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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ こちらコールドブラッド探偵社 ~
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第2話(3)

「そこまでだ! 武器を捨てて、ゆっくりと手を上げろ。そうすれば……」


 最後まで言い終わらないうちに、中にいた1人がタックルをしかけてきた。

慌ててサイドステップでかわす。相手は開きかけたドアにぶつかり、ピンクのドアはまっぷたつに割れた。


 飛びかかってきた相手は、チェーンメイルを着込んだ背の低い男だった。頭頂部がだいぶ薄くなっているのが見えた。


 もう1人いるはずだ――そう思った次の瞬間、背後から抜き身のショートダガーによる一閃が飛んできた。

 のけぞって危うくかわす。焦りの色が濃い一撃だ。遠い間合いから、闇雲に振り回してきている。よろけながら相手を見ると、これまたチェーンメイルで身を固めた男だが、こちらはだいぶ若い。青ざめた顔でダガーをこちらに向けている。


「……続き、言っていい? 武器を捨てて、ゆっくりと手をあげろ、ってとこから」


 私が話しかけながら右足をじりじりと踏み出すと、相手はびくりと体を震わせて1歩下がる。まだ、こういうことに慣れていないと見える。となれば厄介なのは――


「何してる! ボケッとしてんじゃねえ! 」


 怒号とともに、再び後ろからタックルが飛んできた。そう、こいつだ。先に飛びかかってきた年上で背の低い方。おそらくリーダーはこいつだ。

 注意しなけりゃ――跳ね飛ばされて顔面から転がりつつ、私は冷静に分析した。


「あッ、あああァああ! 」


 床に倒れた私に、ダガーを振りかざして若い方の男が駆け寄る。ダガーの分厚い刃が顔のすぐ横をかすめ、近くにあったベッドのクッションが破れて羽根が舞い散った。


「バカ! 何やってる! 構うんじゃねえ、ずらかるんだよ! 」


 年かさの男が叫ぶ。若い方の男はそちらに顔を向けた。ダガーの切っ先が宙に浮いたまま止まった瞬間を狙い、私は倒れた姿勢のまま蹴りをくりだした。

 自慢ではないが、私の脚はかなり長い。骨格が純粋人類と違うのだ。蹴りだした脚は若い男の手からダガーを弾き飛ばした。


 若い男が手首を押さえてうずくまったのを確認すると、私は拳を構えて年かさの方に向き直った。見ると、髪の薄い年かさの方もダガーを抜き、かがみこむような低い構えでこちらを狙っている。さっきの青二才とは違って、なかなかの手練れだ。


「……まあ、あれだ。一旦落ち着こう。運動不足は充分解消できただろう? 」


 拳を構えたまま、私が一歩歩んだ瞬間だった。絹を裂くような高い音が鳴り響き、冷たいつむじ風が巻き起こったかと思うと、私は腹に熱い線を感じていた。


「……! 」


 思わず腹を押さえようとして、思いとどまり、横っ飛びに転がる。一瞬の後、さっきまで私の体があった空間を、銀色に輝く風が背後から通り抜けて行った。


「……硬いな」


 鱗がざわつくような低い声で、禿げた男はつぶやいた。

 銀色の風は、急加速して襲い掛かってきた男の握る、ダガーナイフの刃の軌道だったのだ。今、男の手に握られたナイフには滴る赤い液体。私の血だ。


 男の冷たい目を睨みつけながら、私は腹の傷を手探りで確かめた。浅い。皮一枚切った程度だ。なにしろ天然のスケイルアーマーを着ているようなものだから、私の体は斬撃にはめっぽう強い。とはいえ、このシャツは二度と着られそうにないが。


 無駄なことを考えているうちに、また例の「風」が来た。男の体が、一陣の突風とともに礫のように飛んでくる。

 だが、今度はネタを知っている分、対応が早かった。私は横に飛んで、相手の刃が作る直線軌道を避けた――はずだった。


「……!? 」


 立膝で着地した私の頭上に、ダガーナイフがあった。禿げ男の顔が笑みに歪んだ。


 相手は私が回避動作をとることまで読み、急加速を寸前で止めて、回避した後の隙を狙ったのだ。ナイフが私の額に迫る。正確に正中線上、脳天をぶち抜く軌道だ。


 がッ。


 鈍い音がし、私の体は後方に吹っ飛んだ。足にちりちりと焼ける痛みが走る。シャツに続いて今度は靴もだ。伊達者には災難が付きまとう……私は受け身を取りながら、やれやれと首を振った。


 目の前にナイフが迫った瞬間、私はナイフごと、男の体を蹴り返したのだ。長い脚がまた役に立った。代わりにナイフは私の靴を貫き、足の裏まで深く傷つけたが。


 男は蹴りを食らってドアの近くまで後ずさったが、体勢を立て直し、ダガーを再び前傾姿勢で構えた。「風」の構えだ。しかし――


「しかし、やめといたほうがいい。もう終わりだ。あんたの負けさ」


 私はドスの利いた声で言い放った。これだけ悪戦苦闘したんだ。多少カッコつけてもバチは当たるまい。


「あァ!? 」


 つぶやいた男の顔に怪訝そうな表情が浮かぶ。が、構えに油断はない。何を言われようが、あくまで私を切り刻むつもりの構えだ。


「だから、あんたの負けってこと。私は何も考えなしにあんたの攻撃を防いでたわけじゃない。

あんた、ドアの近くにいるな。ってことは私が部屋の奥にいるってことだ。つまり……」


 言い終わらないうちに「風」が来た……いや、さっきまでの「風」ではない! 動き始めですぐに分かった。直線軌道ではない。それこそつむじ風のような、螺旋を描く軌道だ。一瞬遅れた防御の隙を狙って、ダガーの刃が踊る。

 勝利を確信した禿げ男の笑い顔が、手を伸ばせば届きそうな位置にあった。


「……人の話は聞いとくもんだよ」


 私は後ろ手で、窓を――いや、窓際にあったものを、掴み、突き出した。


 深めの植木鉢。アオヒマワリの花が咲いている。


 心の中で花に詫びながら、左手に力を込める。魔力が流れ、契約紋から光が噴き出す。


「この……ッ」


 何かヤバいと感じた禿げ男は、焦って刃を速めた。しかし、それでも遅い。おまじない程度に古代呪文を一言ふた言つぶやきながら、鉢に添えた左手で私は存在しない引鉄を引いた。


 ぼう、と、くぐもった爆発音がした。


 こぶし大の土の塊が、鉢を貫いて砲丸のように飛び出し、禿げ男の胸にぶち当たった。禿げ男は紙人形かなにかのように吹っ飛び、壁に打ちつけられ、動かなくなった。


 まあ、死にはすまい。チェーンメイルを着ているのだし、だいたい私の魔術だってロクな集中もなしにとっさに撃ったものだ。大した威力ではない。


 無機物に魔力を注ぎ込み、即席の「銃」にして撃ち出す――それが私の得意とする大地の魔術だ。魔術の中では一番簡単、というか「雑」な部類に入る。何かを生み出したり、繊細な動きをさせるのではなくて、ただぶっ飛ばす。複雑な手順や膨大な魔力を必要としないぶん、実用性の高い術ではある。


「おい、終わったかァ? 」


 今ごろになってマフィがのんきに部屋へ入ってきた。


「……おいおいおい、ひでえな。誰の部屋だと思ってんだよ」


 入るなり眉をしかめて勝手なことを言う。


「お前さんが手伝ってくれてりゃあ、こんな苦労はしなくて済んだんだ。2対2って話じゃなかったのか? 」


 破れたシャツを脱ぎ、引き裂いて腹の傷口に巻き付けながら、私はぼやいた。


「あーっ、せっかく花が咲いたのに、それ! 」


 大穴の開いた植木鉢を指さしてマフィは叫び、私の方へ駆け寄ってきた。途中、まだ手首を押さえて唸っていた若い方の男のアゴをブーツで蹴り上げ、黙らせながら。


「わかった、わかった。修理代はツケといてくれ。後で経費で落とす」


 植木鉢をマフィの手に押し付けて、私は若い方の男に歩み寄った。蹴られた顎を押さえて微動だにしない。そのチェーンメイルの胸ぐらを掴み、腹にヒザをぶち込む。


「……! 」


一瞬息が詰まったのち、激しく咳き込む。髪を掴んで相手の伏せた顔を起こすと、私は男の目を覗きこんだ。


「さて……まだ運動不足かな? それとも、今度は会話を楽しみたいか? 」


 ぼんやりとしていた目の焦点が合うにつれ、恐怖の表情が男の顔の上で波打った。必死で逃げようと足をじたばたさせるが、べったりと床に尻をついたままのため、立つことすらできていない。


「おいおい、何をそんなに怖がってるんだ? 」


「いや、お前の、その顔だろ。モンスター(づら)


 マフィがメイスにもたれかかりながら実に失礼なことを言う。


「そいつ、見覚えあるよ。バザールの御用聞きだ。委員会の汚れ仕事をやってる連中だね」


「バザールの? 」


 私は男に顔を近づけ、口を開いて凄んだ。


「おい、本当か? 」


 歯をむき出して、精一杯怖そうな顔をする。根が心優しい私には困難な作業だ。男は青ざめて震えていたが、くそ度胸を奮い起こしたのか、マフィに向かって唾を吐き、叫んだ。


「う、うるさい! たかが亜人の道具屋なんかに、喋ることなんか何もねえよ! この……できそこないの、原始人どもめ! 」


「……おい、今なんつった? 」


 危ない、と直感して私は男の体を押し倒し、床に伏せた。

 その背中をメイスがギリギリでかすめ、禍々しい風切音を立てた。


「おい待て、マフィ! 落ち着け! 」


 無駄だろうとは思いつつも、私は彼女に叫んだ。案の定無駄だった。

 私が叫び終わらぬうちに、マフィは私を押しのけると、侵入者の男の胸ぐらをつかんで、高々と持ち上げた。両足が床についていない。男は赤くなったり青くなったりしながら、首を絞めつけているマフィの手を振りほどこうともがいた。


 私は床に尻もちをついたまま、マフィの顔を見上げた。目が三白眼になって、瞳の光が消えている。彼女の悪い癖だ。「亜人」だの「猿」だの言われるのが何より嫌いなのだ。


「……聞こえねえのか? 今、なんて言ったのか聞いてんだよ。

もう一遍言ってみろ。あァ? 言えるもんなら、もう一遍、聞こえるように言ってみろよォ!? 」


 凄む声が、次第に叫び声へと変わっていく。吊り上げられた状態のまま、男は泡を吹きだした。体がけいれんしている。流石にヤバいか。


「おい、その辺にしとけ、マフィ」


 私は彼女の、栗色の毛に覆われた腕に手をかけた。


「あァ!? お前は黙ってろよ! 」


「止すんだマフィ。死んじまう」


 首を振り、私はマフィの目を見つめた。


「本当にバケモノになりたいのか? 力任せに人を殺す、血も涙もないバケモノに」


 目と目を見つめあううち、マフィの目から殺意の色が消えていった。マフィはひとつ舌打ちすると、飽きたオモチャを放り出すように若い男を床へ放り出した。


「殺しちまってもよかったんだ、こんなやつ」


 言い訳するように、小声でマフィはつぶやき、ドレッサーの上から香水の小瓶をつまみあげ、数滴を体に振りかけた。

 動揺した時のクセだ。鼻が利く彼女は、自分の「臭い」を嫌がっている。ハッカ水を好むのもそのためだ。獣じみた異形を少しでも覆い隠そうとして香水をつけるのだろう。


「まだ、何も聞きだしてないんだ。早まるなよ。それに何はともあれ殺しはよくない。思い出せ、動物愛護の精神さ」


「……時々お前の神経がうらやましくなるよ、トカゲ野郎」


 マフィはこわばった笑みを浮かべた。目元はまだ緊張していたが、少なくとも先ほどまでの怒りは既に去っていた。私はほっと一息ついて、改めて侵入者への尋問を再開しようとした――その時だ。


 鼻先をかすめて、風が通り過ぎた。


「しまった! 」


 叫んだ時には、風――禿げ男は、気絶している若い男を肩にかつぎ上げ、窓を蹴破ったところだった。

ガラスが砕け、きらきらと光を乱反射する。


「くっ……おい、待て! 」


 私とマフィは窓に駆け寄った。が、遅すぎた。窓枠を蹴り、男は跳んだ。窓から飛び出し、落ちて――ゆかない。男が空中で足を蹴りだすと、突風が男の体を押し上げる。

 そのままものの数歩足踏みしただけで、男ははるか遠くまで飛び去り、見えなくなった。


 残された私たちは、しばらくバカみたいに見つめあっていた。


「やられたな……風の魔法だ。警戒しとくべきだった」


「窓の修理代もお前持ちだからな」


 マフィはうんざりした様子でメイスを投げ出した。


「あーあ、今日はこの部屋じゃ寝られねえな」


「だが、何も得られなかったわけではない」


「あン? 」


「さっき、若い方の男がなんと言ったか覚えてるか? 『たかが亜人の道具屋』……私じゃなく、お前さんに向かって言ったんだ、マフィ。お前に話すことは何もない、とな。

奴らの狙いは私じゃなく、お前さんだった。そうじゃなきゃ、私の顔を見てあんなに驚いたり怯えたりはしないだろう? こんなに愛嬌のある顔なのに」


「顔面凶器が何言ってやがる。……しかし、まあ、言えてるかもな。尾行されなかったってお前の言葉を信じるならだが」


「その点は確かだ。で、お前さんの方はどうなんだ? 身に覚えは? バザール委員会の手の者だと言ってたが、確かか? 」


「身に覚えなんて、いちいち気にしてたら商売はできねえよ。あたしはバザールの連中と馴れ合うつもりはねえし、あっちもあたしの顔なんて見たくもねえって感じだしさあ。

 だがそもそも、こりゃあたし個人に恨みがあってやったこととも思えねえ。あたしを殺りたいんなら、仕入の時とか出先とかでグサリとやりゃいいんだ。わざわざうちまで来る必要はねえ」


「同感だな。となると、狙いはこの店の方か? 」


「多分な。あたしが扱ったか、扱うと思われた商品に関するなにか……どう思う? あんたの方の依頼と、この件。関係があると思うか? 」


 私は肩をすくめた。


「まだ、分からん。だが可能性はある……とにかく、バザールの内部で何か起きているのは確からしい。

忘れるなよ、古代遺物、特に炎の魔法に関する遺物に気をつけといてくれ」


 マフィも、私の真似をするように肩をすくめた。


「何のために……なんてのは聞かないでおくよ。深入りしねえ方が面倒がなさそうだ。

ま、せいぜいくたばらねえように気をつけろよ。それと、なんか着るものを用意した方がいいな。

お前のどぎつい緑色は目に悪い」


 私はようやく、自分が上半身裸なことに気づいた。たまにめかしこんで街に出たと思ったらこれだ。


「そうだな。悪いが、なにか古着でも適当に見繕ってくれ。この際デザインは問わないよ。内面の魅力で何とか補うさ」


「……どーでもいいけど、お代だけはきっちり頂くからね」

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