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See you again  作者: 田村ケンタッキー
透視能力者 里見透の悩み
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透視能力者が見ていたもの 前編

挿絵(By みてみん)

 朝のホームルームの開始を知らせる無味乾燥なチャイムが鳴る。

 それでも女性のみで構成されたクラスメイト達は着席せずグループを作り談笑を続けている。その中、里見透のみが教室の窓際の一番後ろの自分の席に着き、机に突っ伏し、やるせなさげにため息を漏らす。

 ため息の理由は生真面目な性格から友人たちとの貴重なコミュニケーションタイムを諦め、そのことに憂いているのではない。そもそも彼女に友人と呼べる存在はいない。高校二年生に進学しクラス替えが行われ過冷却のようにグループが形成されるこの時期に彼女だけが孤立することに孤軍奮闘をしていたほどに彼女は友人作りに消極的だった。彼女は自分自身の問題に悩み、嘆息をもらしていた。

 里見透には二つの悩みがあった。

 悩みの一つ目は眼前に垂れる胸だ。異常気象下の突然変異を起こした果実のように短期間に急成長を遂げ、半年前に買った下着があっという間にきつくなり交換が必要な域に達していた。別にデザインが気に入っていて泣く泣く手放すことが辛いのではなく、交換の出費が痛手だった。お小遣いイコール生活費の彼女にとって隠せればいいだけの布切れなんかより日々の三食のほうがより大事だった。お金に切羽詰まっているのであればアルバイトで稼げばいいが、それができないでいた。その状況の原因はもう一つの悩みに繋がっている。

 突っ伏した姿勢を崩さず顔だけをずらし周囲を確認する。誰も彼女を見ていないことを確認してから登校した日には欠かさず行うルーチンワークに入る。

「……ピンク、青、水玉、ピンク、赤……」

 小声で無規則に色を並べる。この色は全てクラスメイトのブラジャーの色だ。

 ルーチンワークとはクラスメイトの下着透視のことだ。これにはそれなりの意味があり、今日のコンディションを確かめる重要な日課だった。

 なぜコンディションの確認のために下着を選んだのか、それは彼女がレズだからというわけではない。目につきやすく、そこそこ動きまわり、かつ女性同士なら見られても恥ずかしくないものとしてたまたま下着に白羽の矢が立っただけの話だ。それに雨に濡れれば透視がなくとも見えるときは見える。そんな理由だった。ちなみにクラスメイトの了承は得ていない。クラスメイトは透が超能力者とは知っているが、それが透視能力であるということを知らない。彼女はホウレンソウを怠っていた。

 悩み二つ目はこの特殊な眼だった。

 彼女の目は特別で異常だった。現代の発達した科学でも解明できない超能力が備わっている。

 母親の話によると彼女は言葉を覚え始めた頃には透視能力が後天的に目覚めていたという。彼女のように後天的に目覚めることもあれば先天的に目覚める事例もあった。

 今では透視を含め念動力、瞬間移動、テレパシー等の超能力はありふれた奇跡となっていた。学校規模に考えれば彼女一人特有の能力だが、日本国内では数万人、世界で見れば一億人いるとされているため稀有な能力ではなくなっている。しかし、それでも、稀代ではないにしろ将来を期待される身。彼女はその秘められた能力で社会に貢献などは特に一切全くこれっぽっちも全せずにその気も沸かぬま無駄に浪費しながら人生を暮らしていた。

「……今日も憎たらしいぐらいに絶好調か」

 クラスメイトのブラジャーの色をほぼ把握したと同時に担任の物部万理が白衣を翻しながら教室にやってきた。

 透は視線を下げ、担任の胸元に視点を変える。担任であろうと標的の一人だ。今日の下着は教壇に立つ者としては相応しくない胸元を大胆に開いた情欲的な意匠だった。色は淑やかな黒だった。

 ホームルームや授業中に連絡事項より彼氏とのノロケに比重を置いて話すほど恋愛に心酔する担任のことだ、共感できなかったが色々とこだわっているのだろうと透は心の中で慰労した。

 担任が入室してから登壇するまでにクラスメイトたちは各々の席で起立をしていた。透も右へ倣えで起立する。

「グッドモーニングエブリワン」

 担当は英語科目である物部が限りなくネイティブに近い発音で朝の挨拶を行う。生徒たちも英語で返す。物部が着席を許すと同時に透はまた机に突っ伏した。

 透の目算では今日のホームルームはノロケ話で終わりと決め付けていた。昨日もそうだった。一昨日もそうだった。一昨昨日もそうだった。

 喉の奥からアクビが出てきたが抑えることはせず、手で隠すこともせず、歯医者の前でもしないような開口をする。

 教室内には同様に担任の催眠術が始まる前から眠る体勢に入る者がいくつか現れていた。

 しかし今日は彼女たちの目算が外れた。

 物部万理は両手を叩き注目を集めてから眼鏡をくいっと上げる。顔はノロケ話の最中に見せるにやけ面ではなく、睡眠を十時間しっかり取った後に舌を痺れさせるほど熱く苦いエスプレッソを三杯飲んだ後のようなきりっとした教師の表情をしていた。

「今日は前から話していたように留学生がアメリカからやって来ています」

 いや嘘だ、昨日も一昨日も一昨昨日もそんな話はしてなかった、とクラス全員心の中でツッコミを入れた。そういえば新学期初日に予告していた気がする。

「では早速紹介しますね。カムディスウェイ」

 透は仕方なく体を起こし、留学生の登場を見守ることにした。正直なところ、日本語があやふやであろう留学生とは仲良く出来る自信がない。会話どころか挨拶一つもまともに交わすことがないだろうが出迎える側の礼儀として顔だけは覚えておこうと思った。

 教室の扉が開く。姿が見えないまま扉が閉まる。透明人間が入ってきたと思っていたが教室の前側の席から歓声があがる状況を理解し、透は透視を始めた。人と机の奥に留学生は隠れていた。

 金髪で翠眼の白色人種の子で容姿は幼い。小学三、四年生ぐらいの背丈で制服の袖を何重にもまくっていた。恐らく一番小さいサイズでも袖が余っているのであろう。また透しか気付かなかったが左袖の下には細い手首に釣り合わない成人男性向けの腕時計を巻いていた。

 歓声の次に困惑の声も上がり始める。何しろ、ここは小学校ではない、高校二年生のクラスだ。

「皆驚いてますね~。彼女はすっごく頭がよくて飛び級してるんですよ~」

 物部は上機嫌かつ得意気にはしゃぐ。自分は状況を正確に把握した上で困惑する生徒たちを鳥瞰できて気分が良いのだろう。生徒に教える立場としての素質が疑われる。

 年上の女性の好奇な目にさらされ留学生はカチコチに固まっていた。そこに物部は愛のムチのごとく優しく肩を叩く。留学生は意を決し真っ直ぐと前を見据えて自己紹介を始める。

「ぼ、ぼくの…じゃなかった、私の名前は…」

 日本の独特の一人称に慣れていないためにいきなり躓いてしまい留学生は若干涙目になる。その瞬間に留学生は無自覚にクラスメイト全員のハートを鷲掴みにしてしまった。

 目尻に溜まったダイヤモンドを弾き飛ばすと挫けずに自己紹介を再開する。

「私の名前はマルコ・マカリスターです。アメリカのカリフォルニア州から来ました。母が日本人で私はハーフです。日本語は母から教わりました。留学先を日本に選んだのは母の故郷に興味があったからです」

 そうだ、その調子だ。懸命に自己紹介をする新しいお友達に心の中でエールを送る。

「短い期間ですが皆さん、どうぞよろしくおねがいひます」

 応援も虚しく、あと一歩の惜しいところで噛んでしまった。その瞬間、全教室が凄絶に悶えた。人の波が前から後ろへと蠕動する。その中には先ほどまで寝ぼけていた透も含まれていた。半分閉じかけていた目は火に炙ったアサリのように開き、アクビをしていた口は運動後の大型犬のようにはあはあと息を荒くし、下着の透視をすっかり忘れててしまうほど昂っていた。

 挨拶を終えて窓から二番目の、壁から一番目の、つまり透の隣の空席にマルコはやってくる。ちなみにこの時になってようやく透は自分の隣席が空席であることに気づき狼狽した。

 マルコは席に座る前にこれから机をくっつけ合う隣人の透に挨拶を始めた。

「改めましてマルコ・マカリスターです。よろしくお願いします」

 礼儀正しい子だな、と透は恐縮する。純日本人の彼女は例え日本語が通じる相手でも外国人というだけで緊張してしまう。

 教室認定の人間国宝になりつつあるマルコが自分だけのために挨拶をする。少女漫画のヒロインの待遇に舞い上がってしまうが、それを抑え込む。

「里見透です、よろしく」

 挨拶はそっけなく済ませた。いくら可愛くても抱きついて突き立ての餅のようなほやほや柔らかな頬にキスの嵐をしたくても自重した。

 ついマルコと目を合わせてしまい透は慌てて視線を下ろした。彼女は私情で一年前ほどから目を合わせての会話が苦手になってしまっていた。この挙動は簡単には打ち明けられない彼女の二つ目の悩みに深く関わっていた。

 不審に思ったのか、マルコは着席せずに未だに彼女の前で立ち尽くしていた。悟られたくない透は覚悟してマルコに目を合わせることにした。そしてその時になりようやく気づく。マルコが左目はエメラルドグリーン、右目は茶色のオッドアイだと気づく。

 そして改めて思う、マルコ・マカリスターは思わず息を呑む美しい子だと。そしてユニークな魅力に溢れている。飛び級な上に留学までする優等生で、ハーフの西洋系寄りの顔つきなのに日本語のイントネーションに違和感を感じさせないほど流暢であるミスマッチさ。そして極めつけにオッドアイときたものだ。ここまで来ると腕時計は秘密道具に違いない。漫画の主人公かよ、と透は心の中でボケとツッコミをする。

 冷静に観察を続けるとマルコの視線は透の右肩に付いていたピンクとシルバーを織り交ぜたリボン型の肩章に釘付けになっていることに彼女は気付いた。

 この肩章は公的機関の超能力研究開発施設で診断、認定、登録されていることを表す誇り高い証だ。しかし着用の義務はない。世界共通のシンボルだが日本国内での法的拘束力は自動車の初心者マーク以下で限定的に発行されているわけでもなく百均やコンビニでも安価で売っている非常に薄っぺらい血統書のようなものだった。生地に特に指定はなく、値段の設定はだいたい生地の質に決まる。ちなみに透のつけている肩章はサテン生地であり、駅前でキャンペーンで無料配布されていたものを何度か往復して大量に手に入れたものの一つ。男性から見ればいろんな意味で泣いて嫁にしたいほどの素晴らしい倹約家だった。

 未だに動かず彫刻像のように固まっているマルコの異変に透はようやく気付いた。超能力者は初めてで怖がらせたか、もしくはその関連でトラウマを抱いているのか、自身が無意識でショックを与えてないか不安になる。こういう時に悩みの種で発揮したかったが彼女のポリシーから使うことを拒んだ。それには頼らず自力で乗り越えることにした。

「……超能力者は初めて?」

 出来る限り柔軟に対応したつもりだった。なるべくフレンドリーに愛想よく。しかし子供と対面する経験は浅く、この言葉が最適かは不明だった。

 コンパスと地図を落とした遭難者のように困り果てる透の問いかけに気づき、マルコはワンテンポ遅れて我に返る。

「え、いや、あの、その……初めてではないです。姉が超能力者だったので……あ、でも姉以外の超能力者は初めてです」

 マルコのしどろもどろに慌てる姿が小動物に見えて透は思わず目を細める。

「ただ珍しいな……と思いまして。聞いていた話ですと日本では肩章を着用する方があまりいらっしゃらないと伺っていたので……あ、もしかして、すっごい超能力者さんなんですか! 車を吹き飛ばしたり、弾丸を跳ね返したり!」

 少女にしては超能力者に随分と過激なイメージを抱いているな、と透は感じた。それと同時にそんな少年漫画なようなことをやってのける超能力者は後にも先にも世界に一人だけだろうとも考えた。

 肩章を着用しているのは超能力に特別な自信があり自慢をしたいわけではなく、牽制のために使っていた。最近ではすっかりなくなったが立場上、非超能力者から遊び半分で因縁を付けられることは少なくない。下手に隠しておどおどしていると付け上がるので敢えて堂々としている。それと理由は謎だが、学校の七不思議の一つに最強の念動力者が何食わぬ顔で通っているという根も葉もない噂があり、それに便乗している。

 そんな切実な実情を教室の真ん中で種明かしできるはずがなく、何よりも張り子の虎の威を借る狐みたいで惨めで情けない。

「そうなの、透さん」

 便乗して聞いてくる物部万理、目をランランと輝かせるマルコ。

 特撮スーツを身につけただけのスタントマンが本編に出てくるビームみたいな必殺技を求められる。

(おい待て、まだ肯定しないだろ。勝手に妄想を膨らませるな。それに超能力者でも能力は最弱の透視だってーの)

 いつの間にか教室中が自分に注目をしていた。ホウレンソウを怠っていたツケがここに来て因果応報となった。

 正直に応えたいところだが、クラスメイトには透視能力だとバレたくないし、興奮したマルコをがっかりさせたくもない。

 考えに考えた末、

「まるちゃんまるちゃん、耳貸して耳」

 マルコは首を傾げるも素直に側に寄る。

「もっとこっち近寄って。あまり大きな声で話せないから」

 内緒話だと思ったマルコはさらに側に寄る。好奇心旺盛でちょっとしたことでも内緒の話になるとわくわくしてしまう、なんとも騙しやすい年頃だった。

 獲物がまんまとはまってくれてたので透は特撮に出てくる悪の怪人のような邪悪な笑みを浮かべた。

 隙だらけのマルコの脇の下に腕をまわして抱きかかえる。

「え、あ、あ、うわ」

 再びパニック状態に陥るマルコに対して彼女はお構いなしに頬に熱い口づけをした。

「うぇるかむちゅ~じゃぱ~ん」

 里見透十六歳。勢いとオヤジギャグでこの場を乗り越えたのであった。


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