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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 血と冷血 ~
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第6話(1):現在

「それで、どうなったんです? 」


 朝の空気も爽やかな表通りで、ルカは私に聞いた。私たちは宿を出て、まだ人影もまばらな通りを連れ立って歩いていた。


「どうもしないさ。私は一晩、ブライの事務所で過ごした。次の日の昼下がりに――ブライの亡骸が運ばれてきた。例の倉庫の裏手に倒れていたそうだ。ひどいもんだったよ。何人もに囲まれて、袋叩きにされたらしくてな。ギルドの私兵が、持ち物から名前を突き止めて、運んで来てくれたんだ。


 そして、それっきりさ。ギルドが金を出してくれたんで葬式は出せたが、参列者はほとんどいなかった。私は何もわからないまま葬式を済ませて、第3に戻った。

 それからは忙しくてな――家が焼けた上に私本人は雲隠れで、知り合いにはひどく心配されていたよ。色んな所に説明をしたり、焼けた家を建て直すため金策に走り回ったりしてるうちに、開発局は廃止され、カミルも大竪穴を去っていた……私は、何も知らないまま取り残された。そして、今に至るってわけさ」


「事件のことを調べ直したりは、しなかったんですか? ブラッド……ブライの死の真相を、突き止めようとしたことは? 」


 ルカは容赦なく聞いてきた。私は肩をすくめた。


「そりゃまあ、多少はね。だが、目撃者もなければ手がかりも残っていなかった。凶器はそこらへんに転がっていた材木だったし、犯人に繋がるような遺留品は何一つ残っていなかった。そこから、プロの犯行じゃないかという予想くらいは立ったが、そこまでだ。

 「依頼人」の正体だって気になったが、知っているのは死んだブライだけだったからな。事務所の中を調べてみたが、事件の記録は残っていなかった。あんまり筆まめな方じゃなかったようだ。一緒に仕事をしていたカミルも大竪穴を追われちまったし、全てが手遅れだったんだ」


 ルカは、私の説明にあまり感心した様子ではなかった。まあ、予想はしていたことだ。彼女のような娘には、私の行動はあまりにも鈍重で、優柔不断に見えるのだろう――しかし、私に何が出来たというのだ? 当時の私は、偶然にも事件に巻き込まれて、数か月間だけ探偵見習いのようなことをやった、単なる素人に過ぎなかったのだ。


「……それで、もう一度聞きますけど、どうなったんです? さっきの話では、まだ半分じゃないですか」


 ルカは、私から目を逸らすことなく言葉を続けた。


「半分……というと? 」


「ですから、ブライが死んだことまでは分かりました。問題はその続きです。いつ、あなたは探偵事務所を引き継いだんです? そして……いつ、私の母は、例の円盤を受け取ったんですか? 」


「ああ、そういうことか」


 私は頷いた。


「彼の死から数か月経ったころだ。その頃は私も新しい家を見つけて、落ち着いた暮らしを取り戻していた。そこへ、ギルドの連中がやってきた。と言っても私兵みたいな物騒な連中じゃない。きちんと正装した男でね、ギルドに委託されて不動産管理をやってるとか言ってたな。

 とにかくある日、そいつが家に現れて、手紙を差し出した。差出人はブライだった。事務所を最後に出たあの日、死の直前に第6からギルドへ出した手紙だった。そこには、ブラッド探偵事務所をベク=ベキムに譲渡する旨が記されていた。ギルドの連中はそれを読んで、私を探していたんだ。当の私が引っ越してたから、探し当てるまでに随分と時間がかかってしまったそうだがな」


「死の直前……母の持っていた円盤も、その時に? 」


 ルカの問いに、私はあいまいに頷いてみせた。


「まあ、タイミングとしては、そこ以外にないだろうな。はっきりしたことは言えないし、カミルからも何も聞いてはいないが……ブライの死と関係がある可能性は高い。だからこそ、過去の事件を追いに来たわけだ――そう、ここまで、な」


 私は、行く手にちょうど見えてきた建物を指さした。素朴な石造りで、表には「第3大隧道ギルド記録保管所」の札が見える。私が第3を離れた時から変わらない――ということはつまり、今やすっかり古びているということだ。


 重い戸を押して開け、一歩中に踏み入ると、それだけでかび臭い空気が鼻を衝く。沼の水のように淀み切った空気の向こう側に、職員らしき男が一人座っていた。男は入ってきた私たちを見て、ぎょっとした様子で立ち上がりかけた。椅子が足元でガタガタと音を立てる。


「ああ、脅かすつもりはなかったんだ。楽にしててくれ」


 私は彼の方へ手のひらを向け、安心させるように言った。男はまだ驚きの余韻から立ち直れぬ表情のまま、のろのろと椅子に戻る。私は胸ポケットから封筒を取り出し、テーブルに広げた。ジョルダンスン教授に書いてもらった紹介状だ。


「アカデミー教授からの紹介状だ。少々、ギルドの古い記録を調べたい。保管庫に案内してくれないか? 」


 言葉を継ぐにつれて受付の男の顔から驚きは去り、代わりに面白がるような表情が浮かんだ。男は立ち上がると、後ろの戸棚から鍵の束を取り出し、私たちの方へ放って寄越した。


「記録の保管庫なら、そこの戸をくぐって突き当りだ。鍵はそいつで開けてくれ」


 男は親指で後ろの方を示しながら言った。見ると、なるほど壁の一角に黒い扉がある。私は言われるままに鍵束を拾い上げながらも、少々ためらいを覚えて男を見つめた。


「……なあ、私が言うのもなんだけど、それでいいのか? 保安上の問題と言うか……私たちがもし泥棒だったら、どうするつもりなんだ? 」


「泥棒? こんな所に? 」


 男は頬杖をついて座った。からかうような口調だ。


「踏査が完了してからこっち、冒険者が来ることも無くなって、ここのギルドは今じゃあほとんど小さな商店同士の互助会みたいなもんだ。その中でもここは単なる資料庫だからな。カネに換えられるようなもんは何も置いてないよ。勝手に調べてったらいいや……何を調べるのかは知らないけどね」


 私は頷いた。安定と言うか、停滞と言うか、冒険者景気が去った大隧道は、大抵そういう状態に陥る。ことに第3ではアカデミーの力が強いため、必然的にギルドをはじめとする商工業の立場が低いのだ。


「ついでに聞いておきたいんだが、事故に関する資料はどのあたりに置いてあるのかな。資料庫ったって、広いんだろう? 」


「それだったら、12番の棚だな。記録ファイルの背表紙に12って書いてあるのがそうだ」


 男はあくび交じりに教えてくれた。


「それから、記録は基本的に古いものほど奥に眠ってるからな。いつの時代のもんを探してるのか知らんが参考にしてくれ……何か面白いもんでも見つかったら、俺にも教えてくれよ」


 男はヒラヒラと片手を振った。私はちょっと呆れて、ルカと目を見かわした。適当な運営だ。だが、こちらとしては好都合ではあるか。私は笑顔で手を振りかえし、ルカと共に奥の扉へと向かった。


 資料庫の扉を開けると、中から埃が波のように噴き出してきた。古い紙とカビの臭いがさらに強くなる。空気は濁って見えるほどに淀みきっていた。最後に扉が開いたのがいつかは分からないが、昨日今日と言う話ではないのは確かだろう。私は顔をしかめ、ハンカチで口元を覆いながら中へ入った。ルカも私にならって続く。


「事故の資料を探すと言ってましたけど……やっぱり、母さんとブラッドが追っていたという、第6大隧道での妨害工作の証拠を探すんですか? 」


「半分はイエスだ。まあ、それも見つけられれば最高だな」


 私は指を振り、ちょっと首をひねってみせた。


「だが、考えてもみろ。『敵』はギルドの中に居たんだ。そういう連中が、自分らの工作をわざわざ証拠として記録させておくと思うか? 少なくとも、身内たるギルド内部には特に気を使って隠していただろう。それを、増してやこれだけ時が経った後に掘り返せるとは思えない。その線は望み薄だな」


「それだったら、何を……」


 訝しむルカに、私はハンカチの奥から意味深な笑みを送った。


「いっそのこと、もっと遡ってみよう……事件のはるか以前、冒険者の身に起こった事故のことを調べるんだ。

 私の勘が正しければ……そこから、突破口が開けるはずだ」

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