第4話(後)
私の号令と共に、まずはジギーが進み出て両手を突き出し、口の中で古代呪文を唱える。と、放射状に突き出された指からオレンジ色の光がほとばしり、前方を広く照らし出した。炎の魔術だ。いつもはカクテル作りのために熱のみを操っているが、その分の魔力を光に回しているのだ。
その光の中を、大剣を構えてジェリオが走る。足音を聞きつけたか、静止していたゴーレムはやにわに身じろぎし、駆け寄ってくるジェリオに向かって腕を振り上げた。が、その腕が完全に上がりきる前に、ジェリオが跳んだ。
「真っ二つは無理でも……これなら通るだろうが! 」
ジェリオは空中で大剣を逆手に持ち替え、ゴーレムの太い腕目がけて突き立てた。鋼鉄の刃が腕を貫き、切っ先が反対側から突き出る。そのままジェリオは体を振り子の要領で揺らして体重をかけ、ゴーレムの腕を床に叩きつけた。切っ先が床に埋まり、腕を縫い付ける。
「頼む、大将! 」
私の出番だ。
私は助走をつけ、ゴーレムの腕を一気に駆けのぼった。目指すは、なめらかな半球型をしたゴーレムの頭部だ。ジギーの光で、後頭部の契約印がはっきり見える。あとは賭けだ。私は契約印に力を込め、手のひらを思い切りゴーレムの頭に叩きつけた。
たちまち、私の持つゲム=リガゲメトの魔力と、ゴーレムの魔力とが拮抗し、光がはじける。大地の魔力同士がぶつかりあったら、あとは魔力の押し合いだ。相手の魔神がゲム=リガゲメトより格上であれば、私の方が弾き飛ばされる――が、今回はそうならずに済んだようだ。次第に魔力の光が薄れ始め、私の掌からゴーレムの頭へ魔力が流れ込む感覚があった。
私は「引鉄」を引いた。
バスッ……と、土の塊が砕ける音がし、ゴーレムの頭半分だけが跡形もなく吹き飛んだ。ややあって、ゴーレムの体はゆっくりと沈み、その場に倒れた。私は動かない土の山と化したゴーレムの上に座り込み、安堵のため息をついた。なんとか、やり遂げられた。
炎の魔神のテリトリーである酒蔵で使われる警備用ゴーレムなのだから、炎の魔神より強い契約印が使われているはずはない。そう呼んで賭けを打ったのだが、どうやら当たったようだ。
「やったな! 大したもんじゃないか、大将」
剣を引き抜いたジェリオが、笑いながらこちらに手を差し伸べて来る。私はその手を取り、立ち上がった。
「ギリギリなんとかなった、って程度だ。こんなのがゾロゾロ出てきたら、同じ方法でやるってわけにもいかない。私の魔力にも限りがあるしな」
私は首を振った。
「とすると、ちょっと面倒な事態ですね」
ジギーが暗い顔で歩み寄ってくる。
「さっき、通路を照らしたとき見えたんですが……ほら、あそこ」
ジギーは手のひらで通路の奥を示し、再び契約印を光らせた。オレンジ色の光に照らされて、通路の奥に並ぶ大きな影が浮き上がった。ゴーレムだ。少なく見積もっても5、6体はいるだろう。
「……かなり、ハードすぎる仕事だな」
私は額を掻いた。
「……何か、手があるはずよ」
ルビエが通路の奥から出てきた。
「ゴーレムの警備を解く手段が、どこかにあるはずだと思う。そうでなかったら、酒蔵を使っていた太古の『うちびと』たちだって困ったはずだもの」
「『うちびと』かどうか、人種を感知して、外部の人間が入ってきたら襲ってくるなんてことは……」
ジギーが言いかけて、私の顔を見て口ごもる。
「……ないですね、状況から見て」
「なあ、こいつも『うちびと』の遺産なんだろう? 」
額を突き合わせて考え込む私たちから離れて、ジェリオがゴーレムの残骸をつつきながら言う。
「こいつを持って帰ったら、カネにならねえかな? 」
「無駄でしょうね」
ルビエが冷たく答える。
「ゴーレムは、魔導具というより魔術で作りだされた疑似魔物とでも呼ぶべきものよ。生き物を殺したら、その亡骸をつなぎ合わせても『命』は戻ってこない。そのゴーレムだってもう、ただの土くれの山に過ぎないわ」
「フン、そうかい……おっと!? 」
戯れにゴーレムの残骸の上を歩いていたジェリオは、突然声を上げて体勢を崩した。見ると、ブーツが半分ほど土の中にめり込んでいる。
「なんだァ……? 戦ってる時は気づかなかったが、ゴーレムってのはずいぶん水気が多いんだな……グズグズになってるぜ」
「それはそうよ、芯まで土の塊だったら動くことも出来ないもの。土の魔術で造ったフレームに、水の魔術を通して、関節部分を泥に変えて動かすとともに、水の流れを筋力の代わりにする。それがゴーレムの基本的な仕組みというわけ。
ゴーレムの技術が『うちびと』の遺失技術扱いなのも、そこが原因なのよね。魔力の大きさはともかく、属性の異なる魔力を干渉させずに扱う技術に関しては、現代魔法は古代魔法の足元にも及ばないもの」
「水の、魔術ねえ……」
ルビエの言葉を聞いて、私の頭の中で歯車が回りだした。
ゴーレムが何を基準に排除すべきものとそうでないものを見分けているのかは分からない。だが、当然それは、ゴーレム自身が感知できるものでなければならないはずだ。「感知する機能を持っている」と言った方が正しいか。あのゴーレムは、五感のうち何を備えていたか?
まず、視覚――これは考えにくい。通路は闇に包まれていた。頼りないランプの明かりだけで、私たちを「侵入者」と認識できたとは思えない。聴覚? ありえなくはないだろう。足音でこちらの移動を感知している様子はあった。しかし、それだけで侵入者を区別できるだろうか? 靴音や、歩き方が違った? いや、そんな繊細な聴覚があったようにも見えない。
酒蔵の関係者だけは通して、部外者は通さない、しかもゴーレムにも組み込める簡単な識別方法――私は考え、一つの仮定を導き出した。
「ジギー、酒は持ってきているか? 」
「酒、ですか? 」
唐突な言葉に、ジギーは目を丸くした。
「そりゃ、まあ……現地で何か作ることもあるかと思って、何本かリキュールを。でも、それがどうしたんです? 」
「いや、ちょっとした実験をやってみようと思ってな……何か、一本くれ」
ジギーは戸惑いながらも、カシスリキュールのビンを一本手渡してくれた。私はその栓を抜くと、ハンカチを取り出して中身をひと垂らしし、片手に持った。もう片方の手に魔導ランプを提げ、ゴーレムの待つ通路の奥へと進んでいく。
「おい、おい、おい……大丈夫か? 」
後ろでジェリオが心配げな声を上げる。私はハンカチを持った手を振って見せ、前に進んだ。
私の足音を聞きつけて、ゴーレムの群れが静かに動き出す。私は重心を後ろに置いた姿勢で、いつでも逃げ出せるように注意力を研ぎ澄ませながら、ハンカチを掲げた。広げて、空気中ではためかせる。さながら、降伏の白旗を掲げているようだ。
ゴーレムの動きは? 止まっていない。意に介さず、こちらに向かってきている。失敗か――私が一目散に逃げ出そうとした次の瞬間、ゴーレムたちはその歩みを止めた。その場で考え込むように2、3秒静止した後、じりじりと後ろ歩きをして、壁際に整列する。中へ入れと、案内してくれているかのようだ。
「……どうやら、推測は当たったようだ。来ても大丈夫だよ」
私は後ろで固唾を飲んで見守っている3人に声をかけた。
「あの酒が、この効果を発揮したんですか? 」
信じられない、といった顔でジギーが言う。
「ま、そういうことだ。酒蔵で働く人間には襲い掛からないゴーレムってことで、アルコールがキーになってるんじゃないかと思って試してみたんだ」
「アルコール? どういう事だ? 」
静止したゴーレムをつついてみながら、ジェリオが問うてくる。私はハンカチを振った。
「匂い、嗅覚だよ。揮発したアルコール分が、空気を介して伝わり、ゴーレムの体内に含まれた水分に溶ける。それを感知して奴らは攻撃対象か否かを判断しているんだ。生き物が匂いを感じるのと似ているな。
こいつらは外敵を防ぐ警備用というより、仕事場に無関係な者を追い出すだけの役割を担っていたんだろう。元々、酒の醸造施設に攻撃を仕掛けるような敵なんてそうはいないだろうしな」
「関係者以外立ち入り禁止の立札とおんなじようなもんか」
ジェリオは、やれやれといった顔で首を振った。
「そんなの相手に必死で戦ってたのかよ、俺たちは……嫌になるね」
「いずれにしろ、これで安心して奥へ進めるわけですね」
ルビエが心底ほっとしたという顔で言う。
「まあ、ゴーレムに関してはそうだが……何があるかわからんのが、『うちびと』の遺跡だ。気は抜かない方がいい。とりあえず、念のためみんなも、酒を染みこませた布を持っておいた方がいいな。ジギー、酒を2人にも渡してくれ」
「あまり、お酒の匂いは好きではないんですけど……仕方ないですね」
ルビエは眉をひそめながら、ジギーの差し出すリキュールのビンを受け取った。
「おっと、俺は布きれは要らないぜ」
ジェリオは言って、ジギーの手からビンをひったくると、栓を抜くなりラッパ飲みに呑み干した。
「……フーッ、これでもいいんだろ? 結局、酒の匂いがすりゃいいんだから」
ジェリオはビンを放り捨ててニヤリと笑った。私は苦笑いするしかなかった。
「お前なあ、ジェリオ。そういう問題じゃなくて……」
「そうですよ、まったく」
ジギーが口をとがらせて文句を言う。
「バーテンダーがいるというのに、その目の前で生のままの酒をあおるなんて……少々、侮辱を感じますね」
そういうことでもない……私は額を押さえた。とっとと、先へ進もう。いちいち構っていたら、こっちの神経が参ってしまう。




