表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ こちらコールドブラッド探偵社 ~
11/354

第6話(2)

 硬い石の感触が右頬に貼りついている。


 冷たさは感じない――私の体温が低いせいかもしれない。ただ、あちこちから何かが流れ出ている感覚がある。多分血だろう。破れたズダ袋にでもなった気分だった。身じろぎしようにも、ズダ袋なみに無力だった。自分には腕も足もあるのだ、ということをはっきり思い出そうとしながら体に力を入れると、喉から呻き声がかすかに漏れた。その声で、私は本格的に目を覚ました。


 目を開けても、大して明るくはならなかった。

 空中市場でないことは、ひと目でわかった。石壁に石畳だ。ちょっとした広間のような場所らしい。薄暗く、じめじめしている。石の削りは粗っぽく、ごつごつしているようだが、年代が分かるほどよく見えるわけではない。私も並の人間よりは夜目の利くほうだが、それでも光が足りなくてハッキリとは見えない。


 なんとか立ち上がろうとして、私は両手両足が縛られていることに気付いた。縄の縛り方はきつく、鱗がなかったら肉に食い込んでいるところだ。体の下敷きになっていた右側が痺れている。


 不意に頭上に気配を感じて、私は飛びのこうとした。無論、縛られた身ではそれもできず、少しばかり体が転がった程度だった。無防備な私の顔面に、冷水が浴びせかけられた。


「失礼、目を覚まさせてやろうと思ったんだが、もうお目覚めだったかね? 」


 嘲る声がはるか高みから降ってきた。低く太い声の、横柄なもの言いだ。忘れもしない。


「ああ、おかげさんでいい朝だ。おはよう、ヒューゴー・アルカヒム」


 水のしずくを顔からふるい落としながら、首をねじって声の方を見上げると、ヒューゴーの岩のような巨体があった。バケツを片手に提げている。暗さのせいと見上げているせいでより一層巨大に見える。後ろには、手下のデカブツ2人もいるらしい。

見上げる角度のせいでよくは見えないが、ヒューゴーは首をかしげたらしかった。


「まだ、つまらない冗談を言う元気があるのかね。だいぶ、痛めつけたつもりだったが……まだ、足りないと? 」


「あんたがその気なら私に止める手立てはないが――ま、出来れば勘弁してほしいね。これ以上男前なツラにされても困る」


私は歯の間からため息を吐き出しながら答えた。どうやら、歯は折れていないようだ。安心した。この歯を診てくれる歯医者は探すのが難しいのだ。


「しかし、参ったな……尾けられてたのか? 」


「なにも、ぴったり尾けていく必要はなかった。枝道は単純だからな。大体の方向さえ分かれば、どこに行ったかの見当くらいはつく。まさか枝道の裏側とは思わなかったが――炎の魔法が見えなかったら、見失うところだったぞ」


 私はもう一度ため息をついた。まったく、最初から最後まで余計なドタバタをやったものだ。よくよく確かめてみると、私を縛っているこの縄も、私が枝道の裏に降りる時使ったロープらしい。後から尾けてくる相手に、絶好の目印だけでなく移動手段まで与えてしまったうえ、さらに今自分を縛る道具まで提供しているというわけだ。


「……さてと、あんたがいるとなると、ここは……第7大隧道、ゲム=ウルピヤゲム神殿ってことか? 」


「ご明察だ、名探偵くん」


ヒューゴーは手をパチパチと叩いた。多分ニヤニヤ笑いも浮かべているのだろう。まったく驚いた。人間、状況次第でどうにも豹変するものだ。


「君らを眠らせた後、馬車に乗せて、夜の闇にまぎれて一気に第7大隧道まで降りてきた、というわけだ。

目撃者はなし、ギルドの見張りは前もって黙らせてある。しばらくの間は我々の貸切りと言うわけだ。なかなか、贅沢ではないかね? 」


「……それで、ガルムはどうした? 」


 私は地面に転がされたまま、苦心してあたりを見回した。それらしい人影は見当たらない。


「目線が低いな――そら、こうだ」


 ヒューゴーは私のジャケットの肩をつかみ、無理矢理に私の上半身を持ち上げた。

 顔が上を向き、それが目に入った。床に置かれた手持ちランプが照らし出す、崩れかけた柱の上から逆さに吊られた体。ガルムだ。服を脱がされ、さんざんに痛めつけられたようだ。


「随分汗をかかされたがね。一向に吐いてくれんのだ。タリスマンを突き付けても、知らないの一点張りでね。単なるアクセサリーだと思って、みやげ代わりに持ち帰ったんだそうだ……さて、ことここに至っては仕方ない。専門家サマの意見も聞かせてはもらえないかね? 」


 ヒューゴーは、掴み上げた私の体を引き寄せ、ぎらぎらと血走った眼で私の瞳を覗きこんだ。


「答によっては、君の命くらい助けてやるかもしれない。もとより探偵一匹の命なぞ、どうでもいいんだ、私には」


「……まず、実際に何が起きたか話してくれないか? 私の考えがどこまで正しかったのか、確認したい」


「ま、いいだろ。今さら隠す必要もない」


 ヒューゴーは私の体を投げ出すと、ガルムの方へ無造作に歩み寄りながら、独り芝居でもするように言葉を続けた。


「あらかた、君が探り出した通りだ。私は炎の魔導書を裏マーケットで落札し、その記述から、ウルピヤゲムの神殿に副殿として炎の神の神殿が付属していることを知った。いや、むしろウルピヤゲム神殿自体が、その炎の神を祀る神殿を造るための露払いだったのだ。ウルピヤゲムは治水工事の神――水気を嫌う炎の神の神殿を造るのには必要だろう? 」


「歴史の講義は結構だ。自分が聞かせるのはいいが、人にやられるのは嫌いなんだよ」


私は声を上げた。背中を、2人のゴロツキのどっちかが無意味に蹴飛ばしてくる。この間の意趣返しのつもりだろうか。私は呻きながらも、続けて言った。


「結局、パーティはどうなったんだ? 生還したのか? 」


「だから、君の考え通りだと言ったろう」


ヒューゴーは声に苛立ちをにじませた。


「帰って来たさ。5人雁首揃えて私のもとへな。空中市場で会うわけにもいかんから、わざわざ深層近くのギルドの出張所を押さえたというのに――なにも見つからなかった、と言うのはまあいい。私だってバカじゃない。1回の踏査で必ず何か見つかるなんて思っちゃいないさ。

 しかし、私を脅してカネだけせしめようとしたこと……これは許されない」


 ヒューゴーはおもむろに横につるされているガルムの方を向くと、いとも無造作に、その体に拳を見舞った。ガルムの体は大きく弓形にしなり、そのまま振り子のようにぶらぶらと揺れていた。声はない。もう、意識がないのだろうか。


「無論私はお人よしでもない。連れて行った手下に始末させたさ。こいつ1人だけ殺しそこねたのは不覚だったが、そこまでの危惧は抱いていなかったさ。バザールに駆けこめば奴自身の盗掘もバレるし、第一証拠があるわけでもないんだからな。


 ああ、そう、思っていたのさ。まさかこのバカが――頭の空っぽなヒモ野郎が、タリスマンをせしめてほくそ笑んでるとは、思わないじゃないか! なあ、そうだろう!? うまくやりやがって、なァ!! 」


 再び、拳。今度は体を目いっぱいに引き絞り、全身のバネを利かせて打ち込んだ一撃だ。たまらずガルムが、しわがれた咳をする。その音で、どうやら生きていると分かった。


「さて、これでこちらの内幕は話し終えた。そこで取引と行こうじゃないか、ベク=ベキム。いや、クイズとでも言った方が正しいかもしれないな、あるいは」


「クイズ? 」


 ヒューゴーは手持ちランプを拾い上げ、私の方へ近寄ってきた。ランプの光が眩しい。ヒューゴーの合図で、手下の二人が私の腕を両側から掴んで引き上げる。体が起こされて、石畳の上に胡坐をかいたような格好になった。足首は縛られているので足が広がらず、窮屈なことこの上ないが。


「これから、最後のチャンスをやろうと言うんだ」


ヒューゴーは真面目な顔で言い、私の手前にランプを置くと、手の傷痕を撫でた。


「そう、チャンスだ。君にとっても、私にとってもな。今から君には、こいつを読んでもらう」


 ヒューゴーはコートの内側から書類束のようなものを取り出すと、私の目の前に投げ出した。私は思わず、ごくりと喉を鳴らしてしまった。それは確かに、第8大隧道様式の書物だった。古びた地底パピルスを、革紐で堅く束ねてある。表紙から見て右端を、トカゲの歯のようにギザギザに留めるのは、第8大隧道より深い時代のやり方だ。


「これが、あんたの手に入れた魔導書ってやつ? 」


「そうだ。私自身は古代語は読めんが、信頼できる筋に密かに依頼したところ、炎の神殿のありかが示唆されていた――この、ウルピヤゲム神殿が目印だということは読み取れたが、それ以上は誰にも解き明かせなかった。

さて、物知り探偵くんに出題だ。この魔導書を読んで、炎の神殿のありかを見つけ出せ。それが出来たら、生かしておいてやろう。時間は……そうさな、そのランプの油が切れるまで、といったところでどうだ? 」


「……自分より冗談のヘタなやつに会うってのも、なかなか味わい深いもんだね」


私はやっとそれだけ言い返した。


「冗談じゃない。私を何だと思ってる? そんなことが出来るわけないだろう。第一、縛られてちゃページもめくれん」


「舌でも使ったらいいだろう」


ヒューゴーは興味もなさそうに言った。


「はっきり言って、そんなに期待しているわけでもない。言っただろう、最後のチャンスとな。私としては君が万に一つのラッキーで謎を解いてくれればそれでよし、解けずに死んでも一向に構わん。まあ、私の藁にも縋る気持ちを察してくれたまえ。

さて、死に方だが……」


 おもむろにヒューゴーは、傍の岩壁に触り、一部を押し込んだ。少し離れた別の一部がゆっくりとせりだし、肘の長さくらいで止まった。


「見えるかね? これはこの神殿の仕掛けの一つでね。と言ってもトラップではなく、噴水のようなものだ。古代の神官が、水の神の威容を信者に見せつけ、礼拝を行うのに使っていたとされる。さて、これを……」


 言いながらヒューゴーは、石の突起をグイと上に持ち上げた。地面から、ドラムロールのような地響きが伝わってくる。最初は小さく、徐々に大きく……。


「鳴りだしたな。これは古代の魔力揚水機だ。今、神殿の地下に埋め込まれた魔導機械が、地下水脈から水を吸い上げている。このレバーを降ろせば、吸い上げられた水は高圧で一気に噴き出す。そら、そこの噴出口からな」


 ヒューゴーが指さした先は、ガルムが吊られている柱だった。よくよく見れば、柱はやや上に向かって細くなった、噴出口らしい形をしている。


「時間が来たら、我々はレバーを下げて退出する。過剰な圧力のかかった揚水機は、しばらく水を吹きだし続けるだろう。君たち2人は縛られたまま、仲良く溺れ死ぬという寸法だ。ま、月並みだがなかなかスリルのある設定だろう? 」


「確かに、心がワクワクしてくるよ」


 減らず口を叩いたものの、私の鱗は逆立っていた。汗を流せる体だったら流していただろう。

私は必死で考えた。戦って抵抗することは出来るか? 難しい。ドクイバラのロープはがっちり食い込んでいて外せそうもないし、立って戦えたとして武器もない。魔術の方も、さっき乱発したせいで負担が大きく、撃てたとして一発だ。加えて敵方には、武装した2人の手下もいるのだ。

魔導書の解読をダメ元でやったほうがいいか? つづり紐が描く黒い稲妻模様を見つめるうちにも、時間は経っていき、ランプの油は減っていく……私は決心した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ