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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 子らを悼む歌 ~
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第7話(前)

 気もそぞろのまま、私は宿を早々に決めてしまった。

 一番最初に目についた「宿屋」の看板の下をくぐり、ロビーに入る。受付では、太った純粋人類のオヤジがうつらうつらしていた。冒険に出るにも中途半端な時間だし、ヒマなのだろう。慎み深く咳払いをして、オヤジを起こす。


「宿を取りたいんだが、空いてるかね? 出来れば、静かな部屋がいいんだが」


 オヤジは、私の顔を眠たげな目で見上げた。帽子の下の異貌にも、驚く様子はない。深層で客商売をするとなれば、いちいち亜人に驚いてもいられないのだろう。それとも、ただ眠たくて注意力散漫になっているだけか。


「……ああ、部屋なら空いてる。いつだって、空いてるさ。満室になったことなんてねえよ。俺の記憶が確かなら」


 ぼそぼそ言いながらオヤジは太った体を椅子から持ち上げ、のそのそと奥の戸棚へ向かい、鍵を持って戻ってきた。


「素泊まり、メシは出さない。魔導泉はついてるし、バスタブに水を貯めて火を焚きゃ風呂にも入れるよ。一泊200ゾルだ」


 私はオヤジの手から、ところどころに錆の浮き出た鍵を受け取った。鱗が錆とこすれてジャリジャリと嫌な音を立てる。宿選びをちょいと早まったか――私は早くも後悔しはじめていた。

 オヤジは説明を終えて、もう眠ってもよいと判断したのか、再び椅子に腰を下ろして背もたれにぐっと寄りかかった。と、私の後ろに立っていたパルに気付き、片目を開ける。


「おい、その子も泊まるのかい? 」


 私はパルの顔を見、オヤジの方に向き直って、肩をすくめた。


「いいや、この子は家に帰すけど……何でそんなこと聞くんだ? 宿代はどうせ一緒じゃないのか? 」


「いやあ、別に詮索するわけじゃないんだけどよ……ただ、どういう関係なのかな、と思ってな」


 口ではそう言いつつも、訝しみと好奇心をありありとにじませた目で、オヤジは私たちをジロジロ見回した。私はすまして答える。


「どういうって、見たら分かるだろう。親子だよ。ほら、そっくりだろう? 」


 オヤジは、開いた片目をさらに大きく開けて、私たちを見、首を振った。


「亜人の血縁関係ってのは、どうも分からないね。気に障ったら謝るが……」


 私は肩をすくめた。


「謝るのは、こっちだ。冗談だったんだよ。そう、ご覧のとおり、私たちはちっとも似ちゃいない。友達の子でね、ちょっと事情があって、昼間の間だけ預かることになったんだ」


 オヤジは特に気を悪くした様子もなく、無関心な顔でもう一度首を振ると、今度こそ本当に目を閉じ、深い息を立て始めた。本格的に惰眠をむさぼるか前に入ったようだ。私はパルと顔を見合わせ、ちょっと笑った後、部屋へと向かった。


 部屋には荷物を置いただけで、すぐに宿屋を出た。ざっと見た限りでは、風通しのよくなさそうな部屋だった。おまけに前の客が煙草をふかしたらしく、壁紙にもカーテンにも煙草の臭いが染みついていた。煙草は主に外界で採れる作物のため、深層で煙草を吸う人間は珍しい。アンラッキーな物件に当たってしまったものだ。

 私とパルは連れ立って、まず神殿の方へ行ってみることにした。ジュナルガククが座り込みをしている場所で、パルの父ビアルが実際に殺された場所だ。何と言っても現場百遍というのが、捜査の鉄則だ。


「その……現場に、事件の後で行ってみたか? 」


 私は慎重に言葉を選びながらパルに質問した。パルは、特にためらうこともなく、淡々と首を振った。


「近くまでは行ってみたけど、何だか大人がいっぱいいたし、ちょっと怖かったから……何だか、工事の人と派手な服を着た人が、言い争っているのは遠くから見えたよ」


 まあ、仕方ないだろう。ともすると忘れそうになるが、いくら腹が据わっていると言っても彼はまだ子供なのだ。

 私はおもむろにパルの方へ向き直り、その金色の瞳を覗きこんだ。


「……これから私は君に、昨日の調査で分かったことを詳しく話すつもりだ。君にも協力してもらわなきゃならないからな。

 そこで、一つ覚えておいてくれ。私がこれから君に事情を話すのは、君を一人前の男と見込んだからだ。年端もいかない子供ではなく、怒りと恨みにに正気を焼かれた復讐者でもなく、な。だからといって、別に何を要求しようってんでもないが……ただ、私がそう思ってるってことだけは、知っといてほしい。いいか? 」


 パルは、暗い瞳で私の顔を見上げた。何を思っているのか――反抗か、嘲笑か。それとも、本気で聞いているのか。冷たく凍り付いたような表情からは、何も読み取ることが出来なかった。その顔のままパルは、ゆっくりと頷いた。


 私は諦め、再び歩き出した。歩きながら、調べた内容を語った。パルの父ビアルが、ジュナルガククという宗教団体に引き込まれていたこと。そのジュナルガククが主導している、ジェマイアス教会建設への反対運動のこと。パルは、私の歩みに早足で従いながら、硬い表情で聞いていた。


「……それで、僕が協力することって? 」


 一通りの説明を聞き終えると、パルは私に質問してきた。私は少し考え、とりあえず答える。


「今から、建設現場の神殿に向かう。ジュナルガククが座り込みをやっているところだ。私は、連中の間に混じってそれとなく探ってくる。君は離れたところから連中を観察して、見覚えのある奴がいたら後で知らせてくれ」


「僕も、一緒に行った方がいいんじゃない? 」


 パルは申し出たが、私は首を振った。


「ちりぢりになったとはいえ、君は部族の長の孫だからな。面が割れてる可能性がある。相手がどういう奴らか分からない以上、こちらからも手の内は明かしたくないんだ。分かるね? 」


 パルは黙って頷いた。どこまで私を信用してくれているかは分からないが、ひとまず、理解してくれたようだ。本当に頭のいい子だ――半ば感心、半ば得体のしれない寂しさを感じながら、私はパルの横顔を見た。その目はもはや私に向けられてはいず、前を向いてただ行く先だけを見つめていた。危ういほどに強い意志を秘めた表情だった。

 そうこうするうちに、神殿の前までたどり着いた。相変わらず、ジュナルガククの面々が天幕を張っている。計画の通り、私はパルを路に残し、一人で天幕の方へと向かった。


 鳥人(バードマン)たちが親しげに挨拶をしてくる。ひと目で亜人と分かる私の顔で、味方だと判断したのだろう。好都合だ。おざなりに挨拶を返しながら、私は神殿の入口へ足を運んだ。昨日、マリグが「狙撃」を受けた辺りまで行く。今日は、柵の入口は閉じていた。周辺も静かなものだ。

 私は何気ない格好を装って、入口の前をぶらぶらと歩いた。マリグが狙撃された場所の近くをうろつき、あの矢の角度を思い出してみる。射手が見えるような近場から放たれたものという感じではなかった。建物の陰に隠れた遠距離射撃だろう。だが、矢の長さと形から察するに、使用されたのは短弓だ。あまり長距離を飛ばす力は無かったはずだ。となれば――少しでも距離を稼ぐために、高いところから発射された可能性が高い。高さと、角度と、飛んできた方角を考慮し、周囲をうかがうと、いくらか場所が絞り込めてきた。


 私は手を伸ばし、両手の指で四角形のスコープを作りながら、射手の居たであろう方向を探した。と、四角の中に、気になる建物が入り込む。板を三角柱型に組み合わせた、大きな看板だ。『ドワーフの帽子亭』が見える。

 少しばかり腕を動かして、他の角度も考慮してみる。やはり、あの看板以上に適した場所は見つからない。私は腕を降ろし、聞こえないくらいの声でフームと唸った。

 ドワーフの帽子亭と言えば、空中市場に本店を持つ菓子屋だ。下の階層にも支店を出していたとは知らなかったが――これで、また、ややこしいことになってきた。私は帽子をかぶり直しながら思案した。空中市場と言えば、大竪穴一の巨大な商業市場で、強力なギルド複合体『バザール』が支配する場所だ。その息のかかった店が、狙撃の現場……? ジェマイアスにジュナルガククにメイユレグが出てきて、この上、バザールの暗躍まであるというのか?


 私が頭を抱えようとした、その時だった。


「おい、そこのお前、どけ! 」


 天幕の中から怒号が響いた。私がハッと我に返り、顔を上げると、今しも全速力で走るオオツチドリに曳かれた鳥力車が、神殿の入口をめがけて突っ込んでくるところだった。

 私は慌てて横に跳び、車を避けた。すれ違いざまに、乗客の姿がちらりと見える。前後に区切られた4人乗りの座席前列に、派手なローブを着こんだ姿――ジュナルガククの長、マリグ=ルガだ。よく見えなかったが、隣に座っているのは側近のティルザだろう。それと、後部座席に作業服の男が一人。横の座席に何やらごちゃごちゃと道具類を積んでいる。四方に針のような突起を持つ細長い魔導杖がひときわ目を惹いた。……はて、あの形は何に使う杖だったか? 大昔に、何かの本で見た覚えがあるのだが。


 鳥力車が通り過ぎた後も、私はその場に立ち尽くしたまま考えにふけっていた。見かねた鳥人(バードマン)の一人が私の腕を掴み、天幕の下へ引っ張り込む。


「おい、何をボヤボヤしてんだ! 危うく、轢かれるとこだっただろうが! 」


「……あ、ああ、済まない。考え事をしてたもんだから……さっきの、マリグさんだよな? 」


 私は鳥人(バードマン)に礼を言うついでに、ちょっとばかり探りを入れてみることにした。鳥人(バードマン)は屈託のない顔で頷く。


「また、誰か工事の人間を送ってったんだろう。後ろに、知らない純粋人類が乗ってたからな。作業服着てたし、測量具持ってたみたいだから、多分測量技師だろう」


 測量技師――その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏にひらめくものがあった。あの魔導杖。あの形は、測量用の杖だ。それも、水の魔力を扱うための測量魔導杖。主に水路の水の流れをシミュレートする際に使われる杖だ。水路……? 教会を建てるのに、なんだって水路なんかを掘る必要があるんだ?


「……おい、本当に大丈夫か? さっきから心ここにあらずって調子じゃねえか。もしかして、本当はどっか打ったんじゃねえだろうな? 」


 心配そうな顔つきで聞いてくる鳥人(バードマン)に、私は手を振って答えた。


「いや、本当に何でもないんだ……ありがとう」


 なおも様子を聞いてくる鳥人(バードマン)を無理に振り切って、私は再び柵の入口の方へ向かった。入口の門は既に閉ざされ、その前で純粋人類の兵士が一人退屈そうな顔で番をしていた。近寄り、声をかける。


「やあ、ちょっと聞きたいんだが……今通った鳥力車に、測量士が乗ってたよな? あれって、ここの工事に関わってる人かい? 」


 兵士は出かかった欠伸を途中でやめ、マヌケを見るような目で私を見た。


「ここの、って……そりゃお前、現場に入ってったんだから、工事の関係者に決まってんだろうよ」


「決まってる――ってことは、あんたは、実際にあの技師を知ってるわけじゃないんだね? 」


 私の質問に、兵士はうるさそうに眉をひそめた。


「そりゃ、工事に関わってる人間全員を覚えてるわけねえだろう」


「つまり、知らない奴だったわけだ……何だってそんな奴を通しちまったんだい? 」


「お前、ケンカ売ってるのか? 」


 兵士は苛立ちを声ににじませながら歯を剥いた。


「お前らの大将が、ご丁寧に送ってきたからだろうが! うちの上役と、お前らジュナルガククの大将との間で、約束が出来てんの、知ってるだろ? お前らの大将が、うちの技師を守って送り迎える。それが決まりだろ」


 私は、また低く唸った。何となく読めてきたような気がする――これがマリグの狙いだったのではないだろうか? 現場に入る技師や業者をいちいち送迎するのが日常になれば、やがて誰も注意を払わなくなる。技師の格好でもさせておけば、誰だろうと現場の中へ送り届けられる。


 兵士が何事か怒鳴っていたが、もはや私の耳には入らなかった。顎をひねり、必死で頭の中の歯車を回転させながら、私は天幕の下を歩いた。何かが進められている。それも、私が想像していたよりも、はるかに速いペースで。

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