待ち人来ず音信あり
待ち人の、更にその待ち人である瞬もまた待ち人だった。屋台が香る櫻濱スタジアム駅の南口に彼女はいた。地元球団のデーゲームが開催されると駅前には縁日のように屋台が立ち並ぶ。
嗅覚と記憶は深い結び付きがある。シュウマイの香りを嗅ぐと昔の思い出が蘇ってくる。この場所は初めてではない。むしろ思い出の深い特別な場所だった。野球に興味はなかったがこうやって立ち並ぶ屋台は好きでよく連れて来てもらっていた。その時はぐれないように手を引いてくれた人がいた。母親でも父親でも親戚でもなかった。赤の他人とも違う。その逆で母親や父親よりも自分の人生に多大な影響を与えてくれた人だった。でも今はもう、赤の他人だった。何年と出会えていない。無常だが顔を思い出そうにもあやふやだ。いろんな約束をした記憶があるがどんな内容だったかも覚えていない。明確に覚えてるとしたら、長くて綺麗な真っ黒な後ろ髪をしていたことぐらいだった。
記憶の深みに嵌ってく前に自分の頬を叩いて現実に引き戻す。これから女性と会うのに別の女性を思い浮かべるのは不敬だと自ら律する。
ただし待たせている相手はどうも規律正しくないようだった。
瞬が駅に到着してから一時間が過ぎようとしているが幸はまだ顔を出さない。連絡にすぐに気づけるようにスマートフォンの画面の明暗を繰り返してるだけでバッテリーを10%も消費した。
電話をしてもなかなか出てくれない。何かあったのではないかと心配になるのが普通だが、これくらいは日常茶飯事だった。むしろ瞬は自分の落ち度を反省した。
「……櫻濱駅で待ち合わせにするべきだったな」
櫻濱スタジアム駅ぐらい一人でも行けるもん、と自信満々に言い放った方向音痴気味な幸を説得できなかった自分の落ち度をほんの少しだけ感じる。ぷくりとフグみたいに頬を膨らませる彼女にちょっと萌えた。
瞬のスマートフォンが鳴る。ようやく幸から連絡が届いた。
これで安心かと思い内容を確認すると、風通しの良い日陰なのに汗がどっと吹き出てくる。
高画質の画面いっぱいに映るは、目隠しに手足を拘束されて横たわっている幸の姿だった。
どこにいるか、いつ撮った写真なのか、他の情報は一切手に入らない。幸が攫われた以外の情報はといえば簡素なメッセージが添えられていた。
警察に通報したらすぐに殺す。
要求すら書かず、ただ殺意を示してきた。
心の安寧を求められず滴る汗も拭えず。
頭は混乱したままだった。だけど身体は動いていた。
探さなくてはいけない。
見つけなくてはいけない。
ようやく辿り着いた心の拠り所を失いたくなく彼女は走る。




