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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ ファントム・レディに捧ぐ ~
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第6話

 来る時すでに予想していたことだが、帰り道は思った以上に辛かった。

 魔神像を台座から降ろし、荷車に乗せて帰るのだが、行きは3人だったのが帰りは私とジギーの2人だけだ。その上、荷物も増えている。気絶したジェリオも一緒に荷車に乗せているのだ。ジギーに加え、ルビエも横に並んで前から荷車を引き、私は後ろから押していった。


 みな無言だった。疲れもあっただろうが、それ以上に、心への打撃が大きすぎた。みな、多かれ少なかれ残酷な形で、夢に裏切られた。それは疲労と言うより、傷――いや、それよりもっと不可逆な何かだった。若い瞳には、決して拭い去れない影が新たに塗りつけられた。


「わびしい帰還になったな、全員にとって――なあ、ジェリオ」


 私は目を閉じて横たわったままのジェリオにささやいた。目を瞑ったまま、ジェリオは口を開いた。


「……なんだ、気づいてたのか」


「まあな……バカなことをしたもんだ。だいたい、フリーランスの身であれだけのクスリを捌けると思ってたのか? 消されるのがオチだぞ」


「ま、そうだったかもな」


目を瞑ったまま、寝言でもいうような声でジェリオは答えた。


「あぁ、鎧に穴が開いてるじゃねえか。こりゃ修理代だけでも結構高くつくぞ……自業自得とはいえ、ひでえよなあ」


「ま、勉強代だと思ってくれ。考えてもみろ、あのまま大人しく帰ってたら、痛い目を見ずに済んだだけじゃなく、ギルドから報奨金くらい出たかもしれないんだぞ」


 私は諭すように言ったが、ジェリオは目を閉じたままだった。


「分かる。分かるよ。ギルドに突き出さずにいてくれたことも感謝してる。いや、それどころか、あのまま酒蔵に置いてかれても文句は言えねえ立場だもんな。

 だが、それでもなァ……ヤマを掴まなかったら、冒険者なんかやってる意味ないんだよ。遺跡に潜りながら賢く生きようなんて、どだい無理な話なんだ」


 閉じた目元に、力がこもっていた。若い力だ。私はため息をついた。


「そうか……そういうの、大事にした方がいいと私は思うよ。時間が経つにつれ、というか、齢を取るにつれ、すり切れていくからな、そういうのって。何もかもが、すり切れていくんだ……落胆も、失望でさえもな。

私だってそんなに年寄りじゃないが、君らみたいにはいかなくなってる。君等ほどに夢も見ないし、落胆も色鮮やかじゃない」


「何だい、妙な説教をするんだな、あんた」


ジェリオは皮肉な口調で言った。


「俺はあんたらを剣で脅して、犯罪の片棒を担がせようとしたんだぜ。年長者として、もっと真摯な説教をするべきじゃないのかよ。もっとまじめに生きろとか、人の道を踏み外すなとか、さァ」


 私は肩をすくめた。


「人の道についてあんたに説く資格は、私にもない。だいたい、こんな面で言っても、説得力ないだろうしな」


 ジェリオは目を瞑ったまま、唇だけで笑った。私も、声を潜めて笑った。


「ところで、目が覚めたんならそろそろ降りて、手を貸してくれないか? 重いんだよ」


 私が言うと、ジェリオはようやく目を開け、大儀そうに荷台から降りると、私の隣に並んで車を押し始めた。

 車が急に軽くなったのに、前で引いている2人が気づかないはずはなかったが、どちらも無言だった。後ろを振り向いてみようともしなかった。ジェリオを見たが、彼もおし黙ったまま、うつむいて荷車を押していた。石畳の上で車輪が転がる音だけが、石窟の中に響いていた。


 私たちは石窟を出て、公園の展示台に魔神像を立て直した。大いに汗をかかされた。私以外は。私だって、汗がかける体だったら流していただろうが。

 魔神像をすっかり元の通りに直すと、ジェリオは無言で軽く頭を下げた後、私たちに背を向け、歩き去って行った。大柄な体が小さく見えたのは、太陽苔の光が弱まりだしたせいだけではなさそうだった。

私はルビエの顔を見た。その表情には、怒りも恨みもなく、寂しさや悲しみもなかった。ただ疲労と、疲労の行きつく先の、開き直ったような強さがあった。


「これから、どうします? 」


野暮かなとは思いながらも、私は聞いてみた。ルビエはあいまいな笑顔を作った。


「冒険者ギルドとアカデミーに、今度の発見のことを伝えるつもりです。さすがに、中から麻薬が見つかったと聞けば、大慌てで飛んでくるでしょうし」


「しかし……それでいいんですか? そうなったら、この公園だって今まで通りに運営してはいけないでしょう。最悪、アカデミーかギルドの預かりということになって、封鎖の上接収を受けるかもしれない。それに、あなたの一族の名も辱められることになる」


 私の言葉に、ルビエは疲れた笑みで答えた。「何を今さら」とでも言いたげな、苛立ちをわずかに含んだ笑みだった。


「……でも、本当のことを知らないまま、限りなく生まれる憶測に翻弄されるよりは、ずっと良かったんじゃないかと思います。調べに行って、良かった――あなた方にもお礼をしたいのだけど、今はそれだけの余裕がないんです。アカデミーかギルドに相談してみようかと思うんですが……」


「何も、あなたのためにやったわけでもない」


 ジギーが、口を開いた。自分に言い聞かせるような口調だった。


「私たちは……いや、少なくとも私は、自分の満足のためにやったんです。例えあなたがそれで傷つく結果になったとしても、構いやしなかったでしょう。私は、自分勝手ですからね……」


 ジギーはそこでちょっと言葉を切り、顔を上げた。完璧な歯並びをのぞかせた、屈託のない笑みを浮かべて。


「そして、彼――ベキム様は、私に雇われてここまで来たんです。当然、雇い主を差し置いて他所からの報酬を受け取るわけはない。そうですね? 」


「……そういう言い方だと、まるで私がカネの亡者みたいじゃないか」


 私は渋い顔で答えた。


「私だって、自分の意志でやったことだ。単なる酔狂ですよ。感謝してもらう筋合いはない」


 そこで、話すことがなくなった。私たちは、疲れた瞳を見交わした。同じ冒険をして、同じくらい疲れた瞳――だが、その疲れを共有することは出来ないと伝える瞳。私たちはみな、自分だけの疲れで手いっぱいだった。


 そのまま、私たちとルビエは何も言わずに別れた。公園を出る時振り返ると、私たちに向かって深々と頭を下げているルビエの黒髪が、弱い太陽苔の光の中で浮き上がって見えた。周りには、くろぐろとした影をまとう魔神像。

幻のような風景だった。

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