂肪があるだけだった。
疑いが晴れたのならもう用事は済んだ。
「さっさと消えろ。あたしは忙しいんだ」
「ちょっと待って、何があったの」
眼鏡を外した透が目を見て訊ねる。
「別に。お前には関係ない」
幸がさらわれたなんて言えるはずもない。ましてや助けを求める真似は絶対にできない。
「何かあったなら警察に相談したほうがいいんじゃないの」
透はお節介にも提案する。
「お前には関係ない。余計なお世話だ」
なおも彼女は提案する。
「何かあったなら私も超能力者だし力になるよ」
例えばの話だが、ここで透を仲間にし情報を提供すれば幸はすぐに見つけられるだろう。彼女は透視能力者で建物の中を屋外からでも隅々まで覗き込める。また超能力以外の能力も優れており、特に観察眼は抜群で唯一の手がかりである写真に潜んでいるヒントも見逃さないだろう。こうして幸は見つかり、透と確かな友好関係を結び、万事解決となるがこれはあくまで例えばの話だ。
一度は仲間を襲撃し追走から逃げ切った狡猾な魔女を諸手を上げて歓迎するほど瞬はお人好しではなかった。
そして第一に瞬が透と協力しない理由があった。
「……お前は何様なんだ」
「え?」
「一度は人を裏切っておいて何友達ヅラであたしの前に立っている」
何より彼女は裏切りが嫌いだった。
「あたしはお前を信用出来ない。消えろ。次に会ったら今度こそ当てる」
警告を残し路地裏を立ち去る瞬。
それでも透は、
「拳、止血しろよ! あと、もうちょっと頭冷やしたらどうだ!」
お節介を焼いた。




