スリークォーター
「いってーな、何するんだ……ふふふ」
念願の口実を手に入れて胡桃は笑みをこぼしてしまう。
瑠璃はあっという間に犬見、猿若に囲まれる。小見山の側には雉沢が付いている。
「やっぱりお前は裏切り者のようだな……ボスは優しすぎるんだ、最初からこうしておくべきだったんだよ」
この後は容易に想像できる。来る恐怖に震えながらも瑠璃は抗う。
「殴りたいだけ殴るといいっす……だけど誰か1人は絶対に大怪我させてやるっす! 道連れっすよ!」
「そんな怯えなくて良いんだぜ、瑠璃。ちょっと痛い目を合うだけだ……」
腕を組んで見物を決め込む胡桃は最後に冷たく言い放つ。
「やれ」
犬見が掴みにかかる。身長差でわかる、組み合っても勝負にはならない。
「う、うおおおおおおおお!! っす!」
とにかく大声で立ち向かう。
すると突如巨体は顔面から受け身を取らずに倒れこんだ。
「……うお、なんだっす!?」
よく見れば犬見の両足首を輪になった麻のロープが拘束していた。それだけでも奇妙な光景なのにロープは意志があるかのようにさらに結び目を固くなるように蠢いている。
勿論ロープが自意識を持つはずもなく、これは超能力による超常現象だ。さらに遠距離から結び目を固くするほど細かいコントールを行う芸当は容易には出来ない。可能とするなら才能と努力を持ち合わせた刻苦勉励な念動力者でなければならない。
その正体にいち早く気付いたのは傍観していた胡桃だった。腕を組みながら、またも笑みをこぼしてしまう。
「なるほど……師範代、お前が念動力者だったか……」
比較的手が空いている雉沢はマルコのズボンのポケットを透視した。すると犬見の足首を拘束しているロープと同じ物があと四本入っている。
「武器になるものを忍び込ませてたかゾ。あいつも話し合いで解決するつもりなんてなかったゾ」
最悪の事態は避けたかったが陥った場合の備えをしないほど平和ボケもしていない。プランAもプランBもダメならプランCも考えてある。
マルコは隠していた切り札のロープをポケットから手のひらに移動させて臨戦態勢に入る。
ますます口実を与え、もはや戦う道しか残されていない。
「なんでっすか、マルコちゃん! 手を出さなければそっちまで巻き込まれなかったのに!」
助けてもらった身、さらには発端を作ってしまった身だったが瑠璃は正論を投げかけずにはいられない。
そんな彼女をマルコは責めたりなどはしない、むしろその逆だった。
「僕にもその正義、担がせてください!」
次に攻撃を仕掛けたのは猿若だった。懐から硬球を取り出した。身体能力の筋力、走力共は彼女が上だ。弁慶の泣き所の痛みはとっくに消えているため直接掴みかかりに行くことも出来たが下手に動けば足元を取られかねない。遠距離攻撃での競り合いになる、そう彼女は睨んでいたが、ここでも裏をかかれる。
マルコはまっすぐと猿若の元に走り出していた。それでも距離があったのですぐには詰め寄られない。
猿若は冷静にクイックモーションで動く目標に目掛けて投げる。球速球威コントロールの三拍子が揃った手加減無しの送球だった。肉の薄い部位に当たれば成人男性であろうと動きが止まる、子供であればさらにダメージは大きい。
しかし目標は投げた途端にジグザグに走り始めた。この間の路地とは違い、回避側も横の動きに自由がある。
それでも子供の足では横飛にも限界がある。ここでも落ち着いてコントロールに集中し、避けようとする瞬間を狙っていた。どんな相手であろうと接近してくる飛来物に対し回避の瞬間は足が止まる。右か左か悩んでいる隙に加速すればほぼ確実に的中する。これは机上の空論ではなく実証に基づいた戦法だった。胡桃主催の組手で何度も成功している。犬見も雉沢もこの技の前には手も足も出ない。通用しない相手といえば瞬間移動力者ぐらいだ。
だから目の前にいる念動力者には先輩の念動力者の意地にも賭けてねじ伏せる気合があった。
硬球はマルコの十歩手前まで到達すると狙い通りに彼の足は止まった。その瞬間を見逃さずに加速させた。勝利を確信したが、ここでも裏をかかれる。
彼は猫のように俊敏に下に屈んで逃げた。何回も行ってきた組手では一度も見ない動きだった。それも仕方がない、雉沢は背丈が似ているも彼のような俊敏さを持ち合わせていなかったからだ。
(あの和製ハンプティーダンプティーめ……!)
恨み節を抱きながらも意識を再び妙に小賢しいチワワに戻した。脅威が消えたと悟ったのか再びまっすぐに走っている。
それならば、と全神経を集中し離れていくボールをUターンさせる。路地では出来なかったが今度はUターンの最中にも球威を乗せる助走の余裕があるために死角の背中に強襲できる。
ボールは加速して後を追う。次第に球速が足の速さを超えると距離が縮まり背中へと襲いかかる。
しかし三度、裏をかかれる。
「僕の計算だと……ここ!」
マルコは見計らってバック走を始めた。ボールは避けようにも間に合わず彼の両手に吸い込まれた。この奇跡的とも言えるタイミングでの振り返りキャッチは全て計算づくで成功した。
擦れて痛む両手で今度は彼が投球する番だ。野球に精通している彼は美しく投げる。左足を腰の下辺りまで上げると軸足からスムーズに重心移動。投球フォームはスリークォーターで遠心力を活かしつつ肩や肘、腰に負荷を与えずに軸足に体重が乗ってからリリースする。さらに念動力を加えているためにその球威は計り知れない。
伸びのあるストレートは本塁のような色と形をしている顔に迫りつつある。何度も裏をかかれた上に甘美なベイビーフェイスからの狂暴な危険球を前にした猿若は如何にして回避するかで悩み、僅かに判断が鈍る。相手は念動力者であるためにプロが投げる変化球よりも曲がったり落ちたりする魔球の可能性が存分にある。
答えが出ないうちに直感で身体が動いてしまう。足を動かす間も惜しく、彼女は背中を大きく反らして地面に手を着いた。言わばブリッジの体勢に。
同時に胸の前を豪速球の感触が通り過ぎていく。目だけで追いかけるとコントロールされている様子はなく、壁にぶつかると地面に転がった。
念動力中は物体の速度にも気を配らなくてはいけない。下り坂を全力疾走で下っていくように自分の能力以上に力が働けばブレーキが効かずに暴走する。この点でも猿若はしっかりと自分の限界を試して見極めている。ボールが飛んでいったまま帰ってこないなんてヘマはしない。
懐にもう一球隠しているために硬球は取りに行かない。今度はキャッチされるようなヘマはしない。
さあ、ここからが反撃だ。腹筋だけの力で上半身を起こそうとするも途端に足を引っ張られ、後頭部を地面に強打する。
「ぴぎゃあっ」
よく見ると両足に麻のロープが縛られていた。
豪速球はフェイクだ。マルコは投球には念動力を一切使わなかった。代わりに投球に遅れて隠れてロープを飛ばし、隙を見計らって忍ばせていた。好都合にも足元が丸々死角になる
彼だって能力を限界を見極めている。その上での勝利への研鑽を怠ったことはない。
「ふふふ、本気を出す時が来たようだゾ。胡桃、お前の出る幕はないゾ」
雉沢は拳を鳴らしながら歩み寄る。胡桃は聞いてる様子がなく、腕に止まった蚊を叩いて潰している。
「スマートフォンの怨みは重いゾ……」
誰よりも今の彼女は殺気立っていたが、
「えい!」
後ろの小見山から腰をロックされてあっさりと転ばされる。
一通りジタバタしてみるもロックは外れない。
「ぐぐぐ……胡桃、後は頼むゾ!」
早々にバトンを大将に受け渡した。
受け取った胡桃は腕組を止めて、拍手を送る。
「すげーぜ、師範代。あっという間に一人だけになっちまったよ」
「残るはあなた一人です。降参する気はありませんか?」
「はっ! 優しいこったな。本当に降参させる気あるのか? そんな殺気立った顔をして」
その指摘にマルコは自分の眉間が攣りそうなまでに力んでいたことに気付いた。慌てて深呼吸をし全身の筋肉を緩めた。
どうしても目の前の女に彼の正義感が逆なでされてしまう。周りの仲間が次々にやられていくというのにボスである彼女は傍観、あまつさえ諦観に浸っている。大将として力量を図るために見殺しをしているつもりだろう。作戦として意味はあるが、それでは彼女のために尖兵となった者たちが浮かばれないではないか。
再び睨みつけられるも胡桃は大して気にせずに足首の大きく腫れた虫刺されを踵で掻く。
「こう見えて、お前のこと気に入ってるんだぜ? 倒れても倒れても起きてくる根性のある奴は大好きだ。だから敬意を表して師範代と呼ばせてもらってるんだ」
「弟子は取らない主義です」
「破門ですらないか、はっはっは!」
踵では上手に気持よく掻けないので爪先に変更する。
「その気概は気に入ってはいるんだ……でもよぉ、弱っちいくせによぉ、粋がる奴はどうしても好きになれねぇ……口だけ達者なガキは特になぁ……!」
力加減を間違えて足首から血が流れる。微小に粘度のある血液が切り口で球を作る。
「弱者は虐げられる、その示しをつけなくちゃいけないんだよぉ……ここにいる奴ら全員の前で……ボスから全ての責任を任された、このあたしがなぁ!」
「ボスの権限で好き勝手してるだけの奴が偉そうに言うなっす!」
瑠璃が大声で二人の間に割って入る。マルコと高さがまるで違う肩を並べて彼女は立っていた。今まで目立たなかった彼女だったがボスの名前が出た途端に熱くなる。
「あぁ、そういやぁ、ガキよりもうぜぇのがいたなぁ……」
舌打ちが連続で出てくる。それほど目障りのようだ。
「お前なんかがボスの名前を軽々しく使うなっす!」
「うっせなー! てめぇこそボスの名前を軽々しく呼んでんじゃねぇ! 本当にボスの下で好き勝手してたのはおめぇのほうだろうが!」
「確かにボスの下で好き勝手してたかもしれないっすけど、少なくとも! ここにいる皆のために働いてたはずっす!」
「さっきまでガキの後ろでこそこそ隠れてた奴が偉そうに言うんじゃねぇよ!」
「話をすり替えるなっす!」
マルコと相対とした時は別人のような感情を昂ぶりを見せる胡桃。足首からの流血は止まらない。
「てめぇと何話しても通じねぇ! 文句があるなら力でねじ伏せてみろ!」
「話を聞かないあんたが悪いっす!」
丸腰のままで瑠璃は胡桃の胸ぐらを掴みにかかった。しかしあっさりと飛ばされて地面に転がった。
「へっ……雑魚が……」
情けない転げっぷりを見て、少しだけ溜飲が下がる。
「やっぱりお前にボスの後釜はふさわしくないっす……同じ超能力でも、全然かっこよくないっす……!」
そう言われると歯が割れるかのような歯ぎしりを轟かせた。
「じゃあてめぇがなるのか、ボスの後継者に! 念写なんてしょっぺぇ能力のてめぇがか!」
起き上がろうとすると蹴りにかかるも足が思うように動かない。
「ちぃっ! あの糞ガキが!」
足に絡まったロープを瞬間移動で飛ばした。こんな小さな物でも瞬間移動すれば限界数にカウントされる。
飛びかかってくる瑠璃をまたもや飛ばす。今度は上下逆、180度回転させて飛ばすも身体を上手く転がして無傷で着地される。体操に心得のある動きだった。
「ウチも何もしてこなかった訳じゃないっすよ!」
体制を立て直し、殴りにかかる。
「一回上手く行っただけで調子に乗ってんじゃねぇ!」
撃退しようと両手を突き出すも、その手にも二本のロープが絡み始めて交差させられる。解けなくはないも、目の前の怨敵は急接近している。
「瑠璃さん! 一発お見舞いしてください!」
マルコは応援する。
「瑠璃ちゃん!」
小見山も声をかけた。
ただし、
「ダメ! 避けて!」
応援ではなく警告だった。
「え……?」
呆ける瑠璃の横顔に硬球が直撃した。投げたのは上半身だけが自由に動かせる猿若だ。
「ナイス、猿若」
褒め称えつつ拘束を解き、胡桃は走り出した。
止めようとマルコも走り出すも、
「おっと動くなだゾ。動いたらこの女に暴力を振るうゾ」
雉沢を見ると青くなっている小見山を尻の下敷きにしていた。
「ナイス、雉沢」
胡桃は走りを止めた。勝利を確信し、歩き始めていた。
拘束されていた犬見に触れて、瞬間移動で立たせてやる。結ばれたままのロープは靴に踏まれている。
「形勢逆転だな。降参するか? 受け入れないけど」
その後、武器を失い人質を取られたマルコは犬見に組み伏せられてしまった。
彼の健闘はスリークォーターに留まった。




