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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 血と冷血 ~
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第6話(2):現在

 記録庫の中には、分厚いファイルをぎっしりと詰め込んだラックが、森のように立ち並んでいた。一歩踏み出すごとに、厚く積もった埃が舞い上がり、空気を白く染める。かすみがちな目をこすりながら、私たちは12番の棚を求めてラックの列の間を歩いた。3、4列を見回ったところで、「12」と書かれたファイルの群れに突き当たった。


「これだな……だが、まだこの辺りは新しいな」


 私は呟きながら、ファイルの背表紙を辿ってさらに奥へと進んでいった。頃合いを見計らって、ファイルを一部取り出し、開いてみる。第6大隧道への物資輸送中に起こった事故。文中に「バザール」という単語が見える。もう少し奥か。

 奥の方を見てみると、「冒険者保険調査報告書」と書かれたファイルが目に留まった。こいつは役に立ちそうだ。さらに古い時代を目指しつつ、私はルカの方に声をかけた。


「私は、もう少し資料を集めてくる。君はギルド所属者の名簿を探しておいてくれ。多分、入口の近くにあると思う。データの書き換えやら追加やらが一番多い種類の記録だからな」


 私の目的は分からなかったようだが、ルカはひとまず頷き、名簿を探しに行ってくれた。今のところは信頼されているというところだろうか。果たして、その信頼にうまく堪えられるかどうか――私は保険調査の記録を数冊抜き出し、両手に抱えながら部屋の端へ向かった。


 部屋の一角に、閲覧スペースが設けられている。ひどくがたつく椅子と、年季の入った傷だらけの机のセットだ。粗末だが、無いよりマシだ。テーブルの上に集めた記録を積み上げたところで、ルカもこちらにやってきた。彼女も分厚い記録ファイルを手にしている。


「いつの時代の記録を持ってくればいいか、分からなかったのですが……とりあえず、母さんが大竪穴を出たころの記録を持ってきました。別のがよければ、戻してきますけど……」


「いや、それでいい。ありがとう」


 私は礼を言い、その記録ファイルを受け取った。さて、材料は揃った。後は地道な作業あるのみだ。ルカに椅子を勧めながら、私は説明を始めた。


「今から私は、冒険者保険の払い出し記録を調べて、人名を選び出す。君はそいつを、ギルド職員の名簿と照らし合わせてほしい」


「保険の払い出し? 」


 まだ訳が分からないという顔で私を見つめるルカに、職員名簿を手渡し、説明を続ける。


「冒険者だったら、深層に潜る前には必ず冒険者保険に入る。冒険を通じて負傷した場合には、負傷の度合いに応じて保険金が下りるんだ。私が今から探すのは、右腕を失った事例だ」


 ルカはハッと顔を上げた。どうやら気づいたようだ。私は頷き、指で記録ファイルの山を叩く。


「そう、あの片腕の男を探し出そうというんだ。私が直接知っている事件の関係者で、まだ生きている可能性があるのは奴くらいのものだからな。恐らく奴は冒険者上がりだ――ギルドの職員の中でも、ああいう汚れ仕事をやらされるのは大抵が冒険者崩れだ。片腕を失っているのも補強材料になる。

 だとしたら、奴が右腕を失った時の記録が、必ず冒険者保険の払い出し記録に残っているはずだ。保険も掛けずに、腕を失うほどの深層へ潜るマヌケもいないだろうからな。無論、片腕を失った記録だけでも相当の数になるだろう。しかしその中で、後にギルドの職員に登用された奴となると、かなり数は絞られるはずだ」


「……随分、手間のかかる作業になりそうですね」


 ルカはわずかに眉をひそめて行った。そうは言いながらも、膝の上で名簿を開いて準備してくれている。私は微笑んだ。


「どう思っていたかは知らんがね、探偵の仕事なんてものは、大体がこんな具合なんだよ。手間がかかる割に、得るものは少ない。もしかしたらゼロかも知れない。あるいは、目当ての男を見つけ出しても、何も知らなかったなんてこともありうる。それでも縋る糸があるだけまだ恵まれてるほうさ……さて、始めるとしようか」



   *   *   *



 昼食の時間まで、私たちの作業は続いた。芳しい結果は未だ出ていなかった。負傷箇所を右腕に限定すれば多少は探しやすいかと思ったのだが、これがなかなか上手く行かなかったのだ。払い出し記録の形式自体が、時代ごとに一定でないのだ。右だろうが左だろうが「腕の欠損」としてまとめられていることもあれば、右腕の負傷とカテゴライズされてはいるものの「重傷」「軽傷」とあるだけで腕を失ったのかどうかが明記されていないものもあった。


「何だ、まだやってたのか」


 間延びした声に振り向くと、ドアの所に受付の男が立っていた。片手にサンドイッチを持って、高みの見物といったご様子だ。


「よかったら、出前でも取ろうか? こいつは隣にある料理屋に頼んで作ってもらってるんだ。メニューには無いんだが、コックが知り合いでな。そこまで旨いもんでもないけど、食えなくもない。同じもんだったら、今から声かけりゃ作れると思うけど」


 サンドイッチをひらひらと振りながら、受付の男は申し出た。私は疲れた目を押さえながら頷く。


「そうだな、それもいいかも知れん。いつ終わるかもわからないしな……ルカ、君もそれでいいか? 」


 答えは無かった。ルカの方を見ると、彼女は背中を丸め、顔をうずめるようにして一心にファイルを覗きこんでいた。


「おいおい、気持ちは分かるが、あんまり根を詰め過ぎてもよくないぞ。そういう時に限ってつまらない見落としなんかをやらかすもんだ。ここは一旦休憩して……」


 言いかける私に、ルカは顔を上げ、開いたファイルを突き出してきた。


「あの、これ……」


 指さした先は、ギルド職員名簿の中の一件だった。建設業ギルド部門、内部統制課実務員、グリフ・スティナー。身体的特徴の欄には「右腕の欠損」とある。反対側の手で押さえた保険の払い出し記録にも、グリフ・スティナーの名前がある。第5大隧道で炎の魔神の神殿を探索中、火炎のトラップで重度の火傷を負い、切断。事実確認が済んで、払い戻しは滞りなく行われている。クリップで留められた小さな魔導写真を見て、私は息を呑んだ。のっぺりとした、長い顔――最後に見てから随分年月は立っているが、間違いない。あの義手の男だ。


「……お手柄だ、よくやった」


 私は呟き、受付の男の方を向いた。


「悪いな、やっぱりサンドイッチはまたの機会にするよ。その代わりと言っちゃあなんだが、魔導複写機があったら貸してくれ。写真をコピーしたい。タダとは言わないからさ」


 受付の男は、事情が分からないながらも役得の臭いを嗅ぎつけて、あいまいな笑みを浮かべた。


「そりゃあ、別に構わないが……だが、何を見つけたんだ? こんな所に、わざわざ複写していくような情報が……」


「何でもないよ。他人から見たら、まあ、ごくつまらないものさ」


 私は肩をすくめてみせた。


「私たちにとってさえ、価値があるかどうかは分からない……それでも無いよりはマシだ。人間誰しも、手に入るもので満足することを学ばなきゃならないからな」



   *   *   *



 ツキは、続いているようだった。


 思っていたより早く義手の男の情報が手に入ったと思ったら、その所在もほどなくして分かった。コピーしてきた写真を手に、大竪穴の住宅街を片っ端から訪ねて回ったのだ。ギルドの名簿では、義手の男ことグリフは数年前にギルドを退職していた。その後の住所までは載っていなかったが、想像を働かせることは出来た。


 グリフはギルドの中でも大して要職についていたわけではなかったようだ。高級住宅地に住めるような財産はあるまい。結婚もしていなかった。そこで、独身者向けの安アパートが並ぶ一角を重点的に聞き込みして回った所、いくつかの証言が得られた。6番通りの4番地、203号室。偽名も使わず、本名のグリフ・スティナーで借りていた。


「かなりツイてるよ、今回は」


 アパートを前にして、私はルカに語って聞かせた。


「普通は、もっと苦労するもんなんだ。資料探しもそうだけど、聞き込みだって上手くいくとは限らない。人の記憶なんて曖昧なもんだからね。いざ会ってみたら、似ても似つかない別人だったってこともあり得る……ま、こいつの顔が年月を経て変わっていないことを祈るのみだね」


 ルカは上の空で頷いた。かなり興奮しているようだ。無理もない。私たちの旅が始まってから初めて、新たな証言を聞かせてくれるかもしれない第三者が見つかったのだ。私は彼女を連れて、アパートの階段を上った。

 段には埃がうっすらと積もり、靴で踏みしめるたびに陰鬱な音を立てた。あまり人の出入りがないのだろう。同じようなくすんだ色のドアが並ぶ中に、目当ての203号もあった。表札を出すでもなく、居並ぶ他のドアとまるで変わらないドアだった。何らかの形で自分がここに居るということを主張したいという欲求は、グリフには無いようだった。私はルカの方を一瞥した後、ゆっくりと呼び鈴を鳴らした。


 反応は、無かった。


 続けて2度、3度と鳴らしてみる。やはり反応は無い。例え真っ昼間から眠っていたにしろ、これだけ鳴らせば目を覚ますだろう。留守なのだろうか……ふと視線を落とした瞬間、首筋に冷たいものが走った。


「これは……」


 私は手を伸ばし、ノブの真下にある鍵穴に触れた。真鍮製の鍵穴は、埃と汚れに包まれてうっすらと曇っている。が、その上に幾筋か、輝く線が走っている。傷痕だ。誰かが、金具か何かで無理矢理に擦ったのだ。鍵穴にこういう傷がつくとなれば――私は恐るおそるノブに手をかけ、回してみた。


 難なくノブは回り、扉は開いた。


「ちょっと! 何を……」


 咎めるような声を上げるルカに、私は一本指を立てて静かにするよう促した。


「何か、イヤな予感がする……君はここで見張っていてくれ。中に入って、確かめてくる」


 ルカはまだ何か言いたげだったが、私のただならぬ様子が伝わったのか、黙ってうなずいてくれた。私は体が通るくらいにドアを開き、中へと滑り込んだ。


 漂う異様な臭いが、イヤな予感を確信にまで高めた。アパートの中は、続き間の一部屋しかない簡素な造りで、いかにも独身向けの住まいといった感じだった。無表情な家具や、まとめられた屑物の間を通り抜け、私は奥へと進んだ。窓際に大きな椅子があり、そこに座り込む人影が見えた。窓の方を眺めながら、太陽苔の光を浴びてうつらうつらしているかのような姿だった。しかし――私は唾を飲みこみ、椅子の前に回り込んで、その顔を見た。


 間延びした長い顔が、すっかり弛緩してますます長く見えていた。年齢を重ねて幾らか皺も増えていたが、顔立ちはほとんど昔のままだ。顔写真は見事に役目を果たしたわけだ。うっすらと開けたまま濁った瞳に、大きな銀蠅が止まっていた。だらりと椅子にもたせ掛けた体は、ほとんど居眠りしているだけのように見えた。


 グリフ・スティナーは、自室の椅子に座ったまま、息絶えていた。

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