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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 稲妻の歌を聴け ~
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第4話

 チップを手に取り、少し考えてから、私は5枚を場に出した。場が少しだけざわめく。小手調べでは、何の動きも見せてこなかった。賭け金が上がったらあるいは、何か手を打ってくるかもしれない。ヴェールの下から探るように、私はリライアの顔を覗きこんだ、リライアは涼しい顔で、手元から5枚のチップを出した。賭けは成立だ。


「さて……次は、もっと良い目が出るといいんだが」


 呟きながら私はポットを振った。硬い骨が滑らかな革の中を転がり、軽快な音が響く。その中から、私は一定のパターンを探そうとした。

 先ほどからポット内の音を聞いているうちに気付いたことだが、各面が立てる音は決して同一ではない。材質は均一でも、塗られた塗料によって微妙に音響が異なっているのだ。ポットの中と言う閉鎖空間である上に、周りの雑音もあり、違いを聞き分けるのは難しい。しかし、蜥蜴人種(リザードマン)の聴力をもってすれば、どの面がどう転がっているのかを何となく聞き分けることが出来る。さらに指で革のポットを曲げれば、サイコロの軌道は変えられる。


 頃合いを見計らって、私はポットをテーブルに落とした。出来る限り静かに、狙った目が崩れないように。出来る限り、同じ目が出るように軌道修正したつもりだが……緊張しながら、ポットを上げる。

 出た目は――緑と、黄。


「おやおや……ツイてないな」


 思わず私は呟き、派手なローブの中で肩をすくめた。いくらなんでも、ポットの中で転がるサイコロの音だけを頼りに面を識別するのは無理だ。面ごとの音の違いなどただでさえ微細なのに、それが革製ポットの中では……だが逆に言えば、相手も「音」を頼りにする方法は使えないということでもある。こうして可能性をひとつひとつ検討していくほか、今は方法がない。

 私はチップをプールしてもう1度振り直し、今度は「青・黒」の役を出して、リライアにポットを渡した。さて、ここからが問題だ。リライアの2投目――今回は、1投目の5倍、2万5千ゾルという大金が懸かっている。振り方を変えてくるのか、あるいは……?


 緊張する私をよそに、リライアは馴れた手つきでサイコロをポットに入れ、振り始めた。先ほどと何ら変わりのない動きだ。相変わらず流暢で素早く、美しいとさえ言える動き。しかし、見ているうちに私はふと気づいた。音が、えらく小さい。ポットの革とサイコロの角のぶつかる音が、私が振った時よりも小さい気がする。熟練のためだろうか、それとも、サイコロを入れる時に役を作っておいて、それを崩さぬために?

 改めて彼女の手つきを見て、私はすぐに先ほどの仮説を捨てた。音こそ静かだが、稲妻のようにスピーディで激しい動きだ。あれでは、中のサイコロは完全にシャッフルされてしまう。狙った目をそのままにしておくことなど、出来そうもない。考えながら見守るうちに、ポットは」テーブルの上へ降りた。出目が露わになる。


 白・黄の役。彼女の勝ちだ。


 観客の間に再びどよめきが起こった。今度は、ややボリュームが小さい。先ほどのペアの目と違い、役が地味だったからだろう。賭け金などは関係なく、もはや彼女が勝つのは当たり前で、注目は「どんな役を出して勝つのか」という所だけに向いているようだった。


 さて、お次はどうするか。さらに掛け金を上げてみるか? ちょっと相談しようと傍らのレフの方を向き――私は口をつぐんだ。レフは目を見開き、向かいの席に座るリライアを見つめていた。異様な熱が、黒い瞳の中に燃えていた。ギャンブラーがディーラーに向ける漠然とした敵意とは明らかに違う、妄執と言っていいほどの思いだ。驚いて見つめていると、レフはハッと我に返り、苦笑いで私の視線を逸らした。


「また、負けちまったな。まあ仕方ないさ、相手は『負けないディーラー』様だもんな。どうする? これで尻尾を巻いて逃げ帰るかい? 」


 それより、君の方の事情が聞きたい――本音を無理に飲みこんで、私はチップを新たに10枚取った。ひそひそと囁きかわすギャラリーから聞こえる。レフも流石に顔色を変え、頭のおかしい人間でも見るような目で私の顔を見つめた。


「……正気か? まあ、あんたの金だから俺には何も言えねえけど、相手は『負けないディーラー』だぜ? 気まぐれにしちゃあ、高くつきすぎる遊びだ」


 まったくもって、ごもっとも。私だって自腹だったらこんな賭け方はしない。内心ではそう思いつつも、外面だけは気取って私は答えた。


「損をしてもいいと思うから遊びなのさ。得しよう得しようと躍起になってやるのは、単なる仕事だ……それじゃ、始めるとするか、もうひと勝負」


 私は三たびポットとサイコロを掴み上げた。ポットには、まだリライアの手の温もりが残っている。体温の低い体質のため、手袋の上からでもよく分かる。何だか分からないが、妙な安心感があった。彼女も、血の通った普通の人間なのだという実感。あまりに表情が変わらず、淡々と勝つために、相手が本当に人間なのかどうか疑わしく思えてきたところだ。もっとも、冷血の私が体温に「人間らしさ」を感じるというのも、おかしな話ではあるが。


 手の中でポットを回し始める。音を頼りに面の見当をつけるのには、さっき失敗した。しかし他に方法も思いつかないことだし、運任せにポットを叩きつけたところで何の足しにもならない。私はポットをさりげなく耳元に近づけ、息をひそめてサイコロの音を注意深く聞いた。観衆のざわめきも先ほどよりは小さい。これなら、いけるかもしれない……私はタイミングを見計らって、静かにポットを降ろした。


 出た目は――なんと、黒・黒。黒のペア……。


「……まあ、ペアを出すのには成功したか」


 負け惜しみのように呟いて、椅子にぐったりと寄りかかる。目の前で10枚のチップが、向こう側のテーブルに掻き寄せられていった。レフが気の毒そうな顔と面白がるような顔を半々に織り交ぜたような表情で話しかけてくる。


「だから言ったんだ、あんまり高くつきすぎる遊びだって……しかしあの賭け金で黒のペアってのは、なかなか見られない光景だったけどな」


 私は答える気にもならず、ぼんやりとテーブルを見た。サイコロとポットは、そのままの形でテーブルに置かれている。私はふと気づき、まだニヤニヤ笑っているレフに問いかけた。


「なあ、ディーラーは振らないのか? 負けが決まったら、その時点でゲームは終わりってことか? 」


 レフはふっと真顔に戻り、そう言えば、といった顔つきで頷いた。


「ああ、そこは話してなかったな。黒・黒で負けた時は、ディーラ側はダイスを振らなくていいんだ。逆にプレイヤーが白・白を出した時は、ディーラーは次のダイスを振れる。基本的にはどんな目を出してもプレイヤーの勝ちなんだが、唯一ディーラーが白・白の目を出した時だけは引き分けになる。賭けたチップはプールへ行って、次の勝負まで持ち越しになるんだ」


「つまりディーラー側というか、カジノ側が有利になるように作ってあるんだな」


 私は頷いた。これは別に不正というわけではなく、カジノのゲームにはカジノ側に有利な仕掛けがしてあるものなのだ。言ってみれば寺銭ぶんとして、わずかな確率ぶん、カジノが常に儲けられるように出来ている。客ひとりひとりが感じるほど大きな率ではないが、長くやって行けば相当な額になる割合だ。カジノの収入は、チップ交換の際の割引に加え、この「儲け」の部分によっても作られる。


「代わりに、プレイヤー側には掛け金を決める「権利」が認められてるってことになってるが……実のところこりゃああんまり意味のない権利でね。だって、次にどんな目が出るか分からない以上、勝ちそうな目に厚く張るってことも出来ないわけだろう。すっからかんになるのが早いか遅いかを自分で決められるって以外、大して意味はないね」


 レフは肩をすくめながら言った。何だか、誰もかれもが「賭ければ賭けるほど損をする」と言っているようで、流石にげんなりしてきた。私はケースのチップを数え、気合を入れ直すべく、残りのチップを全てテーブルの上に積み上げた。合計82枚の、5千ゾルチップ。くたびれ気味だった観客たちが、再び湧き上がる。


「こりゃ、面白い……来て良かった」


「今夜はなかなか、変わった見世物が見られましたな」


 観客たちがぼそぼそと話し合い、忍び笑いを漏らすのが聞こえる。何とでも言っていろ。こっちはどうせ、他人の金なんだ――破れかぶれの覚悟を決めて、私は真っ正面のリライアを見つめた。途端に、燃え上がったはずの覚悟が冷たく凍る。リライアの双眸が、ヴェールを貫いて私の目を突き刺す。信じがたいほどに青い目は、嗜虐的な輝きにきらめいていた。得物をいたぶる、猫の瞳だ。


 元から冷たい血が、心臓の底から冷えに冷え切った。私は目を閉じて首を振り、恐れを払い飛ばすと、震える手を伸ばしてポットを握った。



   *   *   *



 結論から言って、一文無しになるのに一時間とかからなかった。私はさんざんに負けた。「勝った」と言えるのは、7回目だか8回目だかに「白・白」のペアを出した時だけ。しかもその時、リライアはサイコロを振らなかった。レフに聞くと、ディーラーはプレイヤーが「白・白」を出した場合、時間を節約するために自分の手番を省略してオリることが出来るのだという。


「元々、白のペアが出たら無条件でプレイヤーの勝ちとしているローカルルールもあるんだ。そりゃ、カジノでやる時はカジノ側の儲けとしてディーラーに振らせるのが不文律ではあるけど、そもそもカジノはチップの交換レートでちゃんと儲けを確保してるわけだし、時間の節約のためにも白のペアを譲るディーラーは多い。

 リライアもその手の一人でね……白のペアは事故みたいなもんだから、「負け」のうちには入らない、オリただけだっていうのが観客の総意なんだ」


 というわけで、レフの言葉通りに取るならば私は一度も「勝つ」ことができず、100枚のチップをリライアに献上してすごすごと席を立った。席を立つ私に、リライアは言葉もかけず、ただ傲然とした美しい笑みを投げかけただけだった。観客も、もう私の方には見向きもしない。私と入れ替わりに新たな挑戦者が座ったらしく、今度はそっちの方に夢中になっているようだ。


 肩を落として戻ってきた私を、ボルゴとベルーニが迎えた。


「おかえり……それで、どうだった? 何か分かったかね? 」


 急き込んで尋ねるベルーニを私は手で制し、親指で後ろからついて来るレフを指さした。


「その前に……彼に幾らかやってください。バッグラムのルールを説明してもらいましてね、礼をする約束をしたんだが……ご覧のとおり、無一文にひん剥かれちまいまして」


 ベルーニは薄い眉をひそめ、渋い顔をした。


「そんな話は聞いていないぞ。調査に必要な費用は出すが、無駄なカネをバラ撒けとは……」


「ああ、分かった。俺が出す」


 すかさず脇からボルゴが遮り、私の腕を掴んだ。手に紙幣を握らせながら、ボルゴはひそひそ声で聞いてきた。


「……で、どうしてあの若造に興味を持った? 」


 私はカネを受け取り、数えながら、肩をすくめて答えた。


「はっきりした理由はありませんがね、探偵のカンってやつでしょうか……どの道カジノに詳しい人間に話を聞かなきゃならないってのはありましたが、あの男はどうやら適任に思えたものでね。それなりに経験を積んだギャンブラーらしいし、リライアとも個人的に何かあったようだ……ま、その話は、また後で」


 ボルゴの肩を軽く叩いて、私はレフの方へと歩み寄った。レフは壁に寄りかかり、紙巻煙草を吸っていた。大竪穴では、珍しい習慣だ。煙草は高価(たか)いうえに、室内の空気を汚す。閉じた穴蔵ではあまり歓迎されない娯楽だ。


「勝てなかったが、楽しかったよ……世話になったね。これは約束のお礼だ」


 私は笑顔を作りながら――もっとも、ヴェールに隠れてレフには見えなかったろうが――紙幣の束を差し出した。レフはさして感動した様子も無く、紙幣を受け取ると、無造作に胸のポケットへしまった。

 そのまましばらく、私たちは向き合っていた。が、相手が何も喋ろうとしないので、私は「これで別れよう」ということなのだと合点し、きびすを返そうとした。その時だった。


 マントの裾に、引っかかるものがあった。


 ぎくりとして振り向くと、レフは薄笑いを浮かべながら壁に寄りかかったままだった。薄い唇から、青っぽい煙がふわりと立ちのぼる。続いて私はマントに目を落とした。そこには、折りたたんだ小さな紙片が1枚、ピンで留められていた。


「おい、これは一体……」


 聞きただそうと私が顔を上げた時には、レフは既に背中を向け、人ごみの中に消えていくところだった。姿が消える前の一瞬、煙草を持った手がさよならでも告げるかのように揺らぐのが見えた。

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