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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 血と冷血 ~
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第4話(後):現在

「……な、何か私、余計なことを言いましたか? 」


 ジョルダンスン教授が不安げな声で言う。私は慌てて手を振った。


「いや、とんでもない。たいへん有益な情報ですよ。こいつの正体が何なのか、ずっと気になっていたんですが……教授、こういう物って、複製がいくらでもあるような品なんですかね? 同じ形のものが他にある可能性は? 」


 ジョルダンスン教授は、ほとんど悩みもせずに即答した。


「それは、まず、ありえないでしょう。ここまで細工が細かいものは、普段使いの品ではない。祭祀用か、特別な役割を持つ道具だったのでしょう。ひとつだけ作って、族長や神官が持つような品ですよ」


 私は考え込んだ。となると、ジュスタン卿の「遺産」である円盤と、ルカが持ってきたカミルの形見の円盤は元々ひと組であったことが確実になる。しかし、これは何を意味するのか? まず考えなければならないのは、2枚の円盤はいつ別れたのかということだ。ブライがカミルのジュスタン卿それぞれに円盤を贈ったのか、それとも、ブライから受け取った2枚の円盤のうち片割れをカミルがジュスタン卿に贈ったのか。……どちらも、到底あり得ないという気がする。


 いっそのこと、深層から発掘された際に別れ別れになっていたのを、それぞれ別ルートから手に入れたという方が納得できるか? いや、それだとカミルがジュスタン卿の円盤の記事を切り抜いていた理由が分からない。やはり、何らかの形でこの事件に関わっているはずなのだが……私はあれこれ思いを巡らせながら、間を持たせるためにコーヒーを口にした。


「ま、また、難しい顔になりましたね」


 ジョルダンスン教授はたしなめるような口調で言い、自分もコーヒーを飲んだ。ごまかしたつもりだったが、やはりこの人にかかってはかなわない。


「いや、教授に迷惑をかけるつもりはなかったのですが……失礼しました、仕事の面倒を持ち込んだりして」


「それだけでは、ないんじゃないですか? 」


 唐突に、ごくあっさりと教授は言った。だがその口調に、私は刃でも突き付けられたような感覚を味わった。落ち着かない気持ちで続く言葉を待っていると、教授はコーヒーを飲み下し、どもりながらゆっくりと口を開いた。


「あ、あ、あなたの様子を見てると、今の仕事がどうこういう浅い話じゃなく、もっと、何と言うか……ふ、深いところで傷ついたような、そういう感じを受けまして。いや、下らない勘繰りだったら、勘弁していただきたいんですが」


 終わり際はほとんど平謝りするように、おずおずとした口調で教授は言った。私は思わず胸元を押さえた――心臓の近くに、銃身の硬い感触がある。パルの拳銃……冷たさと硬さが、ひと殺しの凶器を実感させた。私は今、私らしくもないことをしているのだろうか? パル=パルの死に動揺して、見当違いの方向へ闇雲に走りだしているのだろうか? 分からない――分かりようもない。


「……結局、つらいことってのは付き物なんでしょうね」


 私は呟く。ジョルダンスン教授は、片眉を上げて聞き返した。


「探偵という職業には、ですか? 」


「いや、人生ってやつにです」


 私は気障に答え、冷めかかったコーヒーを飲みほした。


「出来れば、祈っててください。私の行く手に幸運あれ、と……そう祈っててくれる人がいるということは、恵まれたことだ。どうも、忘れがちなことですが」


 教授はいたずらっぽく目配せをし、乾杯でもするかのようにコーヒーカップを顔の近くまで上げてみせた。


「いつだって、祈っていますよ。若い方」



   *   *   *



 教授と別れ、アカデミー通りを歩いて駅前まで戻ってくると、既に夕方だった。太陽苔の光は紅く潤み、足元には群青色の影が出来始めていた。ルカを待つため、私は駅前のスタンドに立ち寄り、コーヒーを注文した。と言っても、昼にも喫茶店に行った後だ。どうにも飲む気になれず、紙のコップをちびちびと口に運んでいると、通りの向こうからルカが歩いて来た。私は空いている方の手を大きく振った。


「やあ、宿は取れたかい? 」


 私の言葉に、ルカは疲れた顔で頷いた。


「一応……けど、随分歩かされました。思ったより、人が多いらしくて。どこも満室で……」


 私は頷き、ルカのためにもう一杯コーヒーを買った。


「かつての冒険者景気のころほど活気はないが、観光地としてはここらもまだまだ人気があるからね。『そとびと』には、遠くて危険な深層にまで潜るよりこの辺りで大竪穴情緒を満喫したいって連中も多いんだ。アカデミーのお蔭で、主要な文化遺産はここに集められてるわけだしね」


 しばらくコーヒーを飲みながら休んだ後、私たちは駅の預かり所から荷物を受け取り、ルカが見つけたという宿へと向かった。しばらく歩いたというからどれほど辺鄙なところにあるのかと思いきや、駅からかなり離れてはいるものの表通りに面した好立地だった。四角い、小さな建物で、看板の横に銀の二重同心円が掲げられている。

「フーム……」

 私は思わず渋い顔になってしまった。銀の二重円は外界王国の略式紋だ。『そとびと』向けの宿だということだ。こういう、目につきやすい立地で外界風の看板を掲げているタイプの宿は、往々にしてサービスの割に代金が高い。『そとびと』観光者からふんだくろうという魂胆の宿なのだ。


「……何か? 」


 不安げに、ルカが私の顔を仰ぎ見る。落ち着いた物腰をしているので忘れかけていたが、考えてみれば彼女はまだ私の娘ほどの齢なのだ。おまけに、深層へ来るのは初めてでもある。期待するだけ酷というものだ。


「いや、何でもない……とにかく、荷物を運びいれてしまおう。その後でロビーへ来てくれ。明日のことを話し合いたい。相部屋で宿を取ったって言うなら、話は別だけど」


 私は歯を剥きだして笑って見せた。が、ルカから帰ってきたのは苦笑いだった。少々オヤジ臭い下ネタだったか。ジョークの腕は上がるどころか年々悪くなる一方のようだ。私は首を振り、無言で宿へ入った。


 不愛想な女が居座るカウンターを素通りして、私たちは部屋を目指した。ルカが取った部屋は、入口にほど近い続き部屋だった。廊下の入口から、管理人室を挟んですぐにルカの部屋、その隣が私の部屋だ。まあ、荷物を運ぶ距離が短くて済むのは助かる。私たちはめいめい荷物を部屋に置き、ロビーへと戻った。

 ロビーには、小さな丸テーブルと、濃赤色をした布張りの椅子が置かれていた。人影はない。夕暮れとは言えまだ時間は浅いので、宿泊客は軒並み観光に出かけているのだろう。この手の宿を借りる客は大抵が観光客だ。


「それで、知り合いとは会えましたの? 」


 椅子に座るが早いか、ルカは口を開いた。相変わらず、人をのんびりさせてくれない子だ。私はとりあえず並んだ椅子に座り、頷いた。


「用事は済んだ。これで多少は動きやすくなるだろう……それと、思わぬ収穫もあった。君の持ってきた円盤の正体が分かったんだ」


 私はルカに、ジョルダンスン教授から聞いた「糸縒り器」の話を聞かせた。ルカは神妙な顔で聞いていた。


「……やはり、ジュスタン卿もこの件に関わりがあると? 」


 ルカは期待のこもった眼差しで問うてきた。私はちょっと迷った後、軽く頷く。


「その可能性は大いにある……しかし、この『大いにある』ってのが曲者でね。正直言って、今はあんまり有難くない情報だ。「誰を調べなくちゃいけないか」って情報は、もう腐るほどあるんだ。今は「誰を調べなくていいか」って情報の方が欲しいんだよ。何しろ、何一つはっきりとしたことが分からない状態だからな。このままじゃ、第3の砂粒ひとつに至るまで調べつくさなきゃいけなくなりそうだ」


 なるべく冗談めかして軽い調子で言ったが、ルカは真面目に取ったようだ。不安げなまなざしを私に向けている。


「それで、さし当たって明日からはどうします? 」


「そうだな、明日は少しばかり、昔の記録を調べに行くつもりだ」


「昔の記録? 」


 首をかしげるルカに、私は力強く頷いて見せた。


「全てのカギはおそらく、ギルドにある。あの時、本当は何が起こっていたのか……近くに居ながら、私には事件の全容がまったく見えていなかった。それを調べ直す。まずは、当時の事故の記録だ。ブライの言う通り、本当にギルドの差し金だったのか? 証拠と呼べるようなものは残っていないだろうが、多少なりとも雰囲気くらいは掴んでおきたいからな。

 それに、実はこっちが本命なんだが、『依頼人』の問題がある。ブライはプロの探偵だ。実際にどんな仕事をしていたにしろ、その仕事を依頼した依頼人がいるはずなんだ。恐らくは、ギルドに近しい人物だろうが……そいつなら、あの事件の内幕を知っているはずだ」


「ずっと気になっていたんだけれど……」


 ルカが、ためらいがちに口を挟む。


「『ギルドの業務を妨害する事件を起こして、それを口実に開発局がギルドを牛耳る』……そういう陰謀だったって、『ブラッド』は言ってたんでしょう?

 でも、現実としてギルドは外界からの支配を受けていないし、開発局は勢力を拡大するどころか廃止されてしまった。何一つ、現実にはなっていない……いったい、何が起こったのかしら」


 私を見るルカの目は疑わしげだった。言葉には出さないが、私の話自体が眉唾物だと言いたげな表情だ。まあ、無理もない。何しろ昔の話だし、私自身にとっても遠い過去の物語で、ほとんど夢のようにぼやけている。


「確かに。結果として言えば、何も起こらなかった。ブライやカミルが言ったような大事件は起こらず、起きたことと言えば……一人の探偵の死だ」


「それではブラッドは……やはり、『事件』のせいで? 」


 ルカはごくりと唾を飲みこみながら言った。私はひょいと首を巡らし、宿屋の入口を見た。人が入ってくる様子はない。窓からはまだ、弱々しい太陽苔の光が差し込んでいる。


「まあ、時間はありそうだ。退屈しのぎに、昔話でもしてあげよう。私が、ブライと共に第6大隧道まで赴き、彼の死を看取った話だ」


「あなたが!? 」


 ルカは両手で口を押え、声を押し殺した。


「だって、あなたは事件を詳しく知ってるわけじゃないと……」


「実際、知らないままついていったんだ。自分でも呑気だったとは思うんだけどね」


 私は少々照れくさい思いで首を振った。


「成り行きだ。何も、一緒に仕事をしてたわけじゃない。ちょっとした都合があってね、第6の近くにあるブライの事務所へ一緒に行かなきゃならなくなったんだ――そう、今は私の事務所、『コールドブラッド探偵社』になってる、あそこだよ。

 そこで彼は死んだ。私に、何を告げることもなく」


 どう反応していいのか分からない様子で目をぱちくりさせるルカを見つめ、私は話を始めた。舌が言葉を送り出すうちに、私はルカではなく、自分自身に向かって話しているような気分になってきた。ロビーの風景が霧のように滲み、過去の風景が蘇ってくる。私の部屋、本棚、在りし日の第3大隧道。いくつもの風景が浮かんでは消えた。


 その奥から浮かび上がってくるのは、笑顔だった――黒い帽子を粋に傾けてかぶり、口元を不敵に釣り上げて、帽子の下から覗く瞳は野心の星を抱く。ブライ・ブランダルの、忘れえぬ笑顔。


 私は目くるめく思い出の中へと身を投げだしていった。

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