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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ こちらコールドブラッド探偵社 ~
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第1話(後)

「簡単に言えば、人探しだ。男を探してほしい。冒険者だ。造成ギルドから大隧道(だいずいどう)調査部の下請け仕事を受けていたパーティの一員なんだが」


「『深み』をさらってこいと? 私一人で? 」


 私は手を広げて見せた。半分本気の驚きだった。


「私も冗談は得意じゃないが、そんなに面白くない冗談はさすがに言ったことがない」


 造成ギルドは、大竪穴(おおたてあな)の奥深くに張り巡らされた横穴を探索し、街を作るために結成されたギルドである。

 無数に存在する横穴の中には、怪物の棲家になっていたり、危険な罠のある古代遺跡であったり、『うちびと』と呼ばれる先住民の縄張りであったりするものもある。

 特に「大隧道」と呼ばれる巨大な横穴は、それぞれの時代において栄えた『うちびと』の都市であったり、神殿であったりする。


 宝もあるが罠や怪物も多い。そういった危険をはらむ未踏査の領域を調べるのが冒険者だが、ろくに用意もなく未踏査領域の奥深くへ踏み込んでいくことは、冒険者の間では『深みをさらう』と言われ、基本的に忌避されている。

 私だって忌避している。


「私は冗談は言わない」


 ヒューゴーは苦々しげに言った。眉がびくびくと動いて面白いくらいだ。


「話はしまいまで聞け。なにも、救助隊の真似事をしてくれと言うのじゃない。もう少し複雑だ……

 話は3か月前にさかのぼる。そいつの所属していたパーティは、人数こそ少なかったが中堅どころが揃っていた。目立った功績こそないが、何度かヤバい場所への踏査も成功させていたし、キャリアも実力もあるチームだった。

 それが、第7大隧道――ゲム=ウルピヤゲム神殿のあたりで、忽然と姿を消した」


 ヒューゴーはそこで言葉を切り、何秒か私の目をまともに見た。

 私は少し考えてから、この沈黙は質問を挟めということだと判断し、従ってやることにした。


「忽然と……って、全員が? 熟練のパーティが、そんな階層で消えたと? 」


 ヒューゴーは頷いた。


「君も知っているとは思うが、第7大隧道と言えば、そう危険な場所でもないはずだ。かなりの部分が踏査済みだし、その結果によれば、あそこはとうの昔に打ち捨てられた神殿だ。祀られている古神、ゲム=ウルピヤゲムも大して神格の高い神ではない。魔神と精霊の中間くらいだ。呪術トラップなどの可能性は低い」


 私は頷いた。


「ウルピヤゲムと言うと、わりあい新しい神ですな。

 水神、特に下から上へ動く水の神。噴水、揚水機、間欠泉といった水の『力』に関係する神だ。かつては土木工事の際に湧き水なんかを抑えるため、他の様々な神とともに祀られていたが、技術の発展や儀式の形骸化などから廃れはじめ、

 第6大隧道の時代頃にはもう他の神格と統合されてしまっていたはずだ」


 ヒューゴーの眉が、今までで一番高く上がった。


「いやに詳しいんだな」


「趣味でしてね。いろいろ調べて、こうやって得意げに人に語るまでが趣味、と。大竪穴で最大の蔵書を持つ探偵、なんてちまたじゃ呼ばれてますがね」


 私は親指で壁面を示した。事務所を挟む両側の壁は本棚になっていて、古書のたぐいがぎっしりと詰め込まれている。

 黒く鈍く光るドラゴン革の装丁に、地底パピルスに描かれた由緒正しい古文書、あるいは市場の物売りが日用品と一緒に売っている紐つづりの読み物まで。私の自慢の蔵書だ。大いに自慢にしているからこそ、来た客が必ず見られるよう、事務所の壁に並べている。


「噂通りだな。つまらないことに詳しい……実のところ、我々が君に依頼をしようと決めたのは、君のその知識ゆえなのだ。

 古神の伝承や『うちびと』の風俗などを好きこのんで調べるような物好きは、そうはいないからな」


 私は額を掻いた。


「依頼人だから勘弁してさしあげますがね、本当なら古代信仰の奥深さとその魅力についで夜中まで講義してるとこですよ……ともかく、話を続けてください」


「……原因は分からんが、さきほど言った通り、パーティは第7大隧道に入ったきり、戻ってこなかった。

 3か月ほど前の話だ。その時点では、造成ギルドも大して問題視はしていなかった。危険度の低い階層で行方不明になるのは、不思議と言えば不思議だが珍しいことでもない。成功報酬式での契約だったから、ギルドの懐が痛んだわけでもなかったしな。そのパーティの成員は全員死んだものと見なされた。

 第7大隧道の開発計画は白紙に戻され、ギルド上層部も一連の出来事を忘れた」


「で、3か月もたって急にその行方が気になりだしたと……何があったんです? 冒険者救済キャンペーン週間にでも入ったとか?」


 ヒューゴーは答えず、コートのポケットからコイン大の何かを取り出してテーブルの上に投げ出した。

あかがね色の金属光沢を放ち、いびつな円形をしている。

 私は白手袋をはめた手で拾い上げ、光にかざして見た。


「……タリスマンの一種に見えますね。魔導精錬された銅か、少なくとも銅を7割がた含む合金か。

素手で触っていないから確かなことは言えないが、どうやら炎の魔力が込められているらしい。

文字と文様は第7大隧道時代のものに近いな」


 言い終えてから私はタリスマンを指で挟み、顔の横で掲げて、しばらく拍手のための間を作った。

ヒューゴーはさして感心した様子も見せなかった。


「お見事だな。うちの技術部もだいたい同意見だ。文字の様式だけは、第6大隧道期まで遡れる可能性もあると言っていたがな」


「で、これがさっきの話にどう関わってくるんです? 」


 私は仕事の話を続けた。プロは自説をぞんざいにあつかわれようと気を悪くせず仕事に徹するものなのだ。


「つい2日ほど前だ。空中市場の古物商に、そいつを持ち込んだ男がいる。

 それ1枚だけを持ち込んで、酒と干し肉に換えてほしいと言うんだ。見ない顔だったし、金じゃなく物でくれというのも妙だったから、その古物商はタリスマンを鑑定すると言っておいて、裏で蓄光機(ちくこうき)を作動させていた。

 後になってその映像をギルドの人間が確かめたところ、持ち込んだ男と言うのが第7大隧道の調査員の一人だったと分かったわけだ」


「筋の通らない話だ。一介の古物商が『なんか妙だ』と思っただけの映像が、どうして一足飛びにバザール委員会にまで届くんです? 」


「それについては、口で説明するより見てもらった方が早い――いや、見なければわからん」


 ヒューゴーは、懐から薄い金属円盤を取り出した。中心のつまみをひねると、円盤が螺旋状にほぐれて半球型になる。

 魔導蓄光機(ちくこうき)の記憶媒体だ。太陽苔(たいようごけ)の細粉が、地霊の祝福を受けた青銅盤に塗りこめられている。


 太陽苔は大地の魔力を吸収して炎の魔力に変換し、光と熱を放射する植物である。

 その性質を利用して、光を大地の魔力に変換し青銅盤の中に封じ込め、青銅盤に魔力を注ぐことによって封じられた情報を光として再生するのが、魔導蓄光機の仕組みである。


「男のほうは関係ない。タリスマンを見てくれ……映すぞ」


 ヒューゴーが半球となった円盤のつまみに人差し指を置くと、指先から魔力が黄色い光の波となって半球を走り、やがてその光がぼんやりと広がって、机の上を中心とした半径2メートルほどの空間に映像が投射された。


 埃の粒子が舞う古物商の店の中だ。ぼろ布のようなマントを羽織った男が、カウンターを挟んで店主らしき男と話している。

 顔の右側一面に鮮やかなディープブルーの刺青模様が刻まれていて、その上から古傷が幾筋か横切り、顔に凄みを加えている。

 私が言うのもなんだが、あまり親しみやすい顔ではない。


 やがて男は、カウンターの上に小さな硬貨のようなものを投げ出した。

 ヒューゴーが円盤を操作して動画を止める。私は目を凝らした。投げ出されたのは、確かにあのタリスマンだ――いや、違う?


「違う」


私の口から言葉が漏れた。


「別ものだ。こちらの方が、明らかに古い」


 映像の中のタリスマンは、形こそ先ほど見せられたものにそっくりだが、ところどころに欠けや疵があり、そこから緑青色の錆が広がっている。金属光沢も鈍い。


「そう、違う」


ヒューゴーは頷いた。


「しかし、同じものだ。

 古物商は買い取ったタリスマンをバザールが運営する鑑定所へ持ち込んだ。その時は確かに、タリスマンは映像と同じく古びていた。鑑定士も、間違いなく先史時代の『うちびと』が作ったものだと断定した。

 その後しばらくタリスマンは鑑定所で保管されていた。数日後、古物商が返却を求めてやってきた時に取り出してみると……錆は半分がた取れ、傷痕もなくなっていたそうだ」


「……つまり、勝手に新しくなっていくタリスマンだと? 」


 ヒューゴーは大真面目な顔で頷いた。


「すぐさま鑑定士ギルドから、バザール運営委員会にまで話が届いた。

 実際、その間にもタリスマンは新しくなっていき、今のこの、新品同様の状態で安定した。写真と、複数人の証言がある」


「信じられない」


 私はため息をつき、すっかりぬるくなったコーヒーを飲みほした。


「錆が取れるくらいなら精錬系の炎の魔力で何とかなりそうだが、キズまで完全に修復される材質なんて聞いたことがない。

第一、誰も手を触れないのに勝手にそんなことが起こるハズは……」


「そう、うちの技術部もそう言っていた」


ヒューゴーは分厚い手のひらをうんざりしたように振った。


「具体的な仕組みはまるで分らんそうだ……本格的に分析しようと思ったらタリスマン自体を削るなり何なりしなければならないが、それで何か分かるとも限らんし、むしろそのせいで何らかの力が失われる可能性も高い。『うちびと』の魔導技術はブラックボックス化しているからな」


「それで、『出所』を探った方が手っ取り早いという結論に至った……と? 」


「そういうことだ。バザールにとって、第7大隧道の開発は些末事に過ぎない。パーティが全滅したとしても、あるいは調査費を着服してどこかへ雲隠れしたのだとしても、それはそれだけのことだ。

 だが、未知の魔導技術を隠匿した可能性があるとなれば話は別だ」


「……それだけのことを明かしてもらってから言うのもなんですがね、私はまだこの仕事、受けるともなんとも言ってないんですよ?

もし、断ると言ったら? 」


 ヒューゴーの眉が一度上がって、下がった。面白がっているような表情だった。


「断って、どうすると? 」


 私はカップをテーブルの上に置き肩をすくめた。


「そりゃ、どうとでも……バザールと関係のないギルドに情報を売ったっていいし、あるいは自分だけでその男を追いかけて、失われた魔導技術とやらを自分だけのものにするっていうのも悪くはないですね。

ちょうどヤカンがすすけてきたとこだ」


「情報、ね……」


言いながら差し出したヒューゴーの右手には、いつの間にか、例のタリスマンが握られていた。


「現物がなければ、こんな話は詐欺師の妄言でしかないさ。

 バザールを出し抜いて独り勝ちを狙うというのも感心せんな。バザールの手助けなしに、君が奴の後を追えるとでも? 」


 私はまた肩をすくめた。まあ、おっしゃる通り。しかし言い方が気に入らない。


「そういうことをしちまうくらい、私が愚かだったら……どうするつもりです? 」


 ヒューゴーは、驚くべきことに、笑った。石のような唇の端をわずかに吊り上げたのだ。驚いた。まったく人間やろうと思えば何だってできるものだ。


「そう、君は確かに愚かかもしれん。そういう噂も聞いている。

 我々としては、その愚かさに期待してもいるのだ――どうだね、実際のところ、今までの話を聞いて、やってみる気がないというのかね?

 まるで興味がないとでも? 」


 私はまたまた肩をすくめた。

 そう何度も肩をすくめたいわけじゃあないが、どうにも仕方ない。おっしゃる通りなのだから。古代の遺失魔法を持って消えた男。そんな面白そうな話を聞いて、むざむざ引き下がれるほど私は賢くない。

 残念ながら。


「……この男の名は? 」


「ガルム。トッシュ・ガルムだ。出身地、年齢、前歴の登録はなし。まあ、下請け冒険者なんてそんなもんだな。

刺青の場所と模様の形は、第5大隧道――歓楽街周りの文化だが、関係があるかどうかはわからん。

パーティでの役割は魔導士。アタッカーだ。とりたてていい噂も悪い噂もない。大した腕でもなかったのだろう」


「たいへんに、有用な情報だ」


私は唇をなめた。青い舌を見てヒューゴーが顔をしかめたのを確認し、心の中でほくそ笑む。


「ま、やれるだけのことはやってみますよ……報酬はどうします? 買物券でもくれるんですか? 」


「日当で5千ゾル。経費も持とう。成功報酬として20万。そんなところでどうだ? 」


ヒューゴーは懐から黒い紙包みを取り出した。


「まず当座の経費として1万だ。確認してくれ」


 紙包みが開くと、濁った金色の板が顔を出した。私は思わず口笛を吹いた。


「これは、これは……旧貨幣で支払いを? 」


「何か問題があるかね? 手形やバザールの私鋳(しちゅう)通貨よりも価値は安定しているはずだ。

差し支えなければ今後も旧貨幣で支払いをしたいのだが……」


「問題どころか。こんなに金払いのいい客は久々なもんでね。驚いただけですよ。領収書は要りますか? 」


 軽口を叩きながらも、私は脇腹の鱗が逆立つような感覚に身震いしていた。

 旧貨幣は『うちびと』の遺失した技術で作られた貨幣で、黄金や銀を主体とした魔導合金でできている。基本的に今の技術で製造することはできず、遺跡からの発掘以外に供給はない。

 どう考えても、場末の探偵にポンと支払われるカネではないのだ。


「受け取りの類は残したくない。なるべく話をおおっぴらにしたくはないのだ。分かるだろう? 」


 ぎろりとひと睨みくれた後、ヒューゴーは立ち上がった。私よりも頭半分ほど大きい体が、逆光の中にくろぐろと浮かび上がる。コートのポケットに手を突っ込んだまま、私を見下ろしている。


 威圧しているのか――無粋だな、どうも。そんな考えが頭をよぎり、苦笑した。おそらく、取っ組み合いにでもなったら到底かなうまい。しかし、それはそれとして、なんだか間の抜けた光景であることも確かだった。


「捜索対象の詳しい情報や写真は、バザールの方で用意してある。後で空中市場の中央街まで来るといい。

『空に星』亭という酒場だ。店主が委員会の構成員でな。何か質問は? 」


 私はゆっくりと息を吸い、鼻から吐き出して、言った。


「そのコート、どこで買ったんです? 」


 ヒューゴーは眉ひとつ動かさなかった。


「つくづく冗談の下手な男だな、君は」


 私は肩をすくめた。


「アガっちゃってるからですよ。いつもはこんなじゃないんです」

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