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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ こちらコールドブラッド探偵社 ~
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第2話(2)

「まずは、市場の情報がほしい。ここ最近、市場に妙なものが出回ったって噂はないか?

特に、『うちびと』の遺物がらみだ」


「ハッ、いちいち覚えてられるかよ! 」


吐き捨てるように言って、マフィはハッカ水をあおった。


「知ってるだろ、裏マーケットがどんなもんか! ヤバい遺物が見つかっただの、掘り出しもんの眠ってそうな遺跡が見つかっただの、そんなうまい話は毎日何百と聞かされてんだよ。9割がたガセだけどな」


「ま、いいさ。これから、ちょっと気を付けていてくれ。特に炎の魔法に関する遺物だ。

なにか有望な情報があったら、その都度代金を払う」


「いいけど、あんまり期待すんなよ。そんな漠然としたこと言われたって、こっちも動きようがねえんだから。あたしだってヒマじゃないし」


 私は黙って顔をしかめるほかなかった。

情報が欲しいのはやまやまだが、マフィに依頼の内容をあまり詳しく話すのも考えものだ。

捜索対象の名も出来れば明かさずに済ませたい。何だってカネに換えてしまう女だ。


といってもマフィを責めるわけにはいかない。空中市場でうっかり情報を落とすのは、うっかりサイフを落とすのと同じようなものだ。

後から気づいて泣きごと言ったところで誰も助けちゃくれない。


「で、そんだけ? 」


「まだある。ヒューゴー・アルカヒム」


 口に出した後、私は黙ってマフィの茶色い瞳を覗きこんだ。ぴくりとも動かない。


「……なんだ、それ?

「聞き覚えがないか? どういう奴だか知りたいんだ。

と言っても、名前は偽名かもしれない。年は50がらみ。半白髪の髪を短く刈り込んでいる。大柄な体格で、いかにも剣士ってタイプだ。

バザール運営委員会の関係者を名乗った。知らないか? 」


「バザールの連中にゃ、興味ないんだよ」


マフィはそっけなく手を振った。


「……しかし、そうか。バザール絡みかい。お綺麗お清潔な連中かと思ってたが、あんたみたいな半グレトカゲとも付きあいがあるとはね」


「教養と品位は、それ相応の友人を呼ぶものだ」


咳払いをしながら、私は主張した。


「……とにかく、分かってんだろう? この一件、そうとうキナくさいよ」


私の言葉を無視してマフィは続けた。


「バザールの人間が、わざわざあんたみたいのを使って人狩りをしようとしている。しかも報酬は旧貨幣……あの、ケチなバザールの連中が、だ。何かというと自分とこで造ったビタ銭つかまそうとする、食えない連中だよ」



 マフィはハッカ水をすすり、試すような目でこちらを見た。



「ごもっとも」


私は少々タフを気取って、口の端を吊り上げて笑った。


「可能性はいろいろ考えられるがね。ありすぎるくらいだ。

カネで釣ってキリキリ仕事させよう、というだけの話なのか。

あるいは、バザールの中での派閥争いも考えられる。どこかの派閥が、他の派閥を出し抜こうとして単独行動をしている。表のカネを動かしたらバレるから、貯めてあった裏のカネを引っ張ってきた。用済みになったら哀れな探偵は虫のように殺されて、大竪穴の底に放り棄てられるって算段だ。

あるいは……」


「あるいは、私立探偵救済のためのスペシャルサービス週間に入ったか」


 私が言おうとしていたことを、マフィはうんざりした顔で言った。


「お前今、絶対にそういうクソつまらねえ冗談言う気だったよな」


 私は空になったハッカ水のビンをもてあそんだ。


「………」


「……黙るなよ。スネてんのか? ガキかお前は」


 言葉を続けようとするマフィに、私は目配せをし、小声で告げた。


「……入ってきたぞ。音がした。上だ」


 マフィの目が大きく見開かれ、ついでぎゅっと細められた。スンスンと2、3度鼻を鳴らすと、その眉の間にも深い皺が刻まれた。


「……2階の寝室だ。血と金属の臭い――鎧と、なんかの武器だな。2人組だ。畜生……お前、えらいもんを呼び込んでくれたなァ」


「尾けられていたはずはない。枝道を通ってきたんだ。隠れてついてくることなんて、出来るわけがない」


「どっちだっていいや、クソッタレめ……おい、お前も手伝えよな、2対2だ」


言いながらマフィは、そこらのガラクタの山をごそごそやりだした。と、ものの3秒で巨大な銀のメイスが出現した。錘の部分が赤ん坊一人分くらいある。それを担ぎながらマフィはツナギの腕をまくりはじめた。

私はそれとなく顔をそむける。別に照れたせいではない。まくり上げられた裾から飛び出す、栗色の毛を見ないようにだ。

彼女はあれで、自分の身体的特徴についてけっこう気にしている。


 マフィ・エメネスは猿人(エイプマン)の血を引いている。

猿人は蜥蜴人種(リザードマン)と同じ、大竪穴の『うちびと』の一種だ。種族内でも容姿はさまざまで、猿に近いものから純粋人類とほとんど見分けのつかないものまでいる。彼女はかなり人に近い姿だが、腕と脚は栗色の硬い毛に覆われているし、短い尻尾も生えているらしい。

一度見せてくれと言ったことがあるが、ぶん殴られた。非常に強くぶん殴られた。かなり痛かった。

つまり、腕力も普通の人間以上なのだ。


「奥の階段だ。音立てんなよ。得物はあるか? 」


 私は両腕を上げて、ファイティングポーズを取ってみせた。


「男の喧嘩は素手でやるもんだ。小説で読んだことないか? 」


 マフィは、銀のメイスで私の頭をどつきたそうな顔をした。実際にどつかれなかったのは、先に上の侵入者2人をどつかなければならないという状況のおかげだ。私たちは忍び足で階段を上った。マフィが先、私が後だ。


寝室のドアは淡いピンク色のペンキで塗られていた。

何か軽口でも叩きたくなったが、マフィがメイスを握っていることを思い出し、やめにした。


私たちはドアの両側に立ち、部屋の中をうかがった。耳をそばだてると、部屋の中で抜き足差し足している音が聞こえる。

私ほど耳のよくないマフィにも、多分聞こえているだろう。どうする、という意味を込めて私はマフィの顔を見た。


「お前がドアを開けろ」


ひそひそ声でマフィが言った。


「ドアを開けて、中のやつらが慌てて逃げようとしたところを、あたしが待ち伏せてガツンといく」


「おいおい、私は丸腰なんだぞ! 相手は鎧と剣で、完全武装してるんだろ? 」


「ケンカは素手でやるんじゃなかったのか?

だいたい、部屋ん中でこんな武器振り回すわけにもいかないだろうが」


 私はなおも抗いたかったが、やめにした。

このままもめていたら中の2人に気付かれる恐れがあるし、何よりついカッとなったマフィのメイスにどつかれる恐れもある。

私は右手でドアノブをそっと掴み、左手を顔の前で構えた。


さっきハッカ水を飲むために手袋をはずしたので、左手の契約紋(けいやくもん)はあらわになっている。

鱗の生えた肌を焼き鏝で焼いて刻まれた奇怪な文様。旧神の一柱、大地の魔神にして密偵の守護者である、ゲム=リガゲメトの紋章だ。

はるか昔、まだもっと深層にいた子供のころ、古代魔法の儀式を経てリガゲメトの神殿で刻まれた。私に大地の魔力を与えてくれる。

土、岩、金属、そういった類の無機物に干渉する力だ。


 近代の魔法は、儀式や魔導具といったツールを介して魔力を引き出す。

それに対し、旧神と契約を交わし、肉体に刻印を刻み込んで直接魔神の魔力を降ろすのが古代魔法だ。

言ってみれば、近代魔法が樽から魔力を一杯ずつスプーンやカップですくい出すのに対し、古代魔法は樽自体に蛇口をつけてしまうのである。ルートが直接の分強力だが扱いは難しいし、道具による調整が出来ない分応用が利きにくい。しかし、武器といったら今の私にはこれくらいだ。


 私は息を吸い、吐き、もう一度息を吸ってから、吐かずに息を止めてマフィの顔をじっと見た。

5秒くらい経つとマフィの腕が本当にメイスを振り回しそうになってきたので、意を決して勢いよくドアを開け放った。

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