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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 探偵 マフィ・エメネス ~
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第2話(前)

 キブルに連れられて、あたしは空中市場の中心街へと向かった。


 空中市場は、中心へ近づけば近づくほどデカい店やまっとうな商人たちが暮らす華やかな区画になっている――ま、おもてむきは。あたしらのような、ギルドからもつまはじきにされる木ッ端商人は端っこに追いやられて、ごみごみした一角で雑多に店を開いている。それはそれで、なかなか賑やかなんだけど。


 目的地は、中心街のさらに中心。バザールの私兵隊詰所だ。正確には、詰所に隣接して設置されている留置所だが。

 あたしはローブの前をバタバタ開け閉めして風を入れた。朝方とはいえ、歩くとけっこう暑い。あたしには猿人の毛皮があるからなおさらだ。ローブの上からベルトを締めただけの軽装で出てきて正解だった。


「そンで、あいつ、どうしてんの? 大人しくしてる? 」


 あたしが話しかけると、キブルは飛び上がりそうになって、バネ仕掛けのようにくるりとこちらを振り向いた。


「は、はい? 」


「そう怖がんなって……悪かったよ。あんたが何も言わなかったらあたしだって何もしねえって」


 あたしはバツの悪さを感じながら手を振って見せた。キブルはなおも疑わしげにこっちを見ていたが、一応納得した様子で答えた。


「ベキム氏かね? まあ、しょげかえってるといったところかね。何しろ、ほとんど現行犯みたいな形で捕まったのが昨日の深夜で、それからずっと拘束されているからな……」


「昨日から、ずっと! ハハ、そりゃまた、ご愁傷様」


 あたしは思わずニヤリとしてしまった。他人を呼びつけるんだから、それくらい苦しんでてもらわなきゃ割に合わないってもんだ。キブルは「不謹慎な」とでも言いたげな表情であたしを見たが、構うもんか。こっちは朝早くに叩き起こされてるんだ。


 留置所の中に入って、あたしの笑いがさらに大きくなった。こりゃ、あんまり快適そうじゃない。じめじめと湿った石造りの建物で、汗と小便の匂いがこびりついている。歩くと足音が陰気に反響して、不気味なこだまとなって帰ってくる。こんな所に一晩か。さぞ楽しい思いをしたことだろう。

 あたしは、廊下の突き当たりにある一室に案内された。独房は石壁とドアで区切ってあり、ドアを開けると部屋をさらに鉄格子で区切ってある。その鉄格子を挟んで、来訪者と囚人は面会するわけだ。あたしを通すと、キブルは早足に部屋を出た。外で待っているつもりらしい。プライヴァシーを尊重した……というよりは、汚らしい独房で凶暴な亜人女と一緒になりたくないだけか。こっちだって願い下げだけど。


「やあ、来たか。何もないとこだが、まあ、ゆっくりしてってくれ。茶も出せんがな」


 低い声が、独房の奥から響いた。ベク=ベキムのトカゲ面が、黄色い瞳を輝かせてこちらを見つめていた。黒のジャケットの下はラヴェンダー色のシャツにスカーレットのネクタイと、相変わらずデタラメな色調の服を着ている。昨晩から同じものを着っぱなしのようで、ネクタイはよれているしシャツも皺だらけだった。


「そんな減らず口を叩ける元気があるって知ってたら、来なかったぜ、まったくよォ」


 あたしは舌打ちしながら、鉄格子の前に置かれた椅子に座った。ベキムは哀れっぽく首を振る。帽子を取った緑色の頭が震えた。


「そう、つれないことを言うなよ、マフィ。色々考えたんだが、頼れるのがお前さんくらいしかいなかったんだ。悪いとは思ったんだが」


「ちょーっと待った。頼るって、あたしはあんたに頼られるためにここまで来たんじゃないかんね。ただ、捕獲されて檻にぶちこまれたトカゲの生態観察に来ただけ。観光客だ。妙な期待はするんじゃないよ」


 あたしがまくし立てると、ベキムは弱々しく頭を抱えた。


「まあ、お前さんの言いたいことは分かるが……とりあえず、声を抑えてくれ。二日酔いなんだ。昨日は久々にしたたか呑んだもんでな」


「はーッ、なるほど。で、酔った勢いで人を一人バラしちまったと」


「……そういう事言うと思ったよ。違うからな。濡れ衣だ、冤罪だ」


 ベキムは顔を上げ、かすれ声で言った。あたしは肩をすくめる。


「だって、ほとんど現行犯だって聞いたぜ? 観念しちまえよ。あんたが殺ったんだろ? 吐いちまった方が、楽になるぞ? 」


「その手のジョークも聞き飽きた。ここの連中、そのジョークが相当お気に入りと見えてな。流行ってるのかね、局所的に」


 ベキムは青い舌を出し、吐き気がするという顔をした。


「とにかく、話を聞いてくれ。何も本当に、人を殺したところを捕まったわけじゃないんだ。いきさつがある。

 昨日の晩のことだ――私は遅くまで、中心街の『空に星』亭で呑んでた」


「『空に星』? 」


 あたしは思わず口を挟んでしまった。興味を持ったら相手の思うツボだってのに、あたしもよくよくお人よしだ。まあ、口に出してしまったものは仕方ない。質問を最後まで続けることにした。


「バザールの中心も中心の、高級店じゃねえのよ。あんた、いっつもあんないいとこ行ってんの? 」


「たまの贅沢だよ。バーテンとも顔なじみだし」


 ベキムはうるさげに手を振った。


「話を先へ進めるぞ。さっきも言った通り、たまの贅沢でつい羽目を外してしまった私は、かなり酔いの回った状態で『空に星』亭を出た。時刻は深夜……という他ないな。はっきりしたところは分からん。竜列車の最終便は出ちまった頃合いだった。それで私は仕方なく、家まで歩いて登ってくことにしたんだ。徒歩で行き来できない距離じゃないし、何度かやったこともあったしな。

 それで、真っ暗な枝道を歩いてた時だった。突然、目の前に人影が飛び出してきたんだ」


「うん。で、思わず反射的にぶっ殺してしまったと……」


「……あのなあ、冗談なら後でまとめて聞いてやるから、とにかく話を聞いてくれよ」


 ベキムが呆れと懇願の入り混じった顔で訴えかけてくる。いつもふざけたことを抜かすのは自分のくせに、こういう時にだけ真面目ぶりやがって。普段の行いが悪いから、こういう目に遭うんだろうによ。そう思ったが、流石に弱っている相手を更に踏みつけるのは気が進まない。あたしは渋々黙った。


「とにかく、その人影がこっちによろよろと歩いて来たんだよ。どうも様子がおかしかったから、相手も酔っ払いかと思って、助けてやるつもりで歩み寄ったんだ。私自身酔ってて、警戒心が薄れてたもんだからな。そしたら、腕のところに何か硬いものが当たるんだ。何だろうかと不思議に思ったんだが、何せ暗がりだったから、よく見えない。それでその硬いものを握っちまったんだ。

 その時初めて、気づいた――目じゃなくて、鼻でだ。鉄の臭いがする。血だ。驚いて相手の体に触ると、冷たいんだ。その上、さっき握ったものの周りには何かべとべとした液体がついている。ハッとした時には、もう遅かった。


 何というか、間の悪い時ってのはあればあるもんだな。ちょうどその時、後ろからランプを持った商人の一団が歩いて来たんだよ。連中もどっかで呑んだ帰りらしかった。それで、枝道のド真ん中で立ち尽くしてる私たちを見て、ランプの光を当ててきた――

 で、暗闇の中に、この顔が照らし出されるだろう」


 そう言ってベキムは、恐ろしげな顔を親指で示した。こいつとは長い付き合いだが、面と向かってこのツラを突き付けられると流石のあたしもちょっと背筋が寒くなる。巨大な目に、緑の鱗。耳まで裂けた口にはギザギザの歯がびっしり。


「あー、こりゃ犯罪だわ。しょうがねえ。その場でふんづかまっても文句は言えねえな」


「ま、別に文句言うつもりもないよ。捕まったことに関しては」


 ベキムは顎を撫でながら、達観したような口調で言う。こいつは自分の容貌に対して妙に諦めがいい。むしろそれを好んで冗談のタネにしてさえいる。まったく、うらやましいほどの鈍感さだ。


「気の毒に、その商人たちと来たら、この世の終わりかってくらいの悲鳴を上げちゃってさあ。おかげで叩き起こされた野次馬が近隣の店からぞろぞろ湧き出してくるわ、詰所からバザール兵が駆けつけるわで、かくして探偵ベク=ベキムは、冤罪により哀れにも獄に堕ちる羽目と相成りました。ベキムの運命やいかに? てなとこで、今に至るってわけだ」


 ベキムは芝居がかって両手を広げた。拍手喝采でも期待してるのか知らないが、あたしは代わりに舌打ちをひとつ投げてやった。


「はいはい、めでたしめでたしだ。おしまいだよ。威嚇的顔面罪で死刑もやむなしだわ」


「冗談じゃないんだぞ、まったく」


 あたしの言葉に、ぶすっとした様子でベキムは答える。


「あんたの顔はどうやったって冗談にはならねえよ。笑えねえもん」


「そういうことじゃなくてだな……その、死刑ってのが、冗談にならないんだよ」


 ベキムの声が、情けなく弱々しい調子を帯び始めた。


「嘘から出たまことと言うか、何と言うか……マジに、私は死刑を求刑されてるんだ」


「……マジで? 」


 あたしは笑ったものか驚いたものか迷った。が、流石に笑うのはこらえておいた。それほどまでに、ベキムはみじめな顔をしていた。


「お前さんも知ってるだろう。建前はどうあれ、バザールは純粋人類中心の組織だ。亜人の命は純粋人類の命より軽く扱われる傾向がある。そこで、亜人の純粋人類殺しとなれば、そりゃ死刑も十分ありうるってもんだ」


 あたしは低く唸った。あながち、心当たりのないことでもない。本当につまらねえ所で、亜人差別という奴が顔を出すのは、あたしも何度か見たことがある。


「くだらねえ話を聞かすなよな。それで、あたしにどうしろってんだよ? いい墓が欲しいってんなら、相談に乗るけど」


「お前さん、本当に何でも売るんだな」


 ベキムはちょっと興味を惹かれた様子で呟いた。が、すぐに気を取り直し、首を振って続けた。


「そういうことじゃなくてだな……分かるだろう? 私は人殺しなんてやってない。しかし、人殺しとして裁かれようとしている。ときたら、まっとうな人間としては、やることは一つ。事件の謎を解いて、可哀想な探偵の無実を証明するんだよ。

 私が自由の身だったら自分で調査するんだが、今の私は裁判の日をこの穴蔵で待つだけの身だ。協力者が要る。バザールに迎合することをよしとせず、不当な扱いを受ける亜人の苦しみも理解してくれる、優秀な協力者が」


「そしてそれは、あたしじゃあない」


 あたしは冷淡に言い切った。


「勘弁しろよ、あたしはまっとうな人間なんかじゃねえし、しょうもない事件に首突っ込んでバザールに睨まれるようなマネもごめんだ。どっか、他を当たんなよ」


「そう言うなよ……頼む。人ひとりの命が懸かってるんだ。もう、頼れるのはお前さんくらいなんだってば」


「嫌だって……裁判なんだから、弁護人がいるんじゃねえのか? あの、キブルってうらなり野郎がそうなんだろ? 」


 あたしの言葉に、ベキムは浮かぬ顔で首を横に振った。


「バザールでの『裁判』がどんなものか、知らないわけじゃあるまい。外の世界で行われてる裁判の、出来の悪い廉価版だ。たった1回の審理で判決は出ちまうし、公式な判事や弁護人すらいない。バザール役員がつとめる形ばかりの検事やら弁護士やらがちょいと話し合って、後は陪審員の方々の判断に任せられる……そうなったら、私の命を惜しんでくれるような陪審員がいると思うか? この、私の顔を見て? 」


 あたしは答えに詰まった。確かに、このツラを見たら第一印象は「人殺し」だろう。


「そらまあ……多少は、気の毒に思うけどよ。やっぱりバザールを敵に回すのは割に合わ……」


「仕方ない、奥の手を出すか」


 ベキムの大きな目が、ギラリと光った。


「バザールは、捕らえて処刑した犯罪者の財産を接収する権限を持ってるんだ。つまり、私が刑死したら、私の家財はすべてバザールのものになる。

 となると……お前さんに借りてるツケも、残らずフイになっちまうってことだなあ」


「なッ……! 」


 あたしは思わず絶句した。頭の中で、数字が渦を巻く。こいつが考えなしに買いあさった本の代金や、情報代など、ツケにしてる金額は合計すると相当の額になる。それが全部無かったことになるってえと……


「……死に逃げする気かよ、おい! 」


 思わずあたしは怒鳴り声を上げてしまった。ベキムは鋭い歯を剥きだし、悪辣に笑う。


「それが嫌なら、私を救ってくれなきゃあな。生きててこそ、借金を返す見込みもあるってもんだ。だろう? 」


 あたしは歯ぎしりした。ツケを永遠に回収できないままみすみすバザールの懐を潤してやるか、こいつの口車に乗ってしなくてもいい苦労をするか――どっちに転んでも大損だ。


「分かったよ、クソ野郎め。やりゃいいんだろ、やりゃあ。あんたみたいなのでも、あたしが見捨てたせいで死んだなんてことになったら、寝覚めが悪いしな」


「そうそう、その通り。善い生き方をしたほうが、人生楽しいぞ」


 ベキムはニヤニヤ笑いながら調子のいいことを言う。畜生め。こいつに関わると、結局ロクなことがない。こんな所まで来なきゃ良かった。腐れ縁だと思って諦めるしかないか。

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