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See you again  作者: 田村ケンタッキー
瞬間移動能力者 永谷瞬の虚勢

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正義とは

 元から上手く行く作戦とは考えられなかったがやる気になっていた彼女には言えなかった。悪いが囮になってもらいながら、ある別の保険を立てるために動いていた。


「……おいおい、小見山。これは一体どういうことだ……? お前が連れてきたのか?」

「ち、ちが……え? え?」


 戸惑うのは仕方ない。親友が困っているので瑠璃はすぐに庇いに出た。


「全然違うっすよ。ウチが勝手にマルコちゃん連れてきただけっす」

「お前には聞いてねぇ!」

「ひぃっ」


 睨まれると自分より身長の低いマルコの後ろに隠れる。

 マルコが一歩前に出ると睨みは彼に向いた。だが彼は怖気づきも逃げも隠れもしない。

 ただ威風堂々と胸を張っていた。


「戦う意志はありません。それにここを、スケアリー・モンスターを潰す意志がないことを伝えにきました」


 そして一呼吸置いて、


「というより潰す力がありません。僕もこの通り幼いですし、それに僕の姉……皆さんが魔女と呼んでいる彼女ももうお気づきかもしれませんが超能力者であるものの、能力は透視です。」


 保険、それは事実上の降参だった。

 正義感の強いマルコにとってはそれは苦渋の決断だ。出来るのであればここにいる理不尽に虐げられた少女らを今すぐにでも開放してやりたいと考えている。だけどその結果、自分の最愛の人に危険が及ぶというなら、言い方が悪いが見捨てる覚悟は出来ていた。しかし冷静になって俯瞰すれば何も胡桃らを仕置きする必要はない。透が瞬と接触し説得が成功すれば全ての誤解も問題も解けてしまえる。瞬が戻れば瑠璃はスケアリー・モンスターに復帰できるし、胡桃も暴走しなくなる。それでどころか軟禁してると知ったら胡桃はほぼ間違いなく罷免更迭強制脱退が約束されている。そして透と自分にも平穏な生活は戻ってくる。

 おいしいところを持って行かれたが仕方がない。人探しは透視能力の得意分野だ。

 そして降伏宣言は弱者の得意分野だ。謝っているんだからこれ以上殴るの止めろという同情を誘いやすい。これもマルコにとってぶりっ子をするときのように精神的苦痛を味わうが世のため人のためになるならと慎んで承った。

 魔女の敵意がないと知ったスケアリー・モンスター面々は肩をなでおろした。脅威が消えたからなのか、それとも強化合宿の意義が消えてくれたからなのか、はたまた両方が理由か。

 釣られるように幹部の面々もため息をついた。この間の鬼ごっこが徒労に終わったと思ったのと同時に必死に追いかけていたのが馬鹿らしく思えてきた。真夏の真昼間から太陽の下で年甲斐にもなく公の場でおにごっこした結果逃げれた上にその努力も無意味だと知り、何度も聞こえるようにため息をついた。

 緊張が解けて緩み始める空気を許さない者が1人だけいた。 


「おいおい、そんな甘っちょろい話、誰が信じるんだ。煙幕はってまで必死に逃げるってことはやましい事情があったんじゃないか?」


 胡桃だった。彼女だけは懐疑心を捨てなかった。勘は悪くはないが空気を読めていない。周りの人間はよせばいいのにと呆れている。


『うわ、悪魔の証明よ、生で初めて見た』


 カレンが小声で呟くとマルコが耳たぶをデコピンした。


「それは……煙幕についてはごめんなさい。あれは全部僕の姉が悪いんです。とても過保護なんです。どこへ遊びに行ってもついてくるし、トイレにまでついてくるし、寝る時だって抱きついて離さないですよ! 別室なのにこっちまで来るんですよ! 真夜中に!」

「マルコちゃん、ちょっと嬉しそうっすね?」

「そ、そんなことないです!」


 夏場は特に暑苦しくてたまったものじゃない。本当に勘弁して欲しい。……ただ、彼女の身体の柔らかさと香りが離れると思うとちょっと寂しい。


「煙幕についてはわかった。しかしよぉ、その魔女はどこだ? 今日も隠れて狙ってるんじゃないんだろうな?」

「彼女をここに呼べばまた大騒ぎになると思ったので今日は留守番です。あと、魔女ではなくて透さんです。隠れているかどうかは透視能力者に聞けばわかると思います」


 胡桃は犬見と雉沢を見る。


「近くに少女がいるが透とか言う奴じゃないぞ。見渡す限り、奴はいないゾ。」

「……」


 犬見は黙って頷いた。


「ちっ……わかった、信じてやるよ」


 理由の分からない胡桃はひとまず納得したようだった。


「だけどよぉ悪気はなかったにしてもよぉ、こっちにも被害が出てるんだぞ。猿若は打撲するし」

「それはすみませんでした。誠に申し訳ありませんでした」


 事を荒げないためにも平謝り。日本伝統文化をこんな場所で触れられるとは。


「雉沢のスマートフォンは割れるし。どう落とし前つけてくれるんだ?」

「それは…………すみませんでした。誠に申し訳ありませんでした」


 たぶん濡れ衣だろうが事無き主義に徹する。

 頭を下げたままだったが胡桃が歩み寄ってきているのがわかる。姿は見えないがタバコの臭いがだんだんと近づいていた。

 気配で頭の上、髪の毛にギリギリ触れるか触れないかのところまで手のひらが近づいているのがわかる。彼女の手は見た目では分からないが立派な脅威でありれっきとした凶器だ。

 マルコは試され、脅され、弄ばれていた。

 首に鋭利な刃物が突きつけられているような状況だ。しかし反撃のチャンスでもある。ここまで近づいているのだから不意打ちの一発は決まらなくもない。だがここで下手に抵抗すれば敵に口実を与えてしまう。

 目の前に決して許せない悪がいる。怒りで全身が震える。腹立たしくて隠忍もままならないが今は犬が腹を見せるように服従しなくてはいけない。

 こんな理不尽、瑠璃や小見山に比べれば容易に我慢が出来る。彼女らは解決策も見えないまま縋れる希望が見いだせないまま、長い時間をずっと耐えてきた。そして我慢の末に身内では解決できない、自浄できないと判断した瑠璃が苦心惨憺して部外者に助けを求めた。この行為は屈辱だったと思う。葛藤があったと思う。

 報いてあげたい、そう思っていた。そしてマルコの想像だが自分よりも報いてあげたいと想っている人がいる。透は自分以上に報いてあげたいと望んでいると思う。護身用の発煙筒を他人のために消費し、倹約家である彼女がお金の消費に躊躇わなくなっている。ここまで彼女を動かすのはきっと思考の透視で瑠璃の気持ちに触れたからだと思う。本気の気持ちに触れたからだ。透が信じ全力を尽くすならマルコもまた彼女を信じて全力を尽くす。

 だから今は為すべきこと、耐えることに一心不乱になった。

 信じ、信じられ、マルコはまた一つ成長していた。仕置に拘泥せず刹那主義に傾かず、未来の公益を見据えられた。

 凶器の手はついに後頭部に触れ、襟足を撫でるも、彼は微動だにしなかった。

 なかなか爪を現さない鷹を目の前にした胡桃は、


「……ふ〜ん……悪気がなかったなら許してやるよ。ゆっくりしてけばいいさ……」


 へそを曲げた様子で離れていく。

 今度はマルコが肩をなでおろす番になる。正直、我慢の限界だった。もう少し挑発が続いていたら手を出していたかもしれない。堪えた結果、誤解は解けたと言えなくとも緊張は解けたと言っていい。御の字の結果にひとまずは安心する。

 しかし安心は束の間だった。


「……それじゃあ続きと行こうか」


 ジンジャーエールのペットボトルを手に取ると小見山の顔面に突き出した。

 胡桃は実に狡猾な女だった。ここぞという嫌なタイミングで弱点を攻めてくる。

 平謝りで感情を表に出さなかったマルコもこればかりには表情が険しくなった。

 本来はコップ一杯でも強烈な作用があるのにペットボトルの量を飲むとなると下痢以外の体調不良を起こす可能性がある。だがしかし非情になれば被害はそれだけで済む。

 小見山もそれを承知しペットボトルを手に取った。拒むことも出来ただろう。しかし拒んでも標的を変えるだけだろう。必ず誰かが被害者になるのなら失敗した責任を自分で負うのが道理だ。

 飲む前に不意にマルコを見た。


「マルコちゃん、顔が怖いよ」


 何とも痛ましい笑顔でマルコに釘を刺した。絶対に手を出すな、という忠告だった。

 マルコは非情になろうと懸命に努力をした。堪らえようと両手を力強く握り歯を食いしばった。手のひらに突き刺さる爪よりも胸が痛む。


「さっきはコップをこぼしたようだからな、支えてやるよ」


 マルコと小見山の間に胡桃が立ちふさがる。先程は投擲でこぼしたように誤魔化せたが、同じ手は通用しなくなった。妨害するとなれば胡桃に直接攻撃しなくてはいけない。つまりは宣戦布告、さらには攻撃の口実を与えることになる。

 諦めきれないマルコは頭をフル回転、全部位をフル稼働した。ありとあらゆる手で小見山を守る手段を探った。しかし時間は結論を待ってくれない。

 すでに小見山はペットボトルを口に咥え、飲み始めていた。よっぽ喉が渇いていたのかペースが早く、隆起してない喉仏が蠕動する。

 今度は胡桃を睨みつけた。下賤な笑いを浮かべているかと思いきや何故かつまらなそうな顔でペットボトルを支えている。それでも憎いのには変わらない。

 すると突然、胡桃の背中に黒い影が浮かんだ。浮かんだと思った瞬間に胡桃は前のめりに倒れた。

 憎しみの余りに無意識下で念動力で物をぶつけてしまったのだろうか。

 否、状況はそんな甘っちょろくはなかった。

 黒い影の正体は瑠璃だった。

 瑠璃は起き上がる胡桃を見下しながら勇ましい語気で叫んだ。


「それ以上こみやんをいじめたらウチが許さないっす!!」


 その言葉はマルコが言いたくも言えなかった紛れも無い正義の言葉だった。

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