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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 子らを悼む歌 ~
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第6話(1)

 ポンチョを羽織ったパルと共に玄関を出て、真鍮ドアに磁力錠をかける。探偵のわび住まいに盗人が入るとも思えなかったが、一応は用心のためだ。そんな私を、待ちきれないといった様子でパルは見つめていた。


 今日の上着は、外界風の柄を鮮やかに刺繍したロングコートだ。最近、中央市場の古物市で買った。はるばる外界から質流れやらで流れ着いて来たものらしい。古着ではあるが作りがしっかりしているので、着ていて不快な感じはない。内側に深いポケットがいくつかついているので、便利でもある。何より、羽根のあるドラゴンをあしらった柄が私好みだ。この鮮緑色の鱗と合わせても負けない印象を持つ服と言うのは、なかなか得がたい。現時点での、私のお気に入りだ。


「……よし、行こうか。竜列車に乗ったことは? 」


「何度か……父さんと」


 パルは私の目を見ずに答えた。私も、目をそらす。父親のことを引き合いに出されては、黙るしかない。父親代わりを気取れるほど、私の面の皮は厚く出来ていない。いくら鱗が生えているとはいえ。

 そのまま、私たちは黙って竜列車の駅まで歩いた。私は荷物の重さだけに心を振り向けようと努力しながら、ただ前を見つめて歩いていた。駅に着き、切符を買う間、パルは私の荷物の番をしながら本を読んでいた。私が書棚から貸してやったのだ。昨日と同じ、『深層に見る、旧神イユル=ゲマフの祭礼』。内容はほとんど分からないようだが、挿絵や図解を目当てに読んでいるらしい。気を張ってはいても、故郷が恋しいのだろうか。


「気に入ったのか、それ」


 声をかけると、パルは私を見上げ、ほんの少しだけ笑った。


「内容は分からないけど……こうやって、誰かが僕らのことを書き留めてくれてるって分かるのが、なんだか嬉しいな」


 私は頷きながら、パルの横に屈みこんだ。


「分かるよ、そういうの。自分が穴蔵の中にいると思うと、変に寂しくなる時って、あるよな……私も、そういう『誰か』に会いたくて、深層から上がってきたようなもんだ」


 パルは私の顔を、初めて見るもののように見ていた。何か口を開こうとした時、ちょうど、ホームに竜列車が入ってきた。私たちは、黙って瞳を見交わした。


「……行こう。第7大隧道へ、戻るんだ」


 パルは本を閉じ、立ち上がった。私は一抹の寂しさを感じながらも、荷物を持ち上げ、パルの後に続いた。


「仰せのままに。今の雇い主は、一応、君だからな」


 「一応」と言ったのは、パルからもらった旧貨幣は返す気でいるからだ。あれは金庫から出し、反故紙にくるんでコートの中にしまっている。プロとしてタダ働きをする気まではないが、流石にあれほどの品を子供の一存でもらうわけにはいかない。

 私は、コートの上から旧貨幣の感触を今一度確かめた後、竜列車に向かった。パルの足取りを追い、その揺れるポンチョの裾を目で追いながら。


   *   *   *


第7に着くと、まずはパルの案内で彼の家を目指した。出発の前にどこか料理屋にでも寄って休憩にしないかと提案したのだが、パルは断った。


「食事なら、うちでだって出してくれるよ……多分。それに、時間はいくらでもあるってわけじゃないんだし」


「そんなに焦る必要があるのか? そりゃ、父さんのことを想う君の気持ちは分かるが、いくら慌てたところで……」


 私は気遣うつもりで口を出したが、パルはうるさそうに答えた。


「昨日の話じゃ、父さんは何か大きなことに巻き込まれて死んだかもしれないんでしょ? だったら、こうしている間にも、その『大きなこと』を起こしてる奴らが、証拠を隠してしまってるかもしれない。何が起こるか分からない、キナ臭いって言ってたのは、あんたじゃないか」


 私はやりこめられた形になり、ただ肩をすくめた。感情的になっているところはあるが、激情に逸る中にも冷静な部分がある。賢い子だ。だからこそ、より、たちが悪い。


 私たちは、駅から6番街に向かって大通りを歩き始めた。子供の脚にはちょっと辛いかと思われる距離だが、パルの足取りはしっかりしたものだった。ここから私の事務所まで歩きとおすほどなのだから、このくらいの距離は問題にもならないのだろう。そのまま歩きつづければ工場へと至る道を、やや逸れて横道へ入る。バラックのような薄汚れた住居が立ち並ぶ界隈を、私とパルとは連れ立って歩いた。

 薄暗くじめじめした裏通りで、ところどころにうずくまる鳥人(バードマン)の年寄りや、地面に絵を描いて遊ぶ鳥人(バードマン)の子供の姿が見られた。もともと鳥人(バードマン)部族の集落があったところだとは聞いていたが、なるほど、その集落の住民がまるごとこの辺りに居を構えているわけなのだろう。煮込みすぎたスープと小便の臭いが、空気のどこかに淀み漂っている。あまり居心地のよい場所ではない。が、パルは意に介さぬ様子で歩を進めた。


 やがて、一際古びた住居の前で、パルは足を止めた。見ると、真四角の箱をポンと置いたような、板造りの簡素な建物だ。屋根の部分に、ギザギザと黒いひさしが天に突き出し、大隧道の天井を鋭く切り取っている。

 パルは玄関先で少しためらう様子を見せたが、やがて、おもむろに戸を拳で叩き始めた。私はその後ろで、手持無沙汰に見守っていた。よく考えてみれば、パルの家族に会って何を話そうだとか、この状況をどう説明しようだとか、そういうことを一切考えていなかった。今さらながらに慌てる私を嘲笑うかのように、木戸は開かれた。


「……お前か 」


 奥から現れた老人は、しわがれた声でそれだけ言った。純白の長い羽根が、すだれのように顔じゅうを覆っている。クチバシは胸に届かんばかりに細長く、やけに白っぽい色をしていた。パルのポンチョとどことなく似た雰囲気の部屋着を着ている。かなり齢をとった鳥人(バードマン)だ。年齢から察するに、パルの祖父――部族の元族長だろうか。


「どこへ行っていた? 」


 老人は私の方には目もくれず、厳しい声でパルに問うた。パルは反射的にびくりと体を震わせた。普段から、あまり優しい祖父ではないようだ。恐れとバツの悪さを顔ににじませながらも、パルはきっと顔を上げ、はっきりした声で答えた。


「上に登ったんだ。父さんのことを調べてもらうために……ほら、お祖父さんも言ってたじゃないか、上には亜人の探偵がいるって」


 急に自分の話が出たので、私は面食らった。すると、パルに私のことを教えたのは、この老人だったのか。老人はパルの言葉で、ようやく私にも多少の注意を払う気になったようだ。長い羽根を瞼でもたげて、私の顔を見上げる。


「ほう、うろこ面か……ベク=ベキム、そう言ったかね? 」


 白いクチバシから思いがけなく自分の名が出て、私は再び度肝を抜かれた。


「いかにも、私はベク=ベキムですが……なんでまた、その名を? 」


 老人は喉の奥でフンという声を出し、両目にかかった羽根をかき分けた。私の問いに答えるつもりはないらしい。孫も孫なら、祖父さんも祖父さんだ。呆れる私に、老人は静かな声で言った。


「ジャル=ジャ=ク……そう言っても、お前は知るまいな。儂の名だ。かつてウルグ=シャイと呼ばれた、このあたりの鳥人(バードマン)族の長をしておった。そこのパル=パルからも聞いておるかもしれんが」


「やはり、そうでしたか」


 私は帽子を取り、頭を下げた。どうもこの男の声には、聞く側を恐れ入らせるような厳めしさというか、鋭さがある。仮にも一つの部族の長を務め上げた威厳というやつだろうか。私の態度に、ジャル=ジャ=クは大して感心した様子もなくフンと声を上げ、くるりと踵を返した。


「せっかくはるばる上から来たのだ、まあ、入っていきなさい。帰れといったところで、どうせお前のような連中は、勝手にこそこそ嗅ぎまわりだすのだろうしな」


 冷たい声でそう言うと、ジャル=ジャ=クはずんずん奥へと入って行ってしまった。聞き覚えのある言葉だ。工場で職工長のラギに言われたのと、ほとんど同じ言い草だ。私は肩をすくめ、パルと目を見交わした。パルは困惑した様子で、私を見つめている。


「何だ、なにか、私の顔についてるか? ……ああ、鱗がついてるって冗談はナシだぞ。そりゃもう大分使い古されてるから」


「……お祖父さんが、よその人を招き入れるなんて、あんまりないことだから」


 パルは小声で答えた。まあ、あの調子じゃあ無理もない。私はもう一度肩をすくめると、荷物を持ち、家の中へと歩を進めた。少し遅れてパルも、私の体に隠れるようにして続く。

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