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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ こちらコールドブラッド探偵社 ~
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第3話(前)

 マフィの店を出て、中心街まで歩きついたころには、もう夕暮れどきだった。

太陽苔の光が濃い赤に潤んできている。


太陽苔の発光周期は、外界の太陽が出入りする周期とほぼ同じらしい。

太陽の光が地面に取り込まれて大地の魔力となり、それを太陽苔が吸って光として放射する――そういうサイクルになっているようだ。

夕暮れの太陽苔は夕焼けに似た光を放つ。と言っても、私は実物の夕焼けを見たことがない。

外界で描かれた絵などで「こんなものだろう」と見当をつけているだけだ。


 足取りは重かった。

足の裏を刺されたせいもあるが、何より服がいけない。実に野暮な、モスグリーンの冒険者用ジャケット。

粋なフェルト帽とはまったく合わない。しかも、やたらといろんなところにポケットがついている。ハイキングに行くんじゃないんだから。

靴も片方破れたので、たまたまサイズが合った茶色の編み上げ靴を履いているが、これまたいやらしくテカテカ光る代物だ。マフィの奴め。


 目当ての『空に星』亭というのは、ギルドの中心街のそのまた中心にあった。

すぐ隣には、バザールの集会所がある。まさにバザールのお膝元、といった感じだ。

どうも気に食わない……あるいは、わざと煤けた木材で造られた店構えの、わざとらしい無造作感が私の美的感覚にそぐわないだけかもしれない。


 まだ酒を呑む時間には早いせいか、客はまばらだった。

私はまっすぐカウンターに歩いていき、丸椅子に座った。


「いらっしゃいませ」


若いバーテンが微笑みかける。完璧な歯並びの白い歯が見える。

完璧すぎて、こんな所で見ると逆にぎょっとするような歯だ。なぜか、黒いレースの手袋をはめている。


「ヒューゴーに言われて来た。ベク=ベキムだ」


言いながら、私は帽子を上げて素顔を見せた。

バーテンは驚いたのかもしれないが、少なくともそのそぶりは見せなかった。なかなか見所がある。将来出世するだろう。


「店主から聞いております。今、2階で打ち合わせ中でして……すぐ降りてまいりますから、しばらくお待ちを。

飲み物でもいかがです? 」


 言われて、私はメニューを開いてみた。よく分からない名前の羅列が並んでいる。

カクテルの名のようだ。オリジナルのカクテルを出す店らしい。ちょっと考えてから、どうせ分からないんだから何を頼んでも同じだと気づき、適当なのを選んだ。


「サンセット・グレネイドを」


 若いバーテンはちょっと眉を上げ、それから唇を歪めた。笑ったようだった。


「かしこまりました」


 バーテンは大ぶりのザクロを一個取り出した。皮をむき、実をシェーカーに入れる。

それからテキーラをショット・グラスに1杯。おもむろにシェーカーを構えたその手を見て、私は気づいた。

レースの手袋をしているのではない。あれは契約紋だ。

両手全体に、びっしりとさまざまな契約紋が刺青されている。古代の魔術に造詣が深いと自負する私でさえ、ひと目ではどれが何の契約紋なのか分からないほどだ。目を見張る私の前で、若いバーテンはシェーカーを鋭く振りはじめた。


 同時に、蜘蛛の巣のように張り巡らされた契約紋が明るい光を放ちだす。

2、3秒で、銀色のシェーカーの中からくぐもった炸裂音が聞こえだした。

ポツッ、ポッ、ポツッ……誰かがノックしているようにも聞こえる。炎の魔力だ。外から魔力を加えて、ザクロの実を炸裂させているのだ。「グレネイド」の名の由来はこれらしい。よほど緻密な魔力制御力がなければ、出来ることではない。

音が鎮まるまで、バーテンは鮮やかな手さばきでシェーカーを振り続けた。

 最後にグラスを取り出し、シェーカーの中身を空けて、そこへ鉱泉炭酸水を静かに注ぐ。


「お待たせいたしました……サンセット・グレネイドでございます」


 グラスの中で、暗赤色の液体が揺れた。

ザクロの果皮が混じっているせいか、うっすらと濁りがかかっていて、炭酸の泡がはじけるにつれて絶え間なく色を移ろわせ続ける。確かに、夕暮れの色だ。


 口をつけると、意外なほど強いザクロの甘みと、テキーラの香りに驚く。魔力を加えて炸裂させたせいか、雑味が飛び、口当たりがまろやかになっている。鉱泉水に含まれる微量の岩塩も、素材の風味を引き立てている。なかなかだ。


「旨いね」


「ありがとうございます」


若いバーテンは、当然だ、と言いたげな微笑みを浮かべた。


「それ、わざわざカクテルを作るためだけに? 」


私は両手の契約紋を指さして言った。


「もう、5年ほどになりますか――もともと、大竪穴に入ったのもそのためでして。外界でも魔術は習得できますが、古代呪文にはやはりかないません」


 私は低く唸った。いろんな人間がいるものだ。


「ところで、私がこれを頼んだとき、なんだか驚いていたようだが。どうしてかね? 」


「ああ、こちらの話なのですがね」


バーテンは白い歯を見せて笑った。


「サンセット・グレネイドは、どちらかと言うと『そとびと』の方々が好まれるカクテルでして。空のない大竪穴で、夕暮れの空が恋しくなるんでしょうかな」


 私はまた、フームと唸った。


『そとびと』とは、外界から来ては帰っていく、大竪穴に居つかない純粋人類の呼び名である。

外の世界に店を持つ商人であったり、学者であったり、単なる旅行者であったりする。

大竪穴の原住民が『うちびと』で、外界の原住民が『そとびと』だ――では、その間にいる、外から来て中に住み着いた人々は、なんと呼べばいいのか? 私は時々考える。実際、決まった呼び方はないのだ。

『そとびと』も『うちびと』も、そういう入植者が言い出した名だからだ。

そういう人々は、外界人を『そとびと』と言って区別するが、『うちびと』とも決して交わろうとはしない。


 『そとびと』と『うちびと』の区分とは。自己同一性とは。生き方とは――そんなことについてバーのムードとカクテルに酔いながら考えていると、店の奥の階段からヒューゴーが降りてきた。

妙齢の女性と一緒だ。続いて、目つきの悪い連中が2人。

ひどいツラだ。私と比べても、取柄は純粋人類であることくらい、といった顔つきだ。どちらも肩幅の広い巨体に黒のロングコート。油じみた髪を後ろで束ねている。兄弟のように似ている2人組だ。

2人はヒューゴーに会釈すると、代わるがわるこちらを睨んだのち、酒場を出て行った。


「来たか。待っていたぞ」


ヒューゴーはカウンターの向こうから出てきて、私の隣に座った。


「紹介しよう。ザナ・ステラ。この店のオーナーだ。

ザナ、これがさっき話した探偵だ」


 ザナと呼ばれた妙齢の女性は、カウンターの向こうから笑みを送った。

溶けて流れるバターのような金髪が、銀の星を散らした黒のドレスに映えている。『空に星』か――気取った名だ。

空も星も見えない大竪穴で、酒場につける名としては。


「お話は伺っております……ここではお話ししづらいでしょうから、どうぞ奥へ。ジギー、後を頼めるかしら? 」


 ジギーと呼ばれた若いバーテンは無言で頷いた。

微笑を浮かべているが、歯は見せていない。何か思うところでもあるのだろうか。


「奥のボックス席がよろしいかと。さ、どうぞ。後で何か、飲み物を持ってきますから」


「いや、いいんだ、ザナ」


ヒューゴーの無表情な瞳に、わずかに困惑の色が浮かんだ。


「2人で話したい。大して時間はかからんよ」


 ザナはそう言われても、特に不本意そうな表情は見せず、ただ口の端で少し笑った。

どこまで教えているのだろう、いや、そもそもどういう関係なのだろう――そう、質問したい欲求を抑えて、私は手のひらの傷を落ち着かない様子で掻いているヒューゴーを眺めた。


 『空に星』亭のボックス席は、薄暗い照明と分厚いパーテーションで仕切られた、まさに秘密の会合場所と言った雰囲気の空間だった。ビロード張りの椅子は、音がしないよう足に布が固く巻きつけてある。ザナは私たちを部屋に入れると、無言で一礼して去って行った。

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