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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ こちらコールドブラッド探偵社 ~
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第4話

 私は『星と月』亭を出た足で、空中市場を出て、竪穴の内壁部へと向かった。


空中市場は第6大隧道と第7大隧道のほぼ中間地点にある。

踏査がほぼ完全に済んでいるのは第6大隧道までであり、冒険者たちが本格的な探索を行う、いわゆる『深み』は第7以下の大隧道であるため、そのちょうど手前となる空中市場周りは冒険者のベースキャンプ的な役割も担う。

冒険者ギルドも、本部こそ空中市場の中心街にあるが、登録所などといった実務の拠点は内壁部にある。

内壁を伝って螺旋状に降りていけば、『深み』の入口へとたどり着くのである。


 と言っても私の目当ては『深み』ではない。その手前の、探索手続事務局である。

遺跡の探索も、勝手に行っていいわけではない。事前に冒険者ギルドへ登録を済ませておかなければ、発掘品を持ち帰っても「盗掘品」と見なされ、ギルドに見つかれば接収だし、隠しておいたところで表のマーケットに流すことは出来ない。


窮屈な制度だが恩恵もある。事前の登録と保険料の支払いさえしておけば、万一事故に遭っても救助隊を出してもらったり見舞金を受け取ったり出来るし、ギルドに加盟しておけば探索の仲間を探すのもたやすい。

そしてまた、冒険者についての情報を得たい探偵にも、ギルド制度は恩恵をもたらす。

正式な冒険なら、必ずギルドの登録所に情報が残っているはずなのだ。


 太陽苔の灯りは消えていたが、街灯があたりを明るく照らしていた。

目指す事務局は、木造二階建ての簡素な建物だ。冒険者の装備と同様、必要になればすぐに畳んで回収できそうなたたずまいである。冒険者街というのは大体同じような、根無し草という言葉を思い起こさせる雰囲気がある。私は塗装も何もない板切れのドアを開け、中へと踏み入った。


 狭い待合室と、奥に受付カウンターがひとつ。

受付嬢は一人だけ。私の編み上げ靴が床をきしませたその時、ちょうど大欠伸の3分の2が終わったところらしかった。


「……ようこそ、冒険者ギルド事務局へ」


 眠たげな、鼻にかかった声で受付嬢は挨拶し、頭を軽く下げる。

帽子のせいか眠気のせいか、私の容貌には気づいていないらしい。好都合だ。話を聞くのに面倒がなくていいし、何より女性に顔のことで何か言われるのは私でも結構傷つくのだ。


「登録でしたら、こちらの書類に必要事項と、ご希望の階層、パーティでの役割をお書きになって……」


「いや、悪いが冒険者じゃない」


私は手袋に包まれた手を差出し、受付嬢の口から自動的に吐き出される言葉を遮った。


「探偵でね……ちょっとものを尋ねたいんだが、今、いいかな? 」


「探偵……? 」


受付嬢の閉じかけていた目が、やや大きくなり、私の顔を見た。とたんにその目が真ん丸になる。

改めて顔を見ると、まだほんの娘っ子という齢だ。後ろでまとめた髪が少し大人びた印象を強調していて、かえって背伸びしたようなぎこちなさを感じさせる。


「あ、私の顔についての話だったらやめてくれ。仕事中に男前を見せびらかして遊ぶのは出来るだけ避けてるんだ。そういうのはプライベートでやることにしてる」


 帽子の庇を下げながら軽口を叩くと、受付嬢は苦笑気味に笑った。

まあ、私の冗談としては受けたほうだ。ここ数か月では最高の部類に入る。


「ええ、何でもお答えするというわけにはいきませんけど、私に答えられることなら」


「みんながみんな、私の顔を君のように理知的に受け入れてくれたら、世界はもっと住みやすいんだがね……えーと? 」


私は彼女の胸元にピン止めされた名札を見た。ミアナ・フルウム。


「ミアナ、3か月ほど前の記録について調べたいんだが、まだ残ってるかな? 」


「3か月……ええ、まだ記録棚の整理前だから、記録庫行きにはなってないわ。すぐ取り出せます。なんの記録が見たいんです? 」


「第7大隧道、ゲム=ウルピヤゲム神殿への冒険記録だ」


私は顎をさすり、考えながら言った。


「おそらく帰還者無しの項に収納されているだろう。パーティメンバーの名は1人だけ分かる――トッシュ・ガルム。すまないが、探してきてくれないか? 」


「第7大隧道の、帰還者なし記録ですね」


ミアナは羽根ペンで素早くメモを取ると、立ち上がった。


「少々、そうですね、5分ほどお待ちください。そちらにソファがあります。ちょっとした読み物もありますよ」


 魅力的な微笑を残し、ミアナは奥へ引っ込んでいった。魅力的な娘だ。

大体私は、この顔を見てもあまり驚いたり怖がったりしない子を無節操に好きになる癖がある。齢を取るにつれて、この困った癖はより強くなっているようだ。


頭を冷やすために私はソファに腰かけ、傍の本棚から適当に一冊取った。

『深層に見る、旧神イユル=ゲマフの祭礼』、ヴァーニ・ジョルダンスン著。知った名前だが、こんな本を書いていたとは知らなかった。急に興を覚え、私は居ずまいを正して表紙を開いた。かなり昔の本らしい。こりゃ掘り出し物だ。こっそり持ち帰れないだろうか。


 呑気なことを考えながらも私は、外に視線を送ることを忘れなかった――窓の外は濁り水のような暗闇だが、その中に時折2つの影が揺らめく。

中央市場から、ずっと尾けてきている。

顔は分からないが――どうも、『空に星』亭で見た、2人の大男ではないかと思われる。ヒューゴーが連れていた、人相の悪い連中だ。


 さて、どうするか……私は本のページをめくりつつ、少し考えた。腹の傷が少し痛んだ。昼間の傷だ。無理はするもんじゃない。しかし、見張られているというのは気分の悪いものだ。ことに、人の視線にナイーブな私としては。


 ……それに、はっきりさせておきたいこともある。ヒューゴーは何のつもりなのか?


 私は思い切って立ち上がり、未練の残る手で本をソファの上に置くと、入口のドアを勢いよく開け放った。

 2人の男は、びくりと体を震わしてこちらを見た。片方は、紙に包まれたケバブを今まさに口に入れようとしているところだった。

雑な尾行だ。逆に言えば、今のヒューゴーはこういう、雑な連中しか動かせないということだ。

私は考えながら、用心深く言葉を選んだ。


「やあ。中から、姿が見えたもんだから……茶でも飲んでかないか? 私の家じゃないけど」


 2人の大男は顔を見合わせ、、鏡写しのように首を傾げた。ケバブの方が先に口を開いた。


「お前、何しに来た? 故買屋を調べるんじゃないのか? 」


 私は笑いをこらえるのに苦労した。何をやっているか、と来たもんだ。


「それはこっちのセリフだ。あんたら、ヒューゴーの使い走りだろう? 何のつもりだ? 捜索の方法に関しては、こっちに任せてもらったもんだと思ってたんだが? 」


 2人はまた顔を見合わせた。

ケバブの方は、持ったままだったケバブを口に押し込み、もしゃもしゃと咀嚼した。喋るのはお前に任せる、という意思表示だったらしく、今度はケバブを持っていなかった方が喋り出した。


「別に、てめえがどんな無駄足を踏んだところで俺たちにゃ関係ない話だが――それでも、お前にはカネがかかってる。余計なことを考えながら、見当はずれの所をフラフラするようなら、カネはやれねえ」


 男は私に向かって一歩踏み出した。

確実に、私より頭一つ分は背が高い。よくまあここまで馬鹿でかく育ったものだ。


「余計なこと、と言うと? 」


 私が問うと、男はまた相棒と顔を見合わせ、今度は2人揃って私に詰め寄ってきた。

脇腹に、金属の硬い感触を感じる。コートの下に隠した、大剣の柄を押し付けてきているのだ。


「もう一度だけ言うぞ。てめえはガルムを探すためだけに雇われた。俺たちのボスはてめえにカネを払っている。ボスにはてめえがちゃんと調査をしていると確認する権利がある……そこでだ。ここで何を調べてる? 故買屋の調査はどうなった? 」


 私は2人に挟まれたまま、手袋を外しながら微笑んだ。


「そう、仕方ないな、白状すると……受付嬢を口説いてたのさ」


 2人はまた顔を見合わせ、頷いた次の瞬間、当たり前のように拳を繰り出してきた。

 顔面を貫くはずだった打撃を、身をよじってそらす。肩口に拳が当たって多少よろめいたが、距離を取ったので大したことはない。もう1人の男がコートの下から剣を取り出す。間髪入れずその手を蹴った。鞘に収まったまま、大剣が音を立てて転がる。ナントカに刃物は御免こうむる。


 さっき殴りかかってきた男が、もう一発とばかりに突っ込んでくる。口の脇にソースがついている。こっちがケバブの方だったか。考える間もなく拳が目の前にやってくる。私は屈みこんでかわし、その勢いで相手の股間に編み上げ靴をしたたか叩き込んでやった。

男は呻きながらうずくまった――だが、その体が邪魔になり、もう1人のほうのタックルをかわす余裕がなかった。アウトレンジからの打撃戦は不利と見て、組み打ちに切り替えたらしい。冷静な判断だ。


 胴を締めつけられ、押し倒されそうになるのをこらえつつ、私は男の背中にひじ打ちを立て続けに見舞った。しかし効き目はない。固い感触から、男がコートの下に鋼鉄のチェストアーマーかなにかを着込んでいるのが分かった。用意周到なことだ。

そのまま、私は地面に叩きつけられた。頭は打たなかったが、背中が固い地べたに打ち当てられて一瞬息が止まる。そこに男が覆いかぶさり、私の首に手を伸ばしてきた。生暖かい息が鼻から勢いよく吹きだされ、私の顔を撫でる。


 私は太い指に向かって歯を突き出し、なんとか身を守ろうとした。同時に、左手の手袋を外す。

なにか「撃つ」ものがあれば……こういう時、剣でも魔導武器でもいいから得物を携帯しておけば、と後悔する。

 圧しかかっている男は、低く唸り、口の端から泡を飛ばしながら、牙を避けて私の首を掴みにかかる。

下敷きになっている私は、相手の体を腕で支えて少しでも押し上げるのが精いっぱいの抵抗だった。

相手の指が私の首筋にじりじりと近づいていく。もう少しで届きそうだ。もう少し、もう少しで――


「間に合った」


私は呟いた。


「危ういところだったが、時間切れだ」


 相手がその声を聴くのを待たず、左手を――魔力の溜まりきった左手を、相手の胴に押し付ける。

コートの厚い布を通して、相手の着ているチェストアーマーに、魔力が伝わっていく。鋼鉄の塊は、大地から切り出された大地の欠片。大地の魔力をよく通す。

 私は引き金を引いた。


「がっ……!?」


 男の目が驚愕と苦痛に見開かれる。コートの中で、鋼鉄のチェストアーマーがこぶし大にくり抜かれ、相手の腹にめり込んだ。私がさらに魔力をねじ込むと、チェストアーマーの破片は男を私の上から跳ね飛ばし、数歩離れた先まで投げ出した。重たいものの落ちる音がして、それきり静かになった。


 私は服の埃を払いながら、ゆっくりと立ち上がった。

上着はだいぶよれてしわになっているが、まあ別段気に入った服でもないし、惜しくもない。ただ、圧し掛かられた時にポケットの金具が鱗にめりこんで、何か所か切り傷が出来ていた。

趣味の悪い服は着るもんじゃない。


 もう1人の方――ケバブを食っていた方は、まだ股間を押さえてうずくまっている。


「悪かったよ、強く蹴りすぎた……だが、そっちも悪いんだぜ。飛んでったお仲間をよろしく頼む」


 私はそう声をかけてから、ちょっとタフガイを気取って地面に唾を吐くと、ギルド事務局のドアをくぐった。


 受付嬢ミアナは、服をしわだらけにして外から入ってきた私に、不思議そうな瞳を向けた。


「あ……どこにいらしてたんです? お探しの資料なら、とっくに見つかりましたよ? 」


「悪い悪い、ちょっとその……まあ、友達と遊んでたのさ」


 気取ってニヤリと笑った瞬間、腹の傷が痺れるように痛んだ。傷口が開いたらしい。やっぱり、タフな男を気取るものではない。


「……はあ」


ミアナはあいまいな笑みを浮かべた。また何か妙な冗談だとでも思ったらしい。

冗談ばかり言っているとこういう時困る。


「とにかく、これがゲム=ウルピヤゲム神殿への調査記録です。3か月前ということでしたが、一応、前後1か月くらい余裕を見て探しておきました」


 言葉とともに差し出されたのは、3、4束ほどの書類である。

その中に1部、付箋のつけられた書類がある。見ると、「ガルム」の名がある。


「これ、かな?」


 ミアナは頷いた。


「一応他の候補も持ってまいりましたけど、おっしゃっていたトッシュ・ガルムが参加している調査というと、それだけでした」


「フーム」


私は顎をひねりながら、書類をめくった。ゲム=ウルピヤゲム神殿への踏査申請。目的は、造成ギルドの開発調査。ヒューゴーから聞かされた情報と一致する。不自然なところは特に見られない。拍子抜けしたような気分で私はさらに読み進めた。


 パーティのメンバーは5人。前衛の剣士2人に、回復役の僧侶が1人、遺跡を調査するために鑑定士が1人。そして、最後におなじみの、魔導士トッシュ・ガルム。属性は炎――最後?


「ねえ、本当にこれで全員だったかな? 」


「ええ、確かですよ」


ミアナは少々心外そうに答えた。


「ゲム=ウルピヤゲムへの調査記録はそれ1つでしたから、間違えようもありませんし」


「ふーん……分かった。すまないね、ありがとう」


 私は考え込んだ。

ゲム=ウルピヤゲムは水の神だ。水の神の神殿に向かうパーティに、炎の魔導士だけなんてことがあるものか? 水の神を祀る神殿ということは、神官も当然水の魔力の使い手である。各種の魔導機器や仕掛けも、水の魔力に反応するように作られているはずだ。水の魔導士を連れていけば、大部分の罠や魔導錠を無力化できる。それなのに……。


「これ、複製を取ってもらってもいいかな? この1枚だけでいいから」


私はパーティメンバーの情報が書かれた1枚を、ミアナに手渡した。

ミアナはにっこりと笑って受け取る。魅力的な笑顔だ。仕事を増やされたというのに嫌な顔一つしない。教育が行き届いているのもあるだろうが、今の私はこの娘自身の性格の良さと受け取りたい気分だった。


「それから、迷惑ついでにもう1つ頼みたいんだが……この申請を受理した担当者って、誰だか調べてもらえるかな? 」


「ああ、それだったら調べなくても分かりますよ」


ミアナは、書類の表紙を指さした。


「申請を実際に受け取った受付の者と、それを受理した責任者は、表紙にサインするんです。ほら、ここに名前があります」


 私はミアナの指さす先を見て、目を細めた。やはり、と言うべきか? 申請の受理責任者の欄には、「ヒューゴー・アルカヒム」の名前があった。


「……どうか、されました? 」


 私の顔色が変わったのを見て――もっとも、生物学に通じている者でもなければ「顔色」自体は変わらぬ緑色に見えただろうが――ミアナは不審そうに声をかけてきた。


「いや、大丈夫。ありがとう。非常に大事なことが分かったよ。素晴らしい。いい仕事をしてくれた」


 ミアナははにかんだような笑顔を見せた。


「お役に立てて、良かったです。では、複写を取ってまいりますね」


 奥へ入りかけるミアナに、私は声をかけた。


「あ、待った。もう1つ、頼みたいんだけど」


「……はい、何でしょう? 」


「この後、空いてる? 食事にでも、一緒に行ってくれないかな? 」


 ミアナはしばらくきょとんとしていたが、やがて吹き出し、くすくすと笑い始めた。私は肩をすくめた。


「この顔のいい所はね、どんな状況で女性を口説いても冗談で済ませられることさ。複写、よろしく頼むよ」


 まったく、いつも冗談を言っていると、こういうことになるのだ。

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