結
「結局、ホネ折り損のくたびれもうけかい。ま、お前らしいっちゃらしいけどね」
マフィは半ば嘲り、半ば苛立ちといった表情で私を見、パウンドケーキのひと切れをハッカ水で流し込んだ。私がみやげとして持ってきたものだ。刻んだクルミを入れてシナモンで香りをつけている。『ドワーフの帽子亭』と言えば、空中市場では少々知られた店だ。
私はというと、顔の傷のせいでせっかくのパウンドケーキもうまく食べられずにいた。鱗を破って肉までえぐれた傷は治りにくいのだ。
「ま、慣れたもんさ――経費の先払いがあっただけでも、御の字としなきゃなるまい」
「経費といや、忘れてないだろうねェ、あたしへの支払い」
フォークで私の皿のパウンドケーキをかっさらいながら、マフィは無慈悲な言葉を投げつけてくる。
「まったく、傷ついた男にかける言葉がそれでいいのかね。女性として、いや一人の人間として」
「構うもんかい、人間らしくしてたって誰が褒美をくれるわけじゃなし」
マフィはイーッと歯を剥きだした。ひねくれた奴だ。
「そういやお前、あたしの部屋の修理代も持つって言ってたよね。あれどうなった? まだ部屋のドアが直ってねえんだけど」
「そりゃ、経費が依頼人持ちだった時の話だろう。無効だ無効」
私は慌てて手を振った。自分でも少々悪いとは思うが、こいつの言うなりになってカネを払っていたら一枚残らず鱗をむしられてしまう羽目になりかねない。
「なんだァ、シケてやがんな。ま、取れないところから取ろうったって仕方ねえけど――そうだ、あのタリスマンの話でカネが作れねえのか? ギルドに握られたとはいえ、古代遺物なんだろ? 情報を流すだけでもちょっとした小遣い程度には……」
「あれなぁ……色々調べたんだがな。まだ自己修復のメカニズムは詳しく解明できてはいないが、あのタリスマンがどういう目的で製造されたかは分かったよ」
「おお、で、どういう力があるんだ? 」
私は首を振りながら答えた。
「自己修復だ」
「はぁ? 」
「だから、あのタリスマンには、自分で自分を直す以外の力はないんだよ。そういう魔術らしいんだ。自己再生の魔力を働かせようと思ったら、あの形にする以外にはない。そしてあの形にしたら、他の機能は持たせられない。要するに、他の技術に応用することは不可能なんだ。
多分、大昔にはその自己再生機能そのものが幸運のシンボルかなにかだったんだろう。ラッキーアイテム以上の効能はないんだよ、残念ながら」
「なんだよそれ……ホントに、どっからどこまで徹頭徹尾ムダ骨だな! 」
マフィはうんざりした声を上げ、ソファにどっかりと背を投げ出した。
「そんなもんさ、人生ってのは……ことに、男の人生なんてものはな」
私はもっともらしいことを言い、ハッカ水を口に含んだ。まだ口じゅうのあちこちに沁みる。
しかし、私はまだ恵まれた方だ。命も拾ったし、傷が治れば仕事もできる。大竪穴でそれを続けていくことがどれだけ大変か。
「なんだよ、今日はやけにダンディぶるな」
「私はいつでもダンディだろう」
空っぽの皿をテーブルに置きながら言うと、マフィはゴミでも見るような目でこちらを睨んできた。失敬な奴だ。
「さてと……ところでだ。このダンディに免じて、ひとつ頼みを聞いてくれないか? 」
「頼み」と聞いてマフィは体をこわばらせた。
「あァ? なんだよ」
「カネを貸してくれ」
「はァ!? 」
「いやな、いろいろ足し引きしてみた結果、深層への救助代と治療費で足が出るようなんだ、今回の仕事。今月乗り切れるかどうかどうも怪しくてな。コールドブラッド探偵社を助けると思って、ま、どうかひとつ――」
マフィは、皿を投げつけて答えた。
(続く)




