第4話(後)
「静粛に、諸君! 」
朗々と響き渡る声でマリグは吠えた。騒がしかった人々が一転して、水を打ったように静かになる。なるほど、内面はともかくとして、舞台度胸だけは据わっているらしい。
ティルザはそんなマリグの後ろに立ち、油断なく周囲を見回している。いつの間にか、群衆の中から幾人かが進み出て、テーブルの天板かなにかを掲げ持ちマリグの周りを囲んでいる。2度目の狙撃を防ぐ構えだろう。周囲をちらりと確認した後、マリグは演説を続けた。
「諸君らの協力にも拘わらず、悲しいことに、この紛争を暴力により解決しようとする者が未だはびこっているようだ。ジュナルガククはそういった手段は取らない。もう一度、ここに宣言しておく。我らは暴力を使わず、理性の力によって深層の自立を勝ち取る」
マリグは叫び、拳を天に突き上げた。歓声と共に、聴衆たちも拳を上に突き上げる。まるで宗教儀式だ。刃物が出てきたことも、異常な興奮に拍車をかけている。マリグは熱狂の度合いが充分に高まったのを見計らって、腕を降ろし、改めて声を張り上げた。
「だが、ここで一つ、考えてほしい……なぜこの車が撃たれたか? 資材を運ぶ定期便に過ぎないこの車が、何故撃たれねばならないのか! 」
御者がビクッと体を震わせて、荷台のマリグを見上げた。よく見れば、周囲の連中が守っているのはマリグだけで、運転席の御者はまるっきり無防備のままだ。それに気づいたのか、御者は首をすくめて席の上で縮み上がった。マリグはまるで意に介さず、聴衆を見回しながら続ける。
「今までにも、石を投げたり、資材を運び込めないよう道を塞いだりということはあった。だが、今の攻撃は、明らかに人の命を狙った卑劣なものである! 今までの妨害工作とは一線を画す……いや、一線を越えてしまったものと言わねばなるまい。
また、諸君も記憶しておることと思うが、つい最近もまさにこの道で、命を絶たれた『うちびと』がいた。謎の殺人に続いての、今回の襲撃――この2つに関係はあるのだろうか? あるとすれば、一体何を示唆しているのか? 」
「俺からも、ひとつ、いいか? 」
横合いからティルザが進み出て、口を挟んだ。マリグは黙って頷く。
「その、矢尻を寄越せ」
ティルザは集まってきた亜人の一人から矢尻を取り上げ、高々と掲げた。
「見ろ。この矢尻は、上層の鉄で作ったものだ。上の冒険者連中がよく使う品だな。この色合いは不純物が含まれているために出るものだ。深層の鉄鉱石を使ったら出ない色だ」
たちまち周囲がどよめきだした。怒りに至る一歩手前の困惑とでもいった表情を浮かべ、亜人たちは矢尻を見つめていた。と、ローブをはためかせながらマリグが両腕を広げる。
「静粛に、静粛に、諸君。まだ憶測に過ぎないことをとやかく言うのは止そう。だが、これだけは言っておかなければならない。我々ジュナルガククはあくまで非暴力を貫くつもりだが――暴力による支配を上層民があくまで押しつけて来るのなら、私は断固としてこれに立ち向かう所存である!
諸君、どうだ? 私に賛同してくれるか? それとも、敗北者として暴虐に甘んじるか! 答えてくれ! 」
たちまち大歓声と共に、群衆の拳が天目がけて一斉に突き上げられた。マリグの名を口々に叫びつつ、人々は揃って腕を掲げる。群集心理が熱狂を後押しし、あたりは興奮のるつぼとなった。その中で、マリグは荷車から降り立ち、両手を掲げて、大歓声の上を抜けて徹る大音声を放った。
「ありがとう、諸君!! 」
誰が始めるでもなく拍手がぽつりぽつりと始まり、その波は群衆全体に広がっていって、ついには天幕全体を揺るがさんばかりの大音響と化した。柵の内側から、音をいぶかしんだ工員たちが顔を出し、異様な雰囲気に度肝を抜かれて慌てて引っ込む。マリグは工事現場の方には目もくれず、すたすたと天幕の方へ歩き出した。ティルザや、盾代わりの板を持っていた亜人たちも、後に続く。
後に残された御者は、しばらくの間身をすくめたままぽかんとしていたが、やがて我に返ると、雰囲気と音に脅えているオオツチドリを鞭打ち、柵の中へと荷車を急がせた。このままその場にぐずぐずしていたら、2度目の狙撃を受けかねないとでも思ったのだろうか。
「いやァ、一時はどうなることかと思ったが、流石俺たちの大将だな」
馴れ馴れしげに、さっきの(バードマン)が私の肩に腕を回してきた。私は曖昧な笑顔で答えた――が、心中は穏やかでなかった。
さっきのは、どう見てもパフォーマンス、田舎芝居だ。緩い速度とはいえ走っている荷車に横合いから矢を打ち込むだけでもそう簡単な芸当ではないと言うのに、それを切り落とすなど、打ち合わせでもしていない限り無理な話だ。
マリグの言いぐさも、あまりに都合が良すぎる。実行犯を突き止めようともせず、申し訳程度に第2射を防ぐポーズだけ取って、演説にかまけるなど――もし犯人が本気でマリグを、または御者を殺す気ならば、迷うことなく第2射を放っていただろう。
純粋人類や上層の教会に罪を着せ、過激な方向へ群衆を導こうとする、マリグたちの芝居――少なくとも、私の目にはそう見えた。私は言いしれない嫌悪感に鱗を震わせた。
芝居の田舎くささや、いいように操られる群集心理の不気味さ、それもある。だが本当におぞましいのは、彼らが自分たちの行いを邪悪と考えていないらしいという点だ。マリグの目は、信念の澄んだ光に輝いていた。己の信じる思想のためであれば、どんな手段も許される。そう、本気で信じている目だ。私が、どうしても許容できない種類のまなざしだ。
考えれば考えるほど苛立ちが募ってくる。私は気を取り直し、調査を続行することにした。まずは、この(バードマン)の馴れ馴れしさを最大限利用させてもらうことにしよう。
「そういや、マリグさん……だったか? あの人、ここで人殺しがあったとかなんとか言ってたな。本当か? そんな物騒なことが、ここらじゃしょっちゅう起こってるのか? 」
(バードマン)は訳知り顔に指を振って見せた。
「おっと、そういう話をあんまり大っぴらに話すなよな。こっちがビビってる素振りを見せたら、上層の奴らはすぐ付け込んでくるんだからよ……とはいえ、新入りならそこらへんのことを知りたいだろうしな。よし、ここは俺が、簡単に説明してやろうじゃないか。
まず、人死にがあったってのは本当だ。1週間くらい前だったかな。(バードマン)が、ちょうどこのあたりで倒れてたんだ。天幕が張ってあるこの辺から、ちょっと離れたところだったそうだが。頭をカチ割られてたんだとよ」
「で、それが上層の連中の仕業だと? 」
私の問いに、(バードマン)は意味深な目つきで首を振った。
「第7を仕切ってるギルドの私兵どもじゃ、誰が殺したかまでは突き止められなかった。と言うか、突き止められなかったことにして、うやむやにしたんだ。そりゃ、そうだろう、連中だって純粋人類だもんな。上層の奴らが目障りな俺たちジュナルガククに思い知らせてやろうと殺したんなら、そっちを庇って当然だ」
私はうんざりした。ひどく不公平な証言者だ。あまり内容に信頼を置くわけにもいかない。参考程度に聞いておこうか。思いながらも、私はさらに突っ込んだことを聞いてみた。
「だが、マリグさんを狙うならまだ分かるが、単なる職工を殺したところで、どうなるもんでもないんじゃないか……その(バードマン)、なんか狙われる訳でもあったのか? 」
「そこだよ、兄弟」
ぐいと身を乗り出しつつ、(バードマン)は鼻息も荒く頷いた。いつの間にか私の呼び名が「兄弟」に変わっている。調子のいい奴だ。
「そいつの出自が問題なんだ。殺されたのは、ビアルって名の織物工だったんだが、こいつがなんと元族長の息子でな。上からの踏査隊が来て、織物工場を立てると決めた時、奴の親父は族長を降りて部族を解散させた。そんで土地を明け渡し、代わりに職工の口にありついたってわけさ。言ってみりゃ、祖先から受け継いだものを売り渡しちまったわけだ。
ビアルって男はそれが許せなかったらしくてな。座り込みを始めたマリグに、あっちからコンタクトを取ってきたわけだ。昔のよしみで集めた(バードマン)職工と一緒に、ジュナルガククに入りたいってな。
マリグはもちろん快諾した。組織にとっても、人数が膨らむのはいいことだからな。ところが、その矢先に当のビアルが叩き殺されちまったってわけだ。もう、一族の連中は大騒ぎよ……なんでもビアルの息子まで、姿をくらましちまったって言うしな。同じ工場の奴らがよ、深刻そうなツラして言ってたぜ。俺はもともと別の部族の出だから、詳しいことは聞けなかったけど」
私は驚いたような表情を作ろうと苦心しつつ頷いた。パルに聞いた話以上のことは、この(バードマン)も知らないようだ。ただ、パルの父ビアルがジュナルガククに所属していたことは分かった。そこに、いろいろと怪しげな部分があることも――
あるいはビアルの死も、先ほどの狙撃のように仕組まれたパフォーマンスだったのか? 得体のしれない狂信的な連中のやることだ、可能性はある。だが、座り込みの士気を煽るために人ひとり殺すと言うのは、明らかに割に合わない。かと言って、状況から見ても、何の関係もないとは考え難い。まだ私の知らない何かが隠されているのだ。ここは、慎重に動かなくては。
「……おい、どうかしたか? 」
考え込んだ私に、(バードマン)が訝しげに話しかけてきた。私は慌ててごまかす。
「あ、ああ、別に何でもない。ちょっと考え事をしていたんだ……それはそうと、私は一旦帰るよ。実のところ、仕事もあるし一日中座り込みをしてるってわけにはいかないんだ。申し訳ないけど」
「ああ、気にするこたァないよ」
(バードマン)は鷹揚に手を振った。
「そういう奴は、他にもたくさんいるからね。俺だって、まだたまには工場での仕事を続けてるんだ。炊き出しもあるけど、それだけじゃ食いつなげないもんでな。ジュナルガククだって、ここにいる全員を養えるわけないんだし」
私は心の中で唸った。炊き出しには、ジュナルガククが金を出していたのか。すると、その費用はいったいどこから? 連中のカネの流れも追わなくてはなるまい。こりゃ、忙しくなりそうだ。
私は(バードマン)に別れを告げると、弱まりだした太陽苔の光を眺めながら、駅へ向かい歩き出した。もうじき日が暮れる。まだ調べたいことは山ほどあるが、今日中に帰るとパルに約束したのだ。
それに、どの道一旦事務所へ戻らなければならないのだ。ビアルの身辺を調べるにあたり、彼の父でパルの祖父にあたる(バードマン)の族長に話を聞く必要がある。だが、片一方では孫息子を家にかくまって隠しながら、何食わぬ顔で死んだ息子の話を聞きだすなど、出来そうもない。ただでさえ部族内はピリピリしているらしいのだ。何の接点もない人間が押し掛けて行って、ビアルの話を聞けるとも思えない。
何かを聞き出すなら、パルを部族の元に送り届けてからでなくては。だが、それを彼自身が承知するかどうか……重い心を抱え、重い足取りで私は歩いた。やっぱり、子供というやつはどうにも苦手だ。




