第3話(後)
工場のある方へ向かって、通りを進む。地面は砂利を敷き詰めて舗装されてこそいるものの、まだ多少のデコボコは残っており、歩きづらい。出来立て、粗削りといった感じだ。靴の心配をしながら、静かに歩く。
工場のある区画へ近づくにつれ、冒険者の姿が減り、代わりに亜人の影が増えていく。深層に寄りつく純粋人類と言ったらほとんどが冒険者で、工場などでの労働力としては、土着の亜人が重宝されているのだ。場所のせいか、やはりパル=パルと同じ鳥人が多い。そこここに、鳥人の子供の姿も見える。部族の子供たちだろうか。仲間内での遊びに夢中で、道ゆく私にはまるで無関心だ。試しに帽子を取ってみたが、誰一人目もくれない。この顔で道を歩いているのに、まったくの無視というのも新鮮だ。
押しなべて、亜人というものは他人の姿かたちにあまり頓着しない。文化のせいだろう。もともと深層では、亜人同士での混血はありふれたものであり、複数の部族が密集して暮らす地域では、親類同士でも大きく見てくれが違うという場合も珍しくはない。いちいち他人のツラに驚いていては、深層での生活なんて出来やしないのだ。
工場は、バラックめいた集合住居を抜けてしばらくした所に、ぽつんと建っていた。工場と言っても、設備は零細職人の工房に毛が生えた程度のものらしい。ただ、大きさだけは数倍だ。何十人という職工がここへ集まり、簡単な機織り機を動かし、染色された糸を絨毯やタペストリーに織り上げるのだ。敷地の周りには、簡単な柵が巡らしてあるだけだった。私は柵の一角に配された扉を押し開け、中へと入っていった。
5、6台の機織り機が並べられた中で、職工たちが忙しげに働いている。大部分は鳥人だが、猿人などといった他の亜人や、純粋人類も混じっている。染料の匂いと、新しい糸に特有の甘ったるいような匂いが入り混じって鼻を衝く。深層織の材料となる繊維は、ドクイバラからとったものだ。薬液に浸してトゲの毒を抜き、繊維を軟化させた後、叩くなどしてほぐせば、強靭な糸が取れる。この工場では、染色を施した後の糸を織り上げる作業を行っているようだ。私は、手近の職工を捕まえ、事務局でもらった証明書を見せた。
「仕事をもらえるって聞いて、来てみたんだが……誰と話したらいい? 」
鳥人の職工は、金色の目を細めて胡散臭げに私を見たが、やがて無言で工場の奥を指示した。彼の指さした先には、何やら難しい顔で職工たちの作業を見守る、恰幅のいい鳥人が一人。顔まで長い羽で覆われた、血の濃い鳥人だ。目の周り、特に人類で言えば眉に当たる部分に灰白色の長い羽が密集していて、その下に小さく丸っこいクチバシがついている。ちょっとフクロウに似た顔立ちだ。
職工に礼を言い、私はフクロウ男の方へと歩いて行った。相手は、私が近づいて行っても気づくそぶりすら見せず、熱心に作業の様子を見守っていた。時折、手にした紙にちらりと目をやる。話しかけるのがはばかられる雰囲気だったが、いつまでも眺めているわけにはいかない。私は思い切ってその鳥人の真ん前に立ち、話しかけた。
「やあ。ギルドの事務局に紹介されて来たんだけど、あんたがここのボス? 」
私の声にも耳を貸さず、鳥人は手元の紙を見つめていたが、やおら顔を上げ、とんでもない胴間声を張り上げた。
「何やってやがる! そこは2番じゃあねえ! 56番の糸はどうした!? 」
「すいやせん、朝のうちに使い切っちまいまして、補充の納品も遅れてやして……」
機織り機の傍らにいた、背の高い鳥人が答える。フクロウ似の男は舌打ちし、怒鳴り返した。
「だったら、誰かをひとっ走り製糸場まで行かせて、糸を取ってきやがれ! あれがなきゃあ、注文通りの品にならねえだろうが! 」
怒声に追い立てられるようにして、背の高い鳥人は工場の出口へと走り出した。フクロウ似の男はしばらく口の中で何事かぼやきつつ、再び手元に目を落として考えているようだったが、やおら何の前触れもなく、低い声で言った。
「で、おめえ、仕事が欲しいってのか? 」
あまりに唐突だったので、私に言っているのだと気づくまでに時間がかかった。私はどぎまぎしながらも、つとめて平静を装って答えた。
「あ、ああ。ここで欠員が出来たって聞いたもんで……」
「ついてこい。事務所が奥にある」
男はそっけなく言うと、自分だけすたすたと歩き出してしまった。私も慌てて後を追う。
通された「事務所」とやらは、机と椅子が1セット置かれている他には、片隅に書類棚が一つあるだけの殺風景な部屋だった。事務所と言うより、以前叩き込まれたギルド私兵隊の留置所に似ている。フクロウ似の男は大股に部屋に入ると、一脚しかない椅子に早々と腰を下ろしてしまった。
「くつろいでくれ、とも言えない部屋で、すまねえな。ま、その辺に立っててくれ。どうせそう長く話はしねえだろうからよ」
悪びれる様子もなく、男は言う。私は心中訝りながらも、愛想笑いをした――「長く話はしない」とは、どういうことだろう? 仕事の口はないと一蹴されるのだろうか? 本当に工場で働きたいわけではないから、仕事をもらえないのは望むところだが。
「座れないのは別にいいんだけどさ、仕事の方はどうなんだい? ほら、ここにギルドの事務局でもらった証明書もあるんだけど」
私が差し出す証明書を、男は気のない様子で受け取った。
「あそこの連中は、ヒマに任せて証明書を書きやがるからな……イタズラ書きと証明書の区別がついてねえんだ。まあ、深層まで来て地道に働こうなんて奴は珍しいし、出来る限り捕まえときたいって気持ちも分からないじゃあねえが」
私はぎくりとした。やれやれ、お見通しという訳か。
「で、名前はベク=ベキム、人種は……見りゃ分かるな、蜥蜴人種か。珍しいな。蜥蜴人種って言うと、一族だけで固まって深層の深いとこにジッとしてる連中だが」
「どんな集団にだって、例外ってのはいるもんでね……私は気さくなタチなんだ」
男は大して興味もなさそうに片眉を上げ、証明書を机の引き出しにしまった。
「さて、自己紹介が遅れたが、俺は職工長のジャ=ジャ=ラギ。長ったらしいから、呼ぶ時はラギでいい。工場での仕事は、大体俺が仕切っている」
「どうも、ラギさん……そうだ、人種と言えば、ここに勤めてる連中は、あんたも含めて鳥人が多いね。もしかして、そういう縛りがあったりすンのかい?」
私は何気ない風を装って、話を鳥人部族の方へ持っていこうとエサを投げてみた。ラギは食いついたようだった。
「別に、考えて採用してるわけじゃねえが……もともとこのあたりは、俺たちの部族が長年の住処としてきた場所なんだ。そこを工場にするんだから、一族に多少の見返りがあるのは当然だろう? 」
私は素直に頷いておいた。一応のところ、ここまでの話はパルが言っていた内容と符合する。問題はここからだ。工場の内情が知りたい。殺人の動機が、中にあるのか、外にあるのか。それだけでも特定しておきたい。私は考えながら言葉を選んだ。
「別に鳥人だけの職場じゃないってんなら、私を取っても問題ないんだな。良かった……ああ、そうだ、もう一つ。鳥人の職工で思い出したけど、欠員が出たことについて妙な噂を聞いててね。前に、鳥人の職工が一人バラされたっていうじゃないか。本当なのかい? いつ後ろから刺されるか分からないような職場で働くのはゴメンだぜ。それなら冒険者になって『深み』にでも潜った方が、ナンボかマシだ」
『深み』というのは、深層の中でも未踏査の奥深くを指す隠語だ。深みに潜るとか深みをさらうと言ったら、冒険の中でも特にギャンブル性の強い、深層奥地への踏査を意味する。真っ当な人間のする仕事とは言い難い。ラギも渋い顔をした。
「妙な勘繰りをするんじゃねえ。ビアルは……その鳥人は、何もこの工場で殺されたわけじゃない。」
「それじゃ、殺された職工がいるのは本当なんだな? 」
私の言葉に、ラギの白い眉羽根が吊り上がる。
「だから、この工場は無関係だと言ってるだろう! 第一そいつは、くたばる三日前にゃもう工場を辞めちまったんだから。ジュナルガククなんぞにはまり込みやがってよ」
「ジュナルガクク……? 」
私は記憶の中を探った。どこかでその言葉を見た――そうか、あのポスターだ。
「教会建設の反対運動ポスターに、その名前があったな。何なんだ、ジュナルガククって? 」
ラギは白い眉羽根の下からうっとうしそうに私を見たが、しぶしぶ低い声で話してくれた。
「ヒマを持て余したゴロツキどもの集まりさ。俺に言わせりゃ、そういうことになる。口じゃあ『亜人の解放』だの『純粋人類による侵略の阻止』だの言ってるがな。ただ、ゴタクを並べて徒党を組んで、騒ぎまわりたいだけなんだよ」
私は曖昧な顔で頷いた。ラギがその表情を見咎める。
「……なんだ、何か言いたそうだな? 」
「まあねえ……お互い亜人だ。ジュナルガククに仲間入りして楽しむほど若くないとは言え、主張は分からなくもないだろう? 」
私の言葉にも、ラギは首を振るばかりだった。
「そもそも、亜人だ純粋人類だって今さら騒ぎ立てること自体、妙ちきりんな話なんだよ。お前も蜥蜴人種なら、分かるだろう? 俺たちは祖父の代よりもっともっと前から、この深層で、混じりあって暮らしてきた。人種も部族もごちゃまぜ、信仰する魔神もバラバラで、自由気ままにな。そこに外からもう1種類くらい増えたって、何てこたァねえだろう? 」
私は頷いた。ラギの言うことにも実際一理あるのだ。もともとバラバラの『うちびと』には、一族意識と言うものが希薄だ。よそものに寛容なのは、そういった無関心の裏返しとも言える。むしろ、ジュナルガククなんてものが出来ることがイレギュラーなのだ。いったい、どういう組織なのか……顎をひねる私に、ラギは面倒くさそうに言葉を投げた。
「どうだ、何か嗅ぎまわる手がかりにでもなったか? 」
あまりに無造作なその言葉に、私はしばらく頭が働かなかった。嗅ぎまわる――私が!? 数拍のちに気付き、思わず声を上げる。
「おい、あんた……! 」
「『私が職工じゃないことを、知ってたのか』ってか? 」
ラギは工場内で眺めていた紙を机の上に広げ、並べ替えてみながら、こちらに顔さえ向けずに言った。
「そりゃあ、分かるさ。お前からは染料の匂いもしねえし、第一お前みたいに色彩感覚のないヤツが織物職人なんざ出来るわけねえだろう」
私は鼻白んだ。何もこんな時にファッションセンスをけなさなくたっていいだろうに。
「だったら、何だって私に情報を与えるようなマネを? 職工じゃないって分かってるんなら、ケツを蹴飛ばして追い出しちまえば済む話だろうに」
私の問いに、ラギはうるさげに顔を上げると、噛んで含めるように言った。
「何故ならば、だ。そんなことをしたらお前らみてえな連中は、なおさらここの周りを嗅ぎまわるだろうからだ。秘密がねえって時は、ヘンに隠し立てするとかえって怪しく見えるからな。一度ハッキリと言っとかなきゃならねえ、この工場に後ろ暗いところは一切ないってな。
ただでさえ、ちょいちょいキナ臭いことが起きてる最中だってのによ……」
「キナ臭い? 」
言葉じりを捕らえた私に、ラギは嫌な顔をしながら立ち上がった。
「話はこれで終わりだ。さ、出てってくれ。それとも、本当にここで働こうってのか?
……いや、ダメだな」
ラギはふと真面目な顔になり、考えるそぶりで言った。
「お前みたいな奴を入れたら、絨毯の色合いがメチャクチャになっちまう。紫と緑のだんだら絨毯なんぞ、考えただけで吐き気がするからな」
「私のセンスは、どちらかと言ったら洗練された若者向けの……」
言い返しかけ、ラギの固い表情を見て、口をつぐむ。触らぬ神に祟りなしだ。
事務所を追い出され、工場の中を通り抜けて、私は外へ出た。出がけに、さっき工場を出て行った背の高い鳥人とすれちがった。俵型にまとめられた巨大な糸の塊を担いでいる。色は目の覚めるような紫だ。私は複雑な気分で彼を見送った。何にしても彼は、怖い職工長に怒鳴られることだけは免れるだろう。
しかし――敷地を出ながら私は考えた。ラギは「キナ臭いことが起きてる」と言った。ビアルの事件を「起きてる」と表現するのもおかしいし、ジュナルガククの抗議運動のことだとも考えにくい。あれはラギにとってはあくまで他人事だ。すると……最有力候補は、パルのことだ。彼が部族の財産である旧貨幣を盗み出し、ついでに拳銃まで持ち出して失踪したこと。同じ鳥人の部族に属するラギが気遣っていても、おかしくはない。
とすると、私の立場も難しくなる。失踪した子供を私が保護していると知れたら、今後の活動に支障が出る。誤解から私刑にかけられるというのが最悪の展開だが、仮に連中に分かってもらえたとしても、パルが復讐を企んでいることは伝えなければならない。そうなれば、果たしてどうなるか……もし仮に、殺人者が鳥人部族に属しているとしたら? パルの復讐と殺人者の庇護、どちらに部族は動くのだろう?
答えの出ない問いを抱えたまま、私は歩き続けた。少なくとも、やらねばならぬことは残っている。この状況ではかえってそれが有難かった。




