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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 稲妻の歌を聴け ~
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第1話(前)

 私の顔に驚く様子もなく、ボーイは上着と荷物を預かってくれた。別のボーイが進み出て、テーブルまでの案内を買って出る。高価いところはやっぱり違う――私は舌を巻きながら、この調子でぞろぞろと御用聞きが出てきたらチップだけで干上がってしまうぞと、警戒を強めた。


 手紙で指定された高級クラブ『火竜の巣』の中は、ひっそりと静まり返っていた。足音が、分厚い絨毯に吸い込まれる。広いホールの中には丸テーブルが並び、落ち着いた照明の光を浴びてしろじろと輝いていた。音楽が流れ、楽しげに囁きかわす声が聞こえる――そういう雰囲気が似合う場所だ。それだけにかえって、この静寂は神経を削るような緊張感をもたらした。

 案内されたテーブルの前には、椅子に座った男が一人だけ。黒服の取り巻きを後ろに立たせ、仏頂面で座っている。ホールの中に、他に客はいなかった。貸し切り状態だ。


「よう、久しぶりだな」


 仏頂面の男――バルナバス・ボルゴは、憂鬱そうに眉を上げて私を手招きした。


「しかし、静かな店ですね……いつもこんな具合ですか? 」


 挨拶代りに冗談を飛ばし、にやっと歯を剥いて笑ったが、ボルゴは笑みを返そうとする様子もない。


「縁起の悪いことを言うな。改装中なんだ。明日にはテーブルも片づけて、絨毯を張り替えさせる」


 言われて私は、改めてホールの中を見回した。華美ではあるが重たそうな白テーブルは、ざっと見回しただけでも数十脚。全て片づけるとなると大変そうだ……と、ふと目が部屋の隅に止まった。異様なフォルムの影が、部屋の隅にうずくまっている。ステージの脇だ。巨大な手のひらのような、角を生やした獣のような――


「流石に、気になるか」


 ボルゴは言い、唇をにやりと歪めた。


「なんです、あの……オブジェは? 」


「観賞用じゃあない、実用品だ。『モンストロ』――弦管連動型の魔導パイプオルガンってとこか。新発明でな、大竪穴じゅう探してもこの『火竜の巣』にしかないって代物だ」


 そう語るボルゴの口ぶりは、どこか得意げだった。疲労と憂鬱さにどんよりと濁った瞳にまで、ガラス屑をバラ撒いたような光が灯っている。


「お前も一度くらい聞いておいた方がいい……と言いたいとこだが、クラブが休んでる間はバンドにも休暇をくれてやっていてな。今は外界へ里帰り中だ。また、仕事のない時に来て聴いたらいい」


「お気遣い、痛み入ります」


 私は頭を下げ、帽子を脱いで椅子の背にひっかけた。ボルゴとサシならば、蜥蜴の顔をさらしたところで問題はない。


「しかし、こんなこと言うのもなんですが……本当に待っててくれるとはね。半信半疑でしたよ。新手の詐欺か、タチの悪い冗談なんじゃないかって」


 私は言い、招かれるままに席に着いた。ボルゴは眉をしかめ、頬の肉を重たげに震わせながら、陰気な声で答える。


「自惚れるわけじゃあないが……この第5大隧道で、この俺の名を冗談に使うような奴がいると思うか? 」


 私は肩をすくめた。バルナバス・ボルゴは、第5大隧道の一角「翡翠通り」を牛耳る組合のボスだ。巨猪人なみの巨体に、どこか悲しげな目をした男であり、仕事のこととなると冷徹にして非情だ。


「その大物さんが、わざわざ私なんかに何の用です? まさか世間話の相手をさせに呼んだわけでもありますまい」


 ウィスキーとソーダを運んできた際どいドレスの女性に笑みを投げつつ、私は聞いた。ボルゴは太い指を腹の上で組み、指をこすり合わせていた。大きな指輪ががちゃがちゃと音を立てる。


「もちろん、仕事の話だ……少々心苦しいんだがな。覚えているだろうが、お前にはちょいとした借りがある。それを返しもしないうちにまた別の借りを作るってのも、俺としちゃあ気が進まないんだが……」


「そんなに気にするほどのことでもありませんや。こっちは商売ですからね。前の事件のことだって成り行き、今回だってカネを頂けりゃあ仕事はこなす。それだけのもんですよ、探偵なんて」


 私は肩をすくめてみせた。ボルゴと私はある事件を通じて知り合ったのだが、その際に成り行きで私は家出していた彼の娘を連れ戻すことになった(『ブリング・バック』参照)。「借り」というのは、そのことを言っているのだろう。ボルゴはなおもしばらく指をすり合わせながら黙っていたが、やがておもむろに身を乗り出し、言った。


「お前、賭け事はやるか? 」


 私は一瞬返事に詰まった後、考えながら答える。


「そう……あんまりやりませんね。元手がないもんで。どうしてです? 」


「知っての通り、俺たち組合の主な収入源に、カジノの上がりがある」


 ボルゴはテーブルに肘を突き、独り言のように説明を始めた。


「サイコロ賭博や札遊び、魔導スロットまで、第5のあちこちに大小さまざまのカジノが軒を連ねている。俺もいくつか持っているが、自分で遊ぶことはない。向いてないんだ、俺には。これで結構小心者だからな」


「見てくれで分かりますよ、そりゃ」


 私の挟んだ冗談口には耳も貸さず、ボルゴは咳払いをして話を続けた。


「ともかく……それぞれのカジノは、それぞれの地域を仕切る組合の管理下にある。それぞれ独立しちゃいるが、無秩序ってわけじゃない。例えば賭け率は、組合同士の協定で一定上限の内に留められている。賭け率の高い賭場に客は集まるもんだが、1つの賭場が抜け駆けしてハイレートを採ると、競争で際限なく率が上がっていっちまうからな。高すぎるレートはトラブルを呼ぶ。それを防ぐために、組合のボス同士で協定を結び、相互監視が行われているんだ。


 ……とは言え、ルールってやつには必ず例外が存在する。ハイレートを望む客がいる以上、供給が全くなされないなんてことはありえない。どこだって、表向きは協定を振りかざしながらも、裏じゃあこっそりハイレートな賭場を開いてるもんだ。これは既に不文律というか、公然の秘密になっていることでな」


「裏社会のさらに裏、ってわけですか……裏の裏は表だと思ってましたがね」


 私が首を振ると、ボルゴは面白くもなさそうにフンと息をついた。


「そう単純なものでもない……裏をめくってもめくっても、さらにまた裏がある。そういう、分厚い書物みたいな街だ、ここは。

 それで、お前に頼みたいということと言うのが、この、裏カジノにまつわることでな。琥珀通りのことは知っているか? 」


 私は頭の中で第5大隧道の地図を開き、数秒間考えた後、あいまいに頷いた。ボルゴの仕切っている翡翠通りと並んで走っている、やや小さい通りだったはずだ。


「琥珀通りを仕切っているボスとは、長年の知り合いでな。隣付き合い程度の仲だが、まあ悪い関係でもない。トラブルがあったのはそいつの所だ。琥珀通りで一番デカいカジノ、『笑い狼』。その地下に、知る人ぞ知る裏カジノがある。紹介なしには入れない高級カジノで、生粋のギャンブルジャンキーやお忍びの金持ちなんかがハイレートなバクチを楽しむ場所だ。裏の世界じゃ、それなりに名の知れた場所だ……そこに最近、厄介な奴が現れてな」


「妙なことを言いますね……「現れた」? 」


 私が聞き返すと、ボルゴは意外そうな顔をした。


「『厄介な奴』って方には食いつかないのか? 」


「どうせ、私が呼ばれるような案件だ。厄介な奴の一人や二人、絡んでくるのは想定無いですよ」


 私は口の端を吊り上げて笑った。


「だが、現れたってのは納得いかない。話を聞いてれば、そこは案内された客しか入れない高級カジノなんでしょう? そんな場所に、降って湧いたように厄介者が出てくるもんですかね? 」


「まさに、そこなんだ」


 ボルゴは渋い顔で頷いた。


「バカが外から入り込むのは、審査で防げる。問題は、中から起こった。厄介者ってのは、カジノの職員――もっと言うと、ディーラーだ。

 ことの起こりが正確にはいつだったのか、誰にも分からない。が、話題になりだしたのは大体ひと月くらい前からだ。『笑う狼』に、『負けないディーラー』が居るってな」


 ボルゴは口を閉じ、自分の言葉がどういう印象を与えたか確かめるように、私の瞳をまじまじと見た。私は喉の奥で低く唸り、気の利いた答えを返そうと頭をひねった。


「……そりゃまあ、カジノなんてのは結局店が負けるようには出来てないでしょうからね。そういう評判が立った方が、教育的にはいいかも知れない」


「無理にヒネって答えようとするな。ジョークにもなっちゃいない」


 ボルゴは呆れ顔で首を振った。黒目がちな瞳から、憂鬱そうな光が一瞬だけ消える。


「それに、そういう統計学的な話じゃない。そいつはサイコロ賭博の卓を仕切るディーラーなんだが、本当に、まるで負けねえんだ。おかしな話だろう? 上手い下手はあってもギャンブルなんだ。どんなに強い奴だって、続けてやってりゃ何度かは負けるもんだ。ところがそいつは、勝負をオリることはあっても、自分から仕掛けた勝負で負けることはまるでない。勝ち続けで、少なくとももうひと月にはなるっていうんだ」


 私は低く口笛を吹いた。


「そりゃ、話題になるわけだ」


「それも、あまり芳しくない話題にな……少なくとも、カジノを運営する側にとっては」


 ボルゴは重々しく頷き、後ろに控えた給仕に指で合図をする。給仕はビンを持ってうやうやしくテーブルに近づき、ボルゴのグラスを満たした。こちらにまで馥郁たる香りが漂う。深層産ワインだ。香りから推測するに、かなり若いものだろう。大農園のある第4大隧道が真上にある関係上、深層地ビールやワインに関しては空中市場より第5大隧道の方が早く手に入る。

 ボルゴはワインを一口含み、重い息をつくと、話を再開した。


「誰だって、いつもディーラーが勝つテーブルで勝負なんてしたくないもんだ。ギャンブラーってのはゲンだの流れだのを気にするから、尚更だ。今じゃそいつに勝負を挑むのは、よっぽどカネとヒマを持て余した酔狂人か、目立ちたがりのバカばかり。周りには興味本位のギャラリーが群がって見物、肝心のバクチの方は閑古鳥って状態だ。


 それでとうとうこの間、琥珀通りのボスが泣きついてきてな――と言っても、はっきりそう言ってきたわけじゃない。表向きは裏カジノなんて存在してないことになってるんだからな。寄り合いの席で、それとなく触れられただけだが……こいつは確かに見過ごせない事態だ。仕切ってる賭場で勝手なことをやってる奴を野放しにしてたんじゃ、組合の沽券に係わる。だが琥珀通りのボスはもう齢でな、面倒な問題にかかずらうほどの気力も体力も持ち合わせていない。そこでこの俺に、なにかいい方法はないかと相談してきたわけだ」


「そこでこの私が、『いい方法』ってやつをポンとひねり出してくれないかと呼ばれたわけだ」


 私はボルゴの口ぶりを真似て言った。


「悪いんですがね、私はギャンブルにも詳しくないし、カジノ経営に口出しするほどの知識もない、ズブの素人ですよ。相談する相手を間違えてやしませんか」


「分かっている。何もお前にアドバイスを求めているわけじゃない……お前にやってもらうことは、もう決めてある」


 ボルゴは指輪に彩られた手を、鬱陶しそうに振り、そのままその指を私に向かって突き出した。


「お前は、『笑う狼』に行き……そのディーラーと勝負をして、勝つんだ」

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