結
「で、いまだにショボくれてやがると、そういうわけなのかい」
呆れた声でマフィが言う。私は答えず、ハッカ水のビンを手の中でもてあそびながら、旅行用カバンの上に腰かけていた。
私は長い旅を終え、空中市場のマフィの店に戻ってきていた。亜人が人類以下のまともでない生き物として見られ、深層の遺跡は夢やロマンでなく欲望の棲家と見なされ、人々は私欲のままに『うちびと』の遺産を奪い合う、懐かしき下層だ。私は頭の重くなるような憂鬱と、自分でも認めたくない種類の落ち着きとを同時に感じていた。
「だから、面倒事には首つっこむなっていつも言ってるだろうに。結局汗水たらして、カラダ張って、何の意味もありませんでしたってなもんじゃねえか」
「いや、写本を取り返せたのは事実なんだ。その点は、誇りに思ってもいいはずだと思っている。ただなあ……」
マフィへの反論が、途中でぼんやりと溶け、消えた。マフィは舌打ちしながらハッカ水を飲みほし、テーブルにビンを叩きつける。
「だからさァ! あんたが発つ前にも言ったような気がすンだけど、言いたいことがあるんならハッキリ言えや! それか、言わずに出てけ! あたしの家でいつまでもクダ巻いてるこたねェだろうがよ」
「そうギャンギャンまくし立てるなよ、疲れてるんだ。今度の旅はなかなかしんどかった。
だが、それだけじゃない。2つほど、思うところがあってな」
「2つ? 」
私は頷き、まず1本指を立て、説明を始めた。
「もう、アカデミーのゴタゴタのことは忘れることにした。そこらへんはもういい。
私の考えてることの1つ目は、写本そのもののことだ。メイユレグが狙っていた、あの古文書――他にいい方法も無かったからアカデミーに預けてきてしまったが、あれでよかったのだろうか? 一体何が隠されているというんだろう? 連中がわざわざ深層から、邪視の使い手まで駆り立ててきたんだ。つまらない秘密であるはずがない。それが、どうにも気になってな……」
「他人の秘密が気になるなんざ、あんまり趣味のいい話じゃないね」
マフィはフンと鼻を鳴らした。
「まァ、探偵に趣味の良さを期待するだけムダってもんだろうけどさ。それで? もう1つってのは? 」
「こっちは、さらに深刻で、さらに差し迫った問題だ」
私は2本目の指を立てながら、声を潜め、身を乗り出した。
「私自身の問題なんだが――実は、帰りの列車でふと思い出したことがあるんだ。
考えてみたら私は、アーキソン教授の依頼を受けた時、庭掃除をしてたんだった。庭に、ドクイバラの芽が出てきたもんでな。それをまさに引っこ抜こうとしたその時、教授が声をかけてきたんだ。で、どうも記憶をたどってみると、その後あの芽をどうこうした気がしない。つまり数日間、ドクイバラを放置していたわけだ――お前さんも、その結果がどうなるか、想像がつくだろう? 」
マフィは眉を顰め、答えた。
「そうね……庭じゅうが針山みたいになってんだろうね。多分。
で? それがどうしたんだよ? 」
「言っただろう、今度の旅はしんどかったと」
私は大袈裟にため息をつきながら、哀れっぽい声を作って言った。
「もう、疲れてしまってな……わざわざ家に帰って、イバラと格闘するような気力がないんだよ。なあ、頼む、マフィ。今日一晩でいいからさ、お前さんの家に泊めちゃあくれないか……」
マフィの手が、店のガラクタの中から銀の巨大なメイスを掴み出したのを見て、私は慌てて口をつぐみ、立ち上がった。




