第6話(3)
「もう少し、ランプを近づけてくれ。それと、本の方も」
「やる気になったかね、挑戦者よ」
ヒューゴーは嘲るように言って、ランプと書物を押してよこした。私は胡坐の体勢のまま頭を下げ、本に顔を近づけた。口を開き、舌を使って表紙を開く。2つに分かれた舌の上で、紙のざらついた感覚と革の匂いが広がる。
「早いところ読んでいかないと、時間はあまり残っていないぞ」
ヒューゴーの気のない声が頭上から降ってくるが、構ってはいられない。私はページを繰りながら、そっと背後を伺った。2人の手下のうち、1人は後ろの壁にもたれかかって休んでおり、もう1人は私のすぐ後ろで、これ見よがしに大剣の柄を握っている。
私は体を起こすと、振り返り、声を張り上げた。
「おい、ちょっとどいてくれないかな。近くに立ってられると、集中できないんだが」
剣を眺めていた方の男は、黙ってもう1人の方を向いた後、向き直り、
「あァ? 随分とデカい口を利くじゃねえか……」
剣の柄に手をかけながら、歩いてくる。
そう、そうだ。その位置じゃまだダメだ。もう一歩、ランプの光がぎりぎり届いているあの石まで……
目当ての石に男の靴が重なりかけた瞬間、私は背後へ仰向けに倒れこんだ。最後の魔力をこめて光らせた契約紋が、石畳の一枚に叩き込まれる。引鉄を引くと、大剣を持った男の右足を払って石畳が飛び――壁に寄り掛かっていた男は、避ける暇もなかった。いびつな円盤型の重い敷石は、男の軸足にめり込み、へし折った。
壁際と真後ろ、倒れこむ2人の男がスローモーションに見える。私は間をおかず、腹筋で体を起こして、全身の筋肉を使って真上に頭突きを繰り出した。足払いを食らって倒れてきた大剣の男は、そのまま全体重を乗せて顎で私の頭蓋と衝突した。骨がきしむ嫌な音がする。歯も何本か折れただろうか。気の毒に。しかし、歯医者にかかれるだけマシと言うものだ。
「貴様ッ……何のつもりで……! 」
叫びながらヒューゴーが走り寄ってくる。コートの内ポケットに手を突っ込んでいる。魔導武器か、雷管式物理拳銃か、とにかく何かの武器を取り出す気だろう。私は顎を砕かれた男と一緒に、芋虫のように転がったままだ。両手足の縄を解くために、男の大剣の刃を引き寄せる。その間、ヒューゴーを足止めしなくては――私は少し迷った後、決心し、縛られた両足でランプに蹴りを入れた。
強い蹴りではない。ランプは割れず、倒れただけだ。しかし油はこぼれ、炎は広がる――魔導書の上に。
「き……貴様ッ! 」
私の方に走っていたヒューゴーは、思わず足を止め、魔導書の火を消そうとした。その間に私は手足の縄を切断し、大剣を握ったまま石壁を目指して駆けだしていた。
狙いは揚水機のスイッチだ。長いこと縛られたままだったので体がうまく動かない。剣の重さと、体中の傷がさらに足から力を奪う。肺の奥から、血の臭いがせり上がってくる。
後ろから、ヒューゴーの巨体が追ってくる。足音が静かな神殿内に響く。だが、このペースなら私の方が先にレバーに辿り着く。上がったレバーを180度の状態にまで戻せば、魔力は切れ、水の噴出はなくなる。いよいよ私の手がレバーに届きそうになった。
瞬間、金属音をとらえ、すんでのところで体を後ろに引く。
爆発音が轟き、さっきまで私の手首があったあたりの壁が甲高い音を立てて削れた。音の出どころはヒューゴーの手の中、大口径の雷管式単発拳銃だった。もう片方の手には、完全に炭と化した紙の束――魔導書のなれの果てだ。
「動くな。そこまでだ」
ゆっくりと歩み寄るヒューゴーの声には、激しい怒りがにじんでいた。私はゆっくりと両手を上げ、後ずさりした。
「やってくれたな――こいつはもう判読できん。何のつもりだ? 逃げられるとでも思ったか? 考えのないことを……」
「私を雇う前に、言ってたと思ったが……私が愚かであることは、織り込み済みだってね」
言うや否や、私の頬を銃弾がかずめた。
「最期の言葉をくだらない冗談にしたいのか? もっといい言葉を考える余裕をやる。これから手足を1本ずつ撃ちぬいて、その上で溺れさせてやるからな。そのくらいしなけりゃ、私の気が済まん」
「本には、悪いことをしたと思ってるよ……別に本に罪があるわけじゃない」
私は喋りつづけた。
「だが、燃やしてしまっても、そこまで惜しいとは思わないね。そいつは、偽書だからな」
ヒューゴーの巨大な影が、不意に揺らいだ。
「……何を言っている? 」
「偽書、ニセモノだと言ってるんだ。第8大隧道の様式を真似ちゃあいるが、その本はもっと後の時代に書かれたものだ。デッチ上げだよ。炎の神の神殿なんて、最初から嘘っぱちだ」
「ふざけるな! ギルドの鑑定士が鑑定して保証したものを、お前ごときが……」
「鑑定士だって、まさか舐めてみたりはしなかっただろう? 」
私は青い舌をべろりと出した。
「トカゲの舌は敏感でね。さっき本をめくるついでに確かめた。その本に使われていたつづり紐は、ドラゴン革をなめした紐だ。臭いからすると黒鱗種だろうな。ドラゴンは元々冒険者が大竪穴に持ち込んだ外来種だ。『うちびと』の時代にドラゴン革紐なんてあったはずがない。
バラバラになった古代の本を発見した誰かがつづり直した、って線も無くはないが、そういう場合古代式のつづりにはしない。贋作扱いされてかえって価値が落ちるからな。修復したということが誰にでもわかるようにしておいた方がいいんだ。
ま、鑑定士にだって時間をかければ分かったろうが……あんたはその時間も与えなかったんじゃないか? 」
「じゃあ、あのタリスマンは!? 」
ヒューゴーは叫んだ。
「あれはどう説明する!? ガルムが言うように、ただのアクセサリーだとでも……」
「そう、ただのアクセサリーだったんじゃないのかね」
私は無造作に言った。
「水の神の神殿で炎の魔力を持つタリスマンが見つかったってことで、あんたは炎の神殿の存在を確信しちまったんだろうが――そもそもあんたが思ってるほど、遺失魔法は特別なものじゃないんだ。現代の人間には失われた魔法でも、当時の『うちびと』にとっちゃ当たり前の技術だったんだからね。多分、当時の巡礼がお守りとして持ってたとか、その程度のものじゃないかと思う。
それに、タリスマンを修復した魔力がどこから来たかも分かった。ガルムだよ。ガントレット型の魔導武器を使うせいで、手の中に炎の魔力の残滓が溜まってたんだな。それを取り入れてタリスマンは自己修復を始めた。自動巻き時計が偶然動き出したみたいなものさ。
結局、偶然が重なって『大発見』が生まれてしまっただけなんだ。ここは単なる水の魔神の神殿で、あんたは最悪の無駄足を踏んだってわけさ」
私は喋りながら、ヒューゴーの動きをうかがっていた。銃口が小刻みに震えている。次はどう出る? 冷静さを失って、銃を投げ出して飛びかかってきた、なんてことになったらありがたいが、どうやらそう都合よくはいかないらしい。
私の手には大剣があるが、銃弾を避けて敵を叩っ斬るなんて芸当は出来るわけもない。そうでなくても魔力切れと傷と疲労とでぶっ倒れそうだというのに。やはり、時間を稼ぐしかない。
「つまりバザールでのし上がろうってあんたの野望も、これでオシマイってわけで……」
「があああああああっ!!!」
獣じみた咆哮を上げて、ヒューゴーは拳銃を構えた。ああ、しくじったな、と思った。最後の最後まで、余計なことしか言わない人生だった。その瞬間――待っていたものが来た。
風だ。大竪穴を吹き上げつづける風が、神殿の奥まで入ってきた。服のすそを揺らめかせる程度の細い風だったが、それでも十分だ。未だ燃え続ける、倒れたランプの灯りを吹き消すには。
突然弱くなった光に、ヒューゴーは動揺し立ちすくんだ。暗順応できず、銃口が左右にさまよっている気配を感じる。落ち着きと視力を取り戻すまで、稼げる時間は数秒だろう。私は蛇行して走り距離を詰めた。足音を頼りに、ヒューゴーは闇雲に銃を撃つ。
ガァン、ガァン、ガァン。
1発が脇腹をかすめて後ろへ飛ぶが、私の足は乱れない。やがて弾が切れたのか、銃を床に放り出す音がした。武器がなくなったとなったら、相手はどういう行動に出るか――想像はついていた。
闇の中でヒューゴーが壁に向かって走る音が聞こえる。揚水機だ。破れかぶれで水を噴出させようというのだ。今や地響きは小さな地震ほどに大きくなっている。ここまで過剰に圧力が上がったものを一気に噴出させたら、神殿自体が崩落しかねない。止めさせることが出来るか? 私は大剣を握る手に力を込めた。間に合うかどうかは分からない。だが、やってみるしかない。私は、レバーを握ろうとするヒューゴーの背中に向かって、剣を振りかざしながら突進した。
……間に合わなかった。
『止める』のは。
私の剣は、ヒューゴーの体を貫いていた。腎臓あたりから入った刃は、体の向こう側で抜け、黒々とした切っ先を晒していた。ヒューゴーはレバーを掴むため手を伸ばした姿勢のまま、ゆっくりとこちらを向き、なにかの表情を浮かべようとした。が、その顔はなんの表情も作れないまま凍りついた。黒いコートを着た岩のような巨体が、闇に溶けるように崩れ落ちた。
私は歯の隙間から息を吐き出しながら、震える手でレバーを戻した。地響きが小さくなっていく。小一時間もすれば、完全に収まるだろう。
人を殺した――私は立ちつくしたまま、その感触を反芻した。なにもこれが初めてというわけじゃないが、何度やっても嫌なものは嫌だ。自分がひどい大悪人になった気分になる。相手も自分を殺す気だったというのに。
そんな状態だったので、私がそれに気づいたのは、弾丸をこめる音を聞いた時だった。振り向いたのと、発射音が響いたのとは同時だった。それから一瞬のちに、右大腿に激痛が走った。私はきりもみするような形でその場に転がった。かえって幸いだったかもしれない。倒れたおかげで、続く射撃の的になることを避けられたのだから。
撃った相手は、ゆっくりと近づいてくる。倒れた私を見つけ出して、今度こそよく狙いを定めて撃ち殺すために。暗さのせいで顔は見えないが、びっこを引く足音から、敷石で足をへし折った方のゴロツキらしいと分かった。ヒューゴーが捨てた銃を拾って、持たされていた予備の弾丸でも詰めたのか、それとも自前の拳銃を持っていたのか……どちらにしろ、窮地に変わりはない。
私は壁際を必死に這いずった。だが、どこに逃げる? あたりは広間で、遮蔽物などほとんどない。わずかに、もう息のないヒューゴーの骸があるだけだ。あまり気分のよいものではなかったが、私はヒューゴーの体を起こし、その陰に隠れた。
「いたなァ、トカゲ野郎が! 」
男は、持ち上がったヒューゴーの体めがけて拳銃を2発撃った。2発とも、ヒューゴーの体に食い込んで止まる。頑丈な大男のうえ、チェーンメイルか何かをコートの下に着込んでいるらしい。ちょっとした防弾壁だ。だが、いつまでも防御できるものでもない。奴が私のもとまで来て、壁を引きはがしたらそれで終わりだ。と言って、逃げるにも闘うにも体力が足りない。右腿に負った銃創からも、血が流れ続けている。
さすがに意識が遠くなってきた。何か気の利いた遺言はないものか――そもそも考えついたとして、奴にそれが分かる脳みそがあるのか? そんなことを朦朧とした頭で考えていると――
風が、不意に吹き込んだ。
いやに冷たい風だった。閉ざされた神殿の中で、妙だ――と思っているうちに、どさりと何かが落ちる音がした。
私はおずおずと、ヒューゴーの体の陰から音のした方を覗いた。足を折られた男が立っている。暗闇の中、その体はより色濃い黒に浮き出して見える。ただ、その首だけが無かった。
私が目をみはる前で、見えない糸が切れるように男の体はくずおれた。首の斬り口は倒れるさなかシャンパンのように血を噴きだして、空気を鉄の匂いで染めた。その傍らには、動きやすそうなチェーンメイルとブーツを身につけた小柄な男が1人。ダガーナイフにこびりついた血を、ブーツのかかとで拭っていた。
「ありゃ、妙なところで会うもんだなァ、おめェとは」
立ち上がりながら言う、その声には心当たりがあった。その頭の形――暗がりでもわかる、頭髪の薄くなった頭にも。
「あんたか……バザールが、もう手を回したのか? 」
「『禿げ』と呼んでくれていいぜ。汚れ仕事の仲間にゃ、いつもそう呼ばれてる。ヒデえよなあ、まだ前髪だって残ってるのによ」
男――バザールの汚れ仕事担当の男で、マフィの店に押し入った2人組のうち、年かさで髪の薄い方は、思いがけず明るい調子で言った。
「で、バザールの話だが……いかにも、その通り。ギルドの許可なく盗掘を行ったものは重罪……特にそれがギルド運営に携わる立場の者である場合、最高刑は死刑だ。
バザール運営委員会は炎のタリスマンが出回ったって話を聞いた時から、手先を放ってたのさ。つまり、俺たちのことだ。3か月前に裏に炎の魔導書が出たって話まで嗅ぎ当てたのは良かったんだが、まさか身内が噛んでるとは思わなかったからな。とんだ無駄足を踏んじまった」
すると、マフィの店が標的になったのは、タリスマンではなく炎の魔導書目当てだったのか。私はぐったりとしてため息をついた。その魔導書自体が空振りだと分かった今、どうでもいいことではあるが。
「結局、ヒューゴー・アルカヒムが動き出すまで、何が起こってるのかは分からなかったのさ。ここんところ急に妙な動きがあるってタレ込みが入ってたから、見張らせておいたんだ。結局こんなところまでついてくる羽目になったがね。風魔法とはいえ、馬車を追っかけて長い距離走るのは結構ホネなんだぜ」
「すると、もしかして、あの時の風は……」
「風? 」
「いや、なんでもない」
私は手を振った。何から何までこいつに助けられることになったとあっては、カッコがつかない。
「それで、私はどうなる? なんかの罪に問われるのかな? 」
「そうさな……」
『禿げ』は空中を見上げ、考えるそぶりをした。
「許可なく遺跡に侵入した罪、不法行為を助ける依頼を受けて行動した罪、それからそこの薄汚いのを殺した罪と、数え上げればキリがねえ」
私は唸った。バザールと事を構えるのはごめんだ。フリーランスの探偵の立場はそこまで強くない。『禿げ』は、私がハラハラしているのを見て楽しんでいるらしい。
「安心しろ、事情は分かってる。別に隠してることがないなら、バザールだって鬼じゃねえ。ケチな私立探偵の一匹くらい、生かしてやる度量は持ち合わせてるさ。
そうだ、もう一匹の方もそろそろ、降ろしてやらなくちゃな」
言うなり『禿げ』はブーツを鳴らし、風を巻いて一瞬で遠くの柱まで跳んだ。ガルムが吊られている柱だ。ダガーナイフでロープを切り、意識を失った体を荷物のように担ぐと、再び私の目の前に着地する。
「バカな奴だ。盗掘に関わってたからにゃ、冒険者ギルドからは永久追放だろうな。ま、仕方ねえ――おっと、何だァ!? 」
『禿げ』は突然声を上げた。ガルムが意識を取り戻し、芋虫のように体をくねらせだしたのだ。『禿げ』の肩の上からガルムは滑り落ち、倒れている私の真ん前に落ちた。血走ったガルムの目と、私の目がぶつかる。
「おい、どうしたんだ、あんた……」
「言わないでくれ」
囁き声が、ガルムの喉から漏れた。はらわたを絞るような必死の声だった。
「頼む、言わないでくれ。女の――ザナのことだけは。あんたが言わなければ、誰も知らない。誰も言い出さない。だから――」
「どうした、大将? 逃げようってのか? 」
上から『禿げ』の声が響き、ブーツが振り子のようにガルムの腹へ打ち込まれた。ガルムはうっと一声上げて、それきり動かなくなった。
「まったく、面倒かけさせやがる」
何事もなかったかのように、『禿げ』はガルムの体を再び担ぎ上げた。
「こいつ、あんたに何か言ってたな。なんて言ってた? 」
「別に、何も……早く帰りたいとか、そんなことを言ってたよ」
私はそらとぼけて言った。『禿げ』は信じたようでも、信じていないようでもあった。
「ま、お前さんがそう言うならそれでもいいんだ。お前さんにも、話を聞く理由ができたってことだしな」
「おいおい、冗談はよしてくれよ。ケガに障る」
「……俺、冗談が好きそうに見えるか? 」
呟いた声はぞっとするほど冷たく、私は思わず瞬きして目の前の『禿げ』を見つめた。いつしか綺麗に磨かれたダガーナイフを、逆手持ちし目の高さまで上げている。それを振り下ろすことに、みじんのためらいもない目だ。私は身震いした。
「……勘弁してくれ、本当に」
「冗談なァ……大好きなんだ」
『禿げ』はニカッと笑って、ナイフをクルクルと回して見せた後腰の鞘にしまった。
「暗がりで見えづらかったが、なかなかの見ものだったぜ。その顔でも青ざめられるんだなァ」
「弱い者いじめを楽しみやがって」
私は目を瞑って仰向けに倒れた。まったく、冗談にもなっちゃいない。
「頼むから、早く人のいる場所へ連れて帰ってくれ。出来れば、医者のいる場所へ。看護婦もついてたらもっといい」
「あー、そのことなんだがな……悪いが、俺の風魔法じゃ、人を2人抱えて階層を上るのはちょいと無理だ」
『禿げ』の声に、本気で悪びれるような調子が聞き取れた。なんだか雲行きが怪しくなってきた。
「おい、なんだ、その言い方は? どういうことだ? 」
「だってお前、こいつの方が重傷だし、それに今回の件の重要参考人だしなあ。どっちかが順番待ちしなきゃいけないとなったら、お前が我慢しなきゃいけないだろ? 」
『禿げ』は申し訳なさそうに言う。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。そういう問題じゃない。ヒューゴーはここまで馬車で来たと言っていたぞ。その馬車に乗せてくれればいいじゃないか」
「あれなァ、殺しちまったんだよ、馬」
『禿げ』は後頭部の生え際を掻きながら言った。
「馬に騒がれて見つかったら元も子もないし、後で逃げるのに使われても厄介だしな。だから、おめェを連れて帰る手段は今のところ、ないの」
私はひっくり返りたいような気分だった。現実には、もう既にひっくり返っていたのだが。
「ま、そこは俺が、冒険者ギルドの出張所までひとっ走りして、助けを呼んでやるから心配すんな。幸い神殿だから、魔物に襲われることもないだろうしな。ところで、冒険者保険には入ってるか? 」
「入ってるわけないだろう。私は探偵だ」
「あー、そりゃご愁傷様だ。救出費用は全額自己負担になるぜ。どうする、やめとくか? 」
「さっさと行ってくれ! 」
まったく、冗談を言う気にもならない。




