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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ ブリング・バック ~
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第7話(3)

 広場は騒然となった。何しろ、満場の聴衆が見守る中、司教の横に置かれた水差しが砕かれたのだ。当然、聴衆は狙撃を連想したことだろう。凍りついたような数秒の後、人々は恐慌を起こし、一目散に出口へと殺到した。


「……この、バカ! 考えなし! 」


広場の喧騒を越えて、マフィの罵声が轟いた。見ると、聴衆を押しのけて大股にこちらにやってくる。えらい剣幕だ。


「何やってくれてんだ! ンな派手なことしたら、あたしらの方が――」


「奴らだ! 確保せよ! 」


 マフィの怒声をさらに上書きし、説教壇の方から号令が響いた。見ると、僧兵たちが集まり、横一列になって魔導刺又を構えている。私はやっと気づいた。今、司教狙撃犯だと思われているのはバークではない。私だ。

 ……他に選択肢がなかったとはいえ、マフィの言う通り少々考えなしだったか。


「放てェ!! 」


 隊長格と思しき男の、裏返った一声と共に、僧兵たちは刺又を地面に突き立てた。強烈な光がほとばしり、地面から土の板がせり出してくる。人の背丈ほどもあるだろうか。かなり強力な魔導具だ。濡れた地面から、頑丈な土壁を抽出してのけるのだから――無邪気に感心していると、その土壁群が音を立てて地面を進み、私の方へ迫ってきた。


「ああもう……ボケっとしてんじゃねえ、トカゲ頭が! 」


 ブツクサ言いながら、マフィが私の前に立った。コートの前ボタンを外し、裾を広げると、その奥から何か取り出した。黒光りする、巨大な銃身。散弾銃だ。銃身を短く切り詰め、コートの内側に革紐で吊るしている。


「ちょいと騒がしくやるがよォ、この際、仕方ねえよな……っ!」


 マフィは歯を剥いてニヤリと笑い、銃の引き金を引いた。耳をつんざく炸裂音が響く。かなり強い弾薬を使っているらしい。猿人(エイプマン)の腕力がなかったら、手首から先が吹っ飛んでいただろう。

 飛び散った散弾は、迫りくる土壁に食い込み、蜘蛛の巣のようなヒビを走らせた。だが、まだ完全には砕き切れていない。なおも地面の上を走り、迫ってくる。マフィは少しも慌てず散弾銃を手放すと、新たな武器をコートから取り出し構えた。

 2本の、銀色の棍棒(クラブ)だった。木製の本体を銀でメッキして補強し、トゲまで生やしている。凶悪な見た目だ。マフィは土壁の群れに向かって跳び、両腕を鞭のように振るった。土の壁が、お菓子かなにかのように粉砕される。あたりに大小の破片が飛び散った。


「ったく……お前のせいでまた面倒が増えた! 」


棍棒を振り抜き、別の土壁を砕きながらマフィが叫ぶ。砕かれても後から後から、土壁は送り込まれる。波状攻撃だ。

 後ろ蹴りで新たな土壁を粉砕しつつ、マフィは胸元に掛けたガンベルトから散弾をリロードした。


「とにかくお前、責任もって誤解を解いてこい! このまま司教が殺されたら、あたしら共犯にされるのがオチだぞ! 」


 私は頷いた。まったくもっておっしゃる通りだ。それにはまず、僧兵の群れを突破しなくてはならない。説得している時間は……なさそうだ。


「マフィ、適当に連中の注意を引きつけておいてくれ。何とか、壇上に登ってみる」


「何か策があんなら、早いとこ頼むぜ。このままだとあたしがバテるか、キレてあいつらの何人かブッ殺しちまうか、どっちかだ」


 回り込んできた土壁を散弾の集中砲火で土砂の山に変えながら、マフィは言った。


「もうしばらくの辛抱だ。私が突っ込んだら、お前さんは一旦建物の方まで退いてくれ。幸い、この騒ぎで野次馬もあらかた逃げちまったからな。静かに隠れてられるだろう。

 ついでに、リディアのこともよろしく頼む」


「あの小娘か……」


マフィは眉をひそめた。リディアのことがそんなに気に入らないのかと思ったが、そうではなかった。


「あいつ、こっちに来たがるんじゃないか? 恋人と直接話したいだろうし……そもそも、そのために連れてきたんだろう? 」


「この状況じゃ仕方ない」


私は肩をすくめた。


「バークだって、話を聞ける状態じゃないだろうしな。まずは取り押さえる。説得は、それからでも遅くない」


「この状況にしたのは誰なんだよ……おっと! 」


 三方から迫る壁に危うく挟まれそうになり、マフィは慌てて棍棒を振るった。際どいところで、土壁が吹き飛ぶ。


「まあ、愚痴をタレてる場合でもねえか。やるってんなら急げ。こっちはカネ以上の仕事をするつもりはねえんだからな! 」


「女性を待たせないってのも、いい男の鉄則だからな。ま、頑張るさ」


 私は契約紋に魔力を込めながら、マフィに砕かれた土の山に駆け寄った。魔力で造られた、純粋な「土」だ。大地の魔力の媒介として、これ以上のものは無い。私は拳を振るって、土の塊を「撃ち出し」た。

 拳に砕かれて、撃ち出された土は細かい砂となる。魔力を帯びた砂は空気中に残留し、風船玉のように浮かぶ。「撃ち出す」魔術の応用、砂の壁だ。壁と言ったって魔力を相殺できるだけで、物理的な防御力はほとんどない。僧兵たちが撃ち出してくる土壁には無力である。だが、それでいい。


 私は宙に舞った砂埃の風船目がけて跳んだ。脚の骨がきしむ。が、構ってはいられない。

 再び魔力を契約紋に込める。口の中で古代呪文の切れ端をぶつぶつ呟く――正直言って、おまじない程度の効果しかない。だが、今はそれにもすがりたい状況だ。成功するかどうか……私は祈るような気持ちで、拳を砂風船に叩きつけ、「引鉄」を引いた。


 大地の魔力が私の左腕からほとばしり、砂埃に叩き込まれる。同じく、大地の魔力を残留させた砂埃に。「撃ち出す」力が反発しあい、反動で私の体は弾丸のように高く高く弾かれた。迫る土壁を2枚3枚と越え、一気に壇上へ――説教壇の上に、屈みこんだバークの姿が見えた。

壊れた水差しの破片の中から、何かを探し、拾い上げる。例の飛び出しナイフ型魔導武器だ。ケイヴン司教は、色を失って演壇にすがりついている。演壇の上に置かれた増音機のマイクは、入れっぱなしになっているらしい。司教の体の震えが、重低音となって両側の増音機から聞こえている。


 私は2人の間に躍り込んだ。見事に着地を決める、というわけにはいかず、横倒しに転がって演壇の奥で止まる。あばら骨がフルオーケストラの悲鳴を上げた。


「てめえッ……! 」


バークがナイフを構えながら、緊張した声を上げる。刀身が鋭い光を放った。私は痛む体に鞭打って跳ね起きると、演壇の陰に飛び込んだ。呆然と立ち尽くすケイヴン司教も、片腕で一緒に引っ張り込む。


「な、何だね、君らは! 」


司教がしわがれた金切り声を上げる。


「『君ら』じゃない。念のため、はっきり言っとく。あんたの命を狙ってるのはあっち、私は味方だ」


 そう告げた私の顔を見て、司教の顎ががくんと落ちた。目を見開き、声も出せずに震えている。威勢のいい宗教家という話を聞いていたが、意外に小心者だ。


「あんまり男前で、うらやましいかい? だが、こればっかりは生まれつきだからな。そんなことより、早くこの場から――」


 言いかけて、空気の異様な冷たさに気づき、私は顔を上げた。いつの間にか、白い霧が当たりに立ち込めている。霧は地を這い、しだいしだいに範囲を広げていく。まだ、ジャムフの魔術の影響が消えていないのか。霧を生み出す、水の魔術。水の……?


「ヤバい……伏せろ! 」


 私は司教を蹴倒して伏せさせ、自分も床の上に体を横たえた。一瞬ののち、白い刃が幾筋も飛び、私たちのいた空間をのたうった。バークの、水の鞭だ。しかし本数が多いし、射程も長くなっている。これは……魔力のこもった霧を使っているせいか。


 這いつくばったまま下を見ると、護衛の僧兵たちも土壁を生成できなくなりうろたえている。魔導刺又の魔力が、霧の魔力による干渉を振り切れないのだ。その隙に、マフィが教会堂に向かって走る姿が見えた。ひとまず、あっちの方は心配ないようだ。


「なあ、司教さん」


私は隣で頭を抱えている司教に声をかけた。司教はがちがちと歯を鳴らしながら、やっとのことでこちらを向いた。


「あんた、信心深いんだろうけど……あんたの神様の方は、それに応えてくれるのかな? 」


「な、何を言う」


震え声ながら、きっぱりとケイヴン司教は言った。


「聖ジェマイアスの恩寵は限りなく深く、大竪穴の奥底と言えど変わりはない。私はそれを伝え、闇の中に生きるものたちにも導きの光を……」


「そりゃ、よかった。じゃあ大丈夫だな」


私は司教のローブの肩を掴むと、床を滑らせる要領で説教壇から押し出した。


「ああああアアアぁぁ!」


 長く尾を引く悲鳴を上げて、ケイヴン司教は壇の下へ落ちていった。思っていたより長い間があった後、どさりという音が聞こえる。まあ、一般家屋の2階よりは低い程度の高さだし、下は柔らかい芝生だから、大したことにはならないだろう。


「司教は頼んだ! 遠くまで、連れて逃げてくれ! 」


 私は下に向かって叫んだ。後は、護衛の僧兵たちに任せるとしよう。


「このッ……待て! 」


 夢中で刃を振るっていたバークも司教が消えたことに気付き、慌てて後を追おうとする。そちらに気を取られて刃が引っ込んだ隙に、私は演壇をバークに向けて蹴り飛ばした。

 飛んだ演壇はしかし、ナイフから蜘蛛の足のように飛び出た刃によって止められ、小さな破片へと切り刻まれた。細く長い刃の鞭が、今度は私に向けてうなりを上げる。私は避け――というより、転がった。死ぬほど体が重い。無理はするもんじゃないな……とは言え、今止まったら「死ぬほど」どころか確実に死ぬのだ。


「また、てめえか……邪魔するなら、まずはてめえからッ! 」


 バークはナイフを大振りに振り下ろした。幾本もの刃が複雑な曲線を描きながら迫ってくる。軌跡が読めない。私は必死で床を蹴り、後ずさった。切っ先が腕や脚をかすめ、十数本の切り傷を作った。

 距離だ、距離をとれ――私は考える。いくら射程が伸びたとはいえ、相手は鞭、私の力は「銃」だ。何か「撃ち出す」ものさえあれば、形勢は逆転する……いや、ダメだ。魔力を含んだ霧の中で、まともに大地の魔術を使う力など残っていない。そんな絶望的なことばかりを考えていると、後ずさった背中が説教壇の縁の柵に当たった。空間的にも状況的にも、追い詰められてどんづまりといったところだ。


「ちょろちょろ逃げやがって……大人しく、死ね! 」


 バークがナイフを振りかぶる。もう、逃げ場はない。刃を防ぐ壁もない。どうする? せめて、霧がなくなれば……風でも、吹いてくれないものだろうか。

そう、風。風だ。

 私は決意した。迫りくる無数の刃に向かい、私は体を投げ出した。痛む足で床を蹴り、低い体勢で走る。刃の何本かが私の体に突き刺さり、肉をえぐっていく。私は腕で頭と胴をかばい、致命傷を防いだ。


「悪あがきを! 」


バークは腕を返し、刃にひねりを加えた。放射状に拡散した刃の群れが収束する。その中心には、私の体がある。私は説教壇の真ん中に倒れ込み、わずかなりとも傷を少なくしようとうずくまった。背中を刃が撫で、熱い傷が幾重にも刻まれる。

 まだだ。探さなければ――私は必死で床を這った。あるかどうか、あったとして、壊れていないかどうか。賭けだった。それも、えらく分の悪い賭けだ。だが――


「今日のところは、私の勝ちのようだ」


 私の手は、バークが切り刻んだ瓦礫の中から、ついに目当てのものを拾い上げた。演壇に置いてあった、風力増音魔導機のマイク。ボロボロの上着を引きちぎり耳に詰めてから、私は出力ツマミを最大まで上げ、マイクを床に叩きつけた。


 グワアアァァアアァァン!!


 耳を聾する大音響が、左右の増音機からほとばしる。その音を第5大隧道のすみずみまで飛ばすため、風力増音魔導機は最大出力で風の魔術を放つ。ナベのフタを立てかけたような形の金属板から、嵐のように風が吹き出す。建物と壁で囲まれた広場じゅうを、突風が吹き抜ける。


「ぐ、ぐわっ……」


 バークが耳を押さえてよろける。ナイフの刃が消えていく。魔力の霧が風で吹き飛ばされたため、刃の維持が出来なくなっているのだ。私は跳び起きた。体じゅうの傷が痛むし、耳栓をしていたとはいえ、元々音に敏感な蜥蜴人種(リザードマン)の体に大音響は辛い。しかし、ここを逃せばもうチャンスはない。音が消えれば、いずれ霧も戻ってくる。


 私はバークに体ごとぶつかっていった。苦し紛れに突き出したナイフが、私の肩に食い込む。気にしない。私の体がバークの体にぶつかり、押し倒した。ナイフは私の肩に刺さったまま、バークの手を離れた。


「ぐ……この野郎、この野郎ッ! 」


 バークは床に押さえつけられてもがいた。が、体勢も悪いし、体格は私の方が上だ。


「落ちつけ。もう、終わりだ。じたばたするな」


「ダメだ! 俺には……赦しが必要なんだ」


 赦し? 思いがけない単語と、その鬼気迫る表情に、私は一瞬動揺した。その時だった。


「バーク! 」


 広場の向こうから、喉を絞るような声が響いた。見ると、教会堂の方から駆けてくる影がある。リディアだ。霧が晴れて、私たちの姿が見えるようになったのだろう。


「リディア……! 」


 バークの顔色が変わった。唇が歪み、目に絶望の色が浮かぶ。


「ダメだ……ダメなんだ。俺たちは……! 」


 突然、バークが身をよじった。獣のような唸り声を上げながら、恐ろしい力で、圧し掛かった私を跳ね飛ばす。そのまま飛び起き、私の肩からナイフを奪うと、バークは説教壇から飛び降りた。リディアの方を目指しているのではない。教会の出口に向かって走っている。

 私もバークを追って階段を駆け下りた。傷口からとめどなく血が流れていく。手足の末端が痺れて、感覚がなくなりかけている。


「バーク! バーク……」


「待て! バーク! そっちは……」


 リディアと私の声にも耳を貸さず、バークは走り続けた。その行く手――教会の門には、武装した警備の兵が待ち構えている。僧兵と、組合から貸し出された私兵の混成軍だ。


「止まれェーッ! 」


 警備兵が叫び、物理火薬式ライフルを一斉に構える。が、バークの足は止まらなかった。最後に、右手のナイフを大きく振りかぶるのが見えた。


 銃声は、湿った空気の中をひどく虚ろに響いた。ローブをまとったバークの体が、ゼンマイ仕掛けの玩具のようにくねくねと奇妙にねじれ、数秒静止した後、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。血は、ほとんど流れなかった。

 よろけながら駆け寄るリディアの後姿が、白ちゃけたスローモーションに見えた。硝煙の匂いが、薄く残った霧の向こうから漂ってくる。私はリディアの小さな背中に歩み寄った。彼女はバークの体の傍らに座り込み、その、まだ温かい顔に触れていた。

その瞳は虚ろだった。涙を流すこともなく、怒りを覚えることもなく、ただ、打ちのめされた目をしていた。


 私も打ちのめされていた。疲れがどっと両肩にのしかかり、足元からグズグズと崩れてしまいそうな感覚に襲われた。しかし、まだ私には仕事がある。じき、警備兵が駆けつけてくるだろう。時間は少ない。私はリディアの傍らに屈みこみ、バークの目を閉じさせた。


「どうして……どうして」


 リディアの唇から小さな声が漏れた。私は口を開きかけ――閉ざした。何を言えるはずもない。私は仕事のこと、自分のことだけに心を集中しようと努めた。元々、自分のためだけに再開した仕事だ。自分のためだけに、終わらせるとしよう。


 霧は晴れかけていたが、雨の降る前のような、冷たくじとついた空気だけは、いつまでも去らなかった。

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