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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ ブリング・バック ~
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第6話(前)

 大通りのはずれにある小さな酒場が、マフィと私の待ち合わせ場所だった。酒はそんなに旨くないが、小さなテーブル席がいくつもあって、誰にも聞かれずに話が出来る。

 マフィは30分ほども待たせた挙句、両手に大荷物を提げて現れた。


「よぉ、待った? 」


「いや、待った待たないじゃなく……その荷物はなんだ? 」


「仕事だよ、仕事」


嬉々としてマフィは荷物を床に置いた。パンパンになった手提げ袋が2つ。片方の口から、燭台の先が飛び出している。細工から見て、深層の遺跡で使われていたものだろう。


「……お前さん、古道具屋の仕入れしてきたのか? 」


「稼げるときに稼ぐのが、あたしの流儀なんだよ。ちゃんとあんたの方の仕事も済ましてきてるから、心配すんな。あんたこそ、ボルゴとの話し合いは上手くいったのかよ? 」


 言われて、私は大事なことを思い出した。


「そうだ。お前さん、あの紹介状は何だ? 本当に私がサイフかなんかにされてたら、どうしてくれる。ひとの命をなんだと思ってるんだ……冷や汗をかける体だったら、足首まで浸かるくらいかいてたぞ」


「結局、無事に済んだんだろ? なら良かったじゃねえか」


マフィはニヤニヤ笑うばかりだった。


「だいたい、バカ正直に封も開けてみないでそのまま渡すあんたも間抜けなんだよ。それに、後半部分はなかなかの名文だったろ? 」


 私は唸った。もはや、文句を言う気も起きない。こだわるだけ損というものだ。


「分かった分かった。そのことはもういい」


私は諦めて、頼んでおいた『ファイア・スターター』のハイボールを舐めた。マフィの手元には、炭酸を加えたアルコール分抜きのトニック・ウォーター。特別注文だ。あいつは、見かけによらず下戸なのだ。


「で、私の方の首尾だが……あまり良くはない。せいぜい、推測を確認するくらいしかできなかった」


 私はバークがボルゴの組合(フッド)の一員だったこと、依頼人とバークが恋仲だったことなどを、注意深く話した。依頼人――ミス・テアーことリディアがボルゴの娘だということは、一応伏せておいた。念のためだ。奴だって流石に吹聴していいことと悪いことの区別くらいはつくだろうが、それでも万が一ということもある。カネになる秘密に関しては、油断ならない女だ。


「とりあえず、お前さんの済ましたっていう『仕事』について聞かせてくれ。教会関係の聞き込みはどうだった? 」


「上首尾さ。拍子抜けするくらいにね」


マフィはトニックのグラスの縁を指でこすった。


「教会で、観光客のふりして聞いてみたら、あっちから率先して教えてくれたぜ。今週の末――つまり、明後日だな。上の階層から『そとびと』の司教が来て、説教するらしい。ケイヴン司教って言ってね。深層への宣教活動なんかを推し進めてる、まあ、威勢のいいタイプの宗教家だよ。うってつけだと思わない? 」


 私は顎に手をやった。深層への布教活動と、深層の魔神崇拝。純血人類の教会と、『うちびと』の宗教。水と油もいいところだ。


「……ああ、確かに、うってつけだ。うってつけすぎて、怖いくらいだ。その説教の日が狙われる可能性は高いな」


「どうする? まずは、教会に伝えるか? 」


「何と言って? 」


私は天井を仰いだ。


「『魔神を崇拝する異教徒が、説教の日に何かをしようと企んでいる可能性があります』――想像力の豊かすぎるバカとしか思われないだろう。しかも我々は、そら、どちらかと言うと「あっち側」だしな」


「あんたみたいなトカゲ面と、あんまり一緒にされたくはねえけど……ま、一理あるよ」


マフィは渋々頷いた。


「かと言って、『眠る蛇』をもう一度訪ねるというのもぞっとしない。話しただろう、片目のジャムフのことを――あれは、ただものじゃない。まともに相手するとしたら、魔導士ギルドの私兵を動員でもしなきゃ無理だ」


「そんなのが敵方にいるんじゃ、あたしらが何をどうあがいたってどうにもならないんじゃねえの? 」


あくまで他人事のマフィは、そっけないことを言ってトニックを呷る。


「そこだ。あれだけの実力があって、本気でジェマイアス教会と純粋人類に喧嘩を売る気なら、もうとっくに教会のひとつくらい更地になっているだろう。それをしないのは、奴にも何かの思惑があるからだ。今、表だって動くのは奴にとっても得策ではないんだろう。

そこを突けば……勝機、とは言えないまでも、なんとか落としどころを見つけられるかもしれない」


「……あんたの推測が的外れだったら? 説教の日になって、そいつが真っ正面から堂々と乗り込んで来たらどうするつもりさ? 」


「……ま、そん時は、そん時だ」


私はハイボールを一気に飲み干した。今度はむせ返らなかった。


「何にしても、やれるだけのことはやっておこう――ついでだ、もう一つお前さんに頼みたい、マフィ。ちょっとした手紙を今から書くから、それを教会に届けてほしいんだ」


「手紙ィ? 」


マフィの顔が歪む。早くも、面倒事の気配を嗅ぎ取ったようだ。


「なんか、嫌な含みがあるよなあ。何の手紙だよ? 」


「なに、大した内容じゃない……明後日の説教で、ケイヴン司教を暗殺しますとか、そんな風な内容にするつもりだ。ああ、文面はもう少し凝るけどね」


「脅迫状じゃねえか! 」


マフィはトニックウォーターを吹き出しそうになった。


「まあな。そういう手紙が来たら、教会の方でも多少は警戒してくれるだろう。もちろん、まだメイユレグが教会を狙っていると決まったわけじゃないから、ハズレていたら単なる嫌がらせだが……この際、手段を選んではいられないからな」


「あんたねェ……それ、見つかったら、あたしが司教暗殺をもくろむ大悪党になっちまうじゃねえかよ! どうすんだよ、そこンとこは」


「お前さんなら、上手くやれるさ。大丈夫。人のいない深夜か早朝に、門の所にでもこっそり置いてくればいい。頼むぞ、マフィ」


私はすました顔で答えた。紹介状の件の仕返しだ。目には目を、歯には歯を、手紙には手紙を。


「しょうがねえな……それはいいとして、その後どうする? まだ説教の日までは丸一日あるぜ? 」


「そうだな……お前さんは明日も引き続き、教会の周りを調べておいてくれ。どこに入口があって、どう道が続いているのか。説教はいつ、どこで行われるのか。奴らが狙うとしたらいつか。そのあたりのことを、出来るだけ考えておいてくれるとありがたい。私も同行したいところだが、ただでさえ脅迫状が舞い込んだところに強面の『うちびと』がうろついていたんじゃ、どう邪推されるか分からんからな」


「邪推もクソも、実際に脅迫の犯人じゃねえかよ」


マフィは渋い顔で言った。


「それはいいけどよ、お前は何すんだ? ケガ人らしく宿で寝てるつもりかよ? 」


「そう、出来ればいいんだがね……明日は一度、第6大隧道に降りてみるつもりだ。少々調べることが出てきたもんだからな。メイユレグの計画と直接の関係はないだろうが……」


「第6? 」


マフィの目が、すっと細くなった。


「……あんた、まだあたしに何か隠してるよね」


「雇い主は私だ。なにを伝えなにを伝えないかは、私が判断する」


私はきっぱりと言った。マフィは不服気な面持ちで私を見つめていたが、結局諦めて、ふっと息をついた。


「まあ、カネはもらっちまったからな。乗り掛かった舟だ。先行き不安な船だけどな」


「お互い、沈まないように頑張ろうじゃないか」


私は空になったハイボールのグラスを手に取り、マフィの持つトニックのグラスに軽く打ちつけた。澄んだ音が酒場に響いた。


   *   *   *


 翌朝早くに、私は竜列車に乗った。

第5大隧道から朝早くに出る列車には、淀んだ空気が漂っている。乗客たちは二日酔いの濁った瞳で、頭痛をこらえながら窓の外を眺めている。魔導灯の夢は覚め、太陽苔が無慈悲なほど明るい光を投げつけてくる。


 私はあれこれとまとまらぬ考えを抱きながら、第6大隧道駅のホームへ降りた。出来るならば、ここでミス・テアー=リディアを確保しておきたい。改めて話を聞いておきたいというのもあるし、土壇場においてはバークに対する切り札にもなりうる。

 私はまず、リディアが預けられていたという商家の方から当たってみることにした。

さして難しい仕事ではない。ボルゴの組合(フッド)から始まるカネの流れを追っていけば、必然的に関係の深い商人のリストが出来る。商工業ギルドの登記所と、数か所での聞き込みの末、私は3、4か所の候補を割り出した。


 2か所目が当たりだった。


 露店で買ったケバブをかじり、傷に沁みるチリソースに悶絶しながら歩いていると、前の通りに見覚えのある人影を見つけた。反射的に、建物の陰に身を隠す。気づかれないようにそっと相手の動きをうかがっていると、その男は私が候補に決めていた2軒目の家へと入っていった。


 確かに、見覚えのある背格好だった。どこで見たのだったか――少し考えて、思い出した。ボルゴとの食事の席で、私の前に座っていた中年の男。何かの「ヘマをしでかし」て、恐怖にかられて逃げようとした男だ。リディアが、預けられていた家を飛び出したのが三日前。その「ヘマ」のためにボルゴに呼びつけられていたのだとしたら、つじつまは合う。


 しかし、つじつまが合ったところでどうするべきか? 私はハタと気づいて考え込んだ。

彼に事情を話して、協力してもらう? いや、それはリスクが大きい。あの男とボルゴは繋がっている。リディアが第5大隧道にいると思わせておいて、私自身は別の場所を探しているとバレたら、あまり愉快な事にはなるまい。第一、彼はリディアの養育者であり、リディアを見つけなければ自分の身が危ういという立場でもある。彼にリディアを見つける力があるのだったら、最初から一人で見つけていることだろう。


 やはり、まったく別のやり方でやる他はない――考えろ。リディアのスタート地点が分かったと言うのは大きな収穫だ。ここから彼女は逃げ出した。次に何をする? 父親のいる第5大隧道へは行けない。かと言って、近場をうろうろしていたらすぐに見つかってしまう。そのはずだ。なのに、何故まだ捕まっていない? 何か、探し方がズレているのではないのか?


 私は考えながら、ケバブの残りを口に放り込み、なるべく傷に触れないように噛み砕いた。

ぼんやりしたアイデアが、頭の中で固まりつつあった。

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