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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ こちらコールドブラッド探偵社 ~
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第5話

「……それでお前、こんなもん持ち込んだわけか? 」


 マフィはうんざりした顔つきで、私が持ってきたシェーカーとタンブラーを指さした。


「たまにはよかろうと思ってね。この間の詫びもかねて、な」


「詫びってんなら修理代持って来いよ、修理代ィ」


 むくれるマフィをよそに、私はジンとライムジュースを量った。

再び訪れたマフィの店で、私はカクテルを作ろうとしていた。気心の知れたマフィの家なので、私も安心してビビッドレッドの縞が入ったレモン色のシャツの袖をまくり、鱗の生えた腕をさらけだすことが出来る。


 無論、何もバーテンの真似事をしてみるために訪れたのではない。仕事に関する情報を仕入れに来たのだ。


「それで、頼んでおいたことに関してはどうだった? 何か分かったか? 」


「せっかちな野郎だな。爬虫類ってもっとノソノソしてるもんじゃねえのか?

だがまあ、多少は分かったよ。まず、炎の魔法に関することだが……今んとこ、確かな情報は一個だけだ。古代の魔導書のネタなんだがな」


「魔導書!? 」


私は思わず、ライムジュースのビンを持ったまま振り向いた。


「おいっ、こぼすなよ! 果汁のシミは取りにくいんだから! 」


「分かった、分かった。気を付ける。こぼさない。話を続けてくれ」


「ったく、お前は本の話になるってえと見境がなくなるな。とにかく、この先が聞きたかったらまずはカネだ。情報料だよ。約束だろ? 」


「後払いだ」


私はきっぱりと言った。


「ツケといてくれ。話を聞くのが先だ。第一、今日は大してカネを持ってきてない」


 マフィはちぇっと舌打ちしたが、しぶしぶと言った調子で話を始めた。


「裏マーケットの話なんだがな。バザールの認可を受けてない発掘で、第8大隧道から炎の魔導書が出たっていうんだよ。3か月くらい前に。当然バザールの目に触れる表ルートにゃ流せないから、裏で競りが行われたんだが……どうも落札者が怪しくてね」


「怪しい? 」


「追えなかった、って方が正しいかね。登録した名前も住所もぜーんぶニセモノ。

もっとも、裏の世界じゃそんなこと珍しくもないが、それでも大抵は何らかのとっかかりを残すもんなんだ。自分のバックに誰がついてるとか、自分の立ち位置をそれとなく暗示しとかないと、ナメられるからね。ところがそういう手がかりさえまるでなくてね。どこの好事家が買ってったものやら」


 私はシェーカーにジンを注ぎながら低く唸った。


「で、その話、今回の件との関係は? 」


「さーね。何しろ3か月も前の話だから。お前が今追ってる件と関係があるかどうかは知らない。そこんとこ保証するほどの義理はないよ」


 おっしゃる通り、ごもっともだ。そもそも何を探しているかさえ、マフィには話していないのだ。これだけ掴んでくれれば上出来と言えよう。それに3か月前――ガルムのパーティが調査に向かった頃だ。


「ま、いいさ。炎の魔法に関してはそれだけだな? もう1つの方はどうなった? 」


 私はシェーカーのフタを嵌めながら、マフィに顔を向けないまま尋ねた。


「もう1つ……ヒューゴー・アルカヒムの方か。ま、調べてやったけどね、調べるまでもなかったかな。

確かにバザールの一員だったよ。冒険者ギルドの名誉委員。ま、中堅どころってとこかね。お偉いさんさ。

ギルド内部にとどまらず、バザールの中枢にも食い込みたいって野心があるようだけど、内情は厳しいって話だね。

ま、立場のある人間だから、どっからどこまでがホントで、どこまでが根も葉もない噂なのかは分からないんだけど」


 私は黙って、シェーカーを持ち上げ、おごそかに、ゆっくりとシェイクを始めた。

徐々にスピードが増していき、同時に私の思考も冴えていく。マフィの話は私が見聞きしたヒューゴーの人物像と一致する。バザールの野心家。何らかの、危険な賭けを行う男。

ゲム=ウルピヤゲム神殿の踏査にも、そもそもの初めから関わっていたことが確認できた。それはいい。それを知ったうえで、私はどう立ち回るべきか?


 そもそも、まずはガルムの居所を掴みたい。ザナの酒場を出て、冒険に行き、戻り、一度だけ古道具屋へ寄った。その後どこへ行ったのか? 踏査に、炎の魔導士として参加した意味とは? 私の考えはめまぐるしく移り変わり、あちらからこちらへと激しく飛び移り、そして――飛翔した。


 シェーカーが。


 目を丸くするマフィの頭を飛び越えて、銀色のシェーカーは美しい放物線を描き、壁際のがらくたの山へ飛び込んだ。けたたましい音とともに積み上げられたガラクタの一角が崩れ、灰色の埃がもうもうと立ち上る。

 マフィが射殺すような視線で私を睨んだ。


 私はゆっくりと、テーブルの上からジンの瓶を取り、キャップを外して、マフィの前に置かれたタンブラーに注いだ。

透明な液体が、爽やかな音を立てながらタンブラーに満ちる。


「ま、呑んでくれ。私のおごりだ」


 ぶん殴られた。


   *   *   *


 頬を抑えつつ、私は衣文掛けにかけてあったジャケットを羽織った。

羽織ってからよくよく見ると、それは衣文掛けではなく、旧文明の呪術道具だった。ツタのような装飾の這う青銅棒の先に、ヒトの頭蓋骨が刺さっている。まったく、妙なものばかり置いておく店だ。


「そうだ……忘れるところだった。丈夫な縄があったらいくらか分けてくれないか? 魔力のこもった品でなくてもいい。擦れても切れないような……深層のドクイバラを撚った縄なら有難いんだが」


「あァ? そりゃ、ないことはないけど……なんだい、藪から棒に」


 言いながらも、マフィはごちゃまぜに積み重ねられたガラクタの山を引っ掻き回し始めた。


「ああ、それから、大きめの毛布が欲しいな。アナグラバッファローの毛で織ったやつ。織り方はあんまり堅くない方がいい」


「うちは一応、古道具屋だぜ。雑貨屋がわりに使うなよなァ」


マフィは口を尖らせながらも、ガラクタの探索を続ける。大概の無理なら聞いてくれるのが、マフィの店だ。


「ま、カネさえ払ってくれるなら、なんだっていいけどさ。……しかし、その様子じゃ、なんか目星でもついたのかい? 」


「ちょっとした当てずっぽう程度だがね」


私は謙遜した。


「また荒事になるんじゃねえのか?

どうせなら、武器も都合してやろうか? 剣とか、ちょっとした魔導武器なら、中古品があるぜ」


 マフィは珍しく親切なことを言う。商売熱心なだけか。彼女の場合、後者じゃないかと思われる。


「ありがたいが、遠慮しておくよ。武器を身につけるのはどうも好かん」


「妙なとこで善人ぶりやがンだな」


マフィはフンと鼻を鳴らした。


「非暴力精神の伝道者ってツラでもないだろうによ」


「なにも、善人ぶってるわけじゃないさ。私はただ……」


 言いかけて、ふと考える。ただ、何だろう? 私はなぜ、武器を持たないのだろう。男の喧嘩は素手でやるものだから? バカな。


「……ただ、単に心理的な問題なんだよ。

武器を持つと、武器を見るたび感じるたび、自分が人を殺す気でいることを――少なくとも、人をぶちのめすために用意しているのだと思い出さずにはいられない。それで、飯を食ってもあまりうまくなかったり、なんだかつまらないことを考えてしまったり……それだけだな。それが嫌だからさ。

 人を傷つけるのと、人を傷つけたいのは違う。少なくともそれくらいは信じていないと、やっていけないんだよ。私はな」


「……」


 笑われるかと思ったが、案に相違してマフィは黙ったまま、しかめっ面で聞いていた。


「……勝手な理屈だな」


 ようやくマフィは、それだけボソッと言った。私は額を掻き、答える。


「カッコつけた理屈さ」


「そうかよ……本当に、必要なモンはもうないか? あるなら言っとけよ。あとから取りに行くの、面倒なんだよ」


「あ、そうだ。あと最後に、打ち身に効く湿布かなんかないか? 加減というものを知らない奴に殴られたんだが」


「ツバでもつけとけ」


マフィは歯を剥きだして、噛みつくように言った。

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