第4話(前):現在
「それで、どうするんです? まだ具体的な方針を聞いていませんでしたけど」
竜列車から降り、落ち着く暇もなく、ルカは私に聞いて来た。旅の疲れを微塵も感じさせない、溌剌とした声だ。意志力の違いか、若さのなせる業か――そう若くもない私は、淀んだ目でルカを見返し、力なく答えた。
「まあ、そう焦るなよ。今度の仕事は昔の事件の洗い直しだ。もう既に十年単位の時間が流れちまってるのに、今さら一分一秒を惜しんだって始まらないじゃないか?
ともかく、ねぐらを決めよう。いつまでこっちにいなきゃならないか分からないからな。宿の方は、君が取ってくれ。私はその間に、ちょっと知り合いを訪ねてくる」
「知り合い? 」
怪訝そうな顔をするルカに、私は慌てて付け足した。
「と言っても、世間話をしにいくんじゃあないからな。こっちでの調査をやりやすくするための、下準備だ。まあ、任せておいてくれ。夕食時くらいには戻ってくるから、駅で落ち合おう」
荷物を駅の預かり所に預け、私たちは第3大隧道の表通りへと出た。ルカは駅前に並ぶ宿屋へ、私は大通りをまっすぐ進んだ。途中で、鳥力車でも捕まえられればと思ったが、生憎一台も通りかからなかった。巨大な飛べない鳥・オオツチドリに曳かせる鳥力車は、深層ではポピュラーな交通機関である。料金も庶民的だ。その分、車や運転手に当たりはずれはあるが……。
結局、私は目的地までの道のりを歩きとおしてしまった。長旅で疲れているところに、徒歩旅行は辛い。私は荒い息をつきながら、倒れかかる首を無理に起して目的地――王立アカデミーの建物を見上げた。相変わらずの威容だ。大竪穴研究の総本山として第3大隧道に設置されたアカデミー研究所は、ここ最近のうちに大幅な増改築を施され、敷地面積自体もかつての数倍にまで膨れ上がっていた。こりゃ、目当ての人を探すのにも一苦労だな――覚悟を決めかねて、正門の前でうろうろしていると、不意に後ろから叫び声が飛んできた。
「若い方! あ、あなた、どうしたんです、こんな所で! 」
振り向くと、白髪頭の小さな老人が、両手を広げてこちらに歩み寄ってくるところだった。満面に人懐っこそうな笑みを浮かべた老人は、ほとんど小走りといっていいほどの速さで歩み寄ると、感極まった様子で私を抱擁した。
「お久しぶりです、ジョルダンスン教授。お変わりなく……」
私は笑って挨拶を返した。まさか、尋ね人の方から来てくれるとは。こいつは幸先がいい。
「あ、あなたもね、美しい緑」
老人――ヴァーニ・ジョルダンスン教授は、私の体を軽く叩きながらニコニコと挨拶を返した。
ジョルダンスン教授は、言ってみれば私の恩師だ。遥か昔、第3大隧道で暮らしていた頃、私を研究協力者として雇ってくれたのがこの人だった。深層の言語や風俗のことを教える代わり、学術的に見た大竪穴の姿を教わり、珍しい本なども色々と貸してもらった。今でも親交があり、たまに論文への意見を求めてきたり、翻訳のニュアンスについて相談を持ちかけられたりもする。本当のところは、あまりまっとうとはいえない職に就いた私を心配して会いに来てくれているのじゃないかという気もするが。
「そ、そ、それはそうと、今日はまた、どんな用事で? しばらくアカデミーでは、顔を合わせませんでしたが」
眼鏡の奥の目を見開いて、ジョルダンスン教授は聞いてきた。
「そうですね……ちょいと込み入った話なんで、どこか落ち着けるところで話しましょう。お時間の方は? 」
ジョルダンスン教授は、大げさに両手を挙げてみせた。
「可愛い教え子と旧交を温めるための時間なら、い、いくらでも用意しますよ、若い方」
時間は真昼をだいぶ過ぎたところで、食堂などは昼の書き入れ時を終えて準備中の札をかけていた。私たちは通りを少し歩き、アカデミー通り沿いにあるカフェに入った。やはり客はまばらで、もと冒険者らしいマスターが、カウンターに頬杖をついて欠伸をしていた。
私とジョルダンスン教授は向かい合ってテーブル席に座り、鉱石珈琲を頼んだ。まず、私が口を開く。
「そう言えば、いつぞやのイユル=ゲマフ写本の件ではどうも……色々とアカデミーに迷惑をかける結果になってしまって、すみませんでした」
私は頭を下げた。何は無くとも、まず謝っておかなければならないと思っていたのだ。少し前、私は古文書に関する依頼を受けてアカデミーを訪れ、結果として資料の捏造を暴くことになった。しかも渦中の人となった教授は、ジョルダンスン教授と旧知の間柄だったのだ(「かくて幕は降り……」参照)。自分の仕事を全うしただけとはいえ、やはり罪悪感はあった。
「……まあ、そう言わないで。どのみち、いつかは明るみに出ることだったと、思いますよ」
ジョルダンスン教授は困ったように笑い、頭を上げるよう私に身振りで示した。
「も、もちろん、手放しで喜べる結果ではありませんでした……でも、真実を明らかにしてくれたという一点だけでも、あなたの仕事には意味があった。私はそう思います、若い方」
「真実と言えば……あの『写本』の研究は、どうなりました? 」
先の事件では、調査の結果、問題の資料は捏造されたものだと分かった。だが捏造に使われた材質には、何らかの仕掛けがしてあるらしいとも分かったのだ。改めて徹底的な研究を行うようアドバイスして、私はアカデミーを去ったのだが……教授の浮かぬ顔を見ると、調査は進んでいないようだった。
「あ、あ、あなたの助言通り、確かに何らかの魔術的な仕掛けがしてあるらしいことは、かろうじて分かりました。しかし、どういうものかまでは……考古学研究室には専門の魔導技師がいませんし、ましてや『うちびと』の魔導技術は、プロの魔導技師にとっても神秘ですからね。内容が明らかになるのは、いつのことやら……」
教授は綿毛のような白髪頭を振って、肩をすくめた。私もつられて、少々落ち込んだ。せめてあの資料から有益なことが分かっていれば、多少の気休めにもなったのに。だが、仕方ない。気を取り直し、本題に入ることにした。
「今回こちらを訪れたのも、実は、本業のためでして……ちょいとばかり昔のことを嗅ぎまわる必要が出てきましてね。そこで教授にたってのお願いがあるんですが、よろしいでしょうか? 」
丸眼鏡の奥の目を怪訝そうに細めて、教授はもの問いたげにこちらを見つめた。私は躊躇いつつも、話を切り出した。
「実は、調査に当たってアカデミーのお墨付きが欲しいんですよ。今度の仕事はだいぶ昔……それこそ、私がアカデミーにいたころのことを調べなきゃいけないもんでね。過去の記録書類なんかを中心に当っていかなきゃならないでしょう。なにか権威の証明でも無きゃ、そう二つ返事で見せてはくれないでしょうからね」
教授はちょっと眉をひそめた。
「ア、アカデミーの権威を盾に、秘密を暴こうというんですか? そ、そういうのはあんまり、感心できませんが……」
「そこまで大層なことではないんです」
私は弁解した。この人の機嫌を損ねた時はどうも、出来の悪い学生にでもなったような気分になる。
「ただ、怪しい者ではないと証明する目的で、紹介状でも書いていただければ……第3大隧道においては、アカデミーの名はどこでだって尊敬の対象ですからね」
冒険景気もとうの昔に落ち着いた第3大隧道にあって、最も人が集まる施設と言うのは他ならぬ王立アカデミーだ。今や第3はアカデミーを中心とした巨大な学園都市と言っても過言ではない。当然、アカデミーの権威も強い。経済力においても、下手なギルドなどでは太刀打ちできないほどだ。ジョルダンスン教授は、まだ多少考えこみながらも、ゆっくりと頷いた。
「ま、まあ、そういうことなら。どっちにしても、あなたが権威をカサに着て悪事を働くとは思えませんしね」
「いや、有難い。恩に着ます」
私は深々と頭を下げた。元々教授は、私がアカデミーから離れて探偵などをやっていることをよく思っていない。未だに、研究助手としてアカデミーに帰ってこないかと誘ってくるくらいだ。本来仕事の手助けなど頼めた義理ではないのだが、第3にある有力なツテと言えば教授くらいしかいないので仕方ない。
「まあ、あなたももう立派な大人だ。自分の意志で決めた道なんですから、私からは何も言えません……で、でも、ケガだけはしないよう、気を付けてくださいよ」
「立派な大人」どころか、もう随分いいトシになっているというのに、教授にかかってはまだ子ども扱いだ。どうにもかなわない。苦笑しながら、私はふと思い立ち、懐から1枚の写真を取り出した。
写っているのは、ルカが持ってきた例の青銅円盤だ。これも重要な手がかりだ。何かの役に立つだろうと思って、事務所の魔導写真機で写してきた。『うちびと』文明研究の権威であるジョルダンスン教授なら、何か知っているかもしれない。
「こういう品に、見覚えはありませんか? 」
写真を受け取った教授は、ぱっと明るい表情になった。
「おお! 紐縒り器ですか。これはまた、素朴ないい品ですね。状態もなかなかだし、装飾がしてあるところもいい」
「紐縒り器? 」
私は思わず大声を上げてしまった。夢うつつの状態から引きずり出された店主が、カウンターの向こうから恨めし気な視線を投げてきている。
「そう、ご存じありませんでしたか? 」
きょとんとして、ジョルダンスン教授は私を見つめた。
「見たところ、これは縒り手側の円盤ですね。円盤のところどころに、でっぱりがあるでしょう。模様の一部のようにも見えますが、本来はここに色とりどりの紐をひっかけて、円盤を回して縒り合わせるんですよ。
大抵は、縒り手と押さえ手の2枚がセットになっているんです。押さえ手の円盤に紐を通しておいて、地面に置いて重石にし、縒り手を回転させて縒り合わせるのが……ど、どうしました? 」
私の形相に、ジョルダンスン教授はぎょっとしたような声を上げた。が、私の方は教授に気を使うどころではなかった。2枚ひと組の円盤。そして、ジュスタン卿が持っていたという写真の円盤――偶然と言うことは、まずないだろう。あれは同じ円盤を持っていたのではない。元々セットだった円盤が、何らかの理由で別れたのだ。
それが何を意味するのか――まだ何とも言えないが、何の意味もないという事はあり得ない。何故だか不吉な予感が、私の首筋の鱗を撫でた。




